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「原爆の日 核なき世界へヒバクシャは」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

広島に原爆が投下されて74年となりました。国連で核兵器禁止条約が採択されて2年。批准国は条約の発効に必要な50か国の半分近くに達し、高齢化が進む被爆者の方々は来年にも条約が発効するとの期待を寄せながら、核兵器廃絶に向けた活動を続けています。
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▽被爆者が期待する核兵器禁止条約発効に向けた現状
▽その機運を高めようと被爆者が進める「ヒバクシャ国際署名」とその難しさ
そうした状況の中で、今年4月に広島の原爆資料館がリニューアルしました。▽期待される原爆資料館の役割とは
以上を中心に考えます。
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今年の平和宣言で、広島市の松井市長は、「核兵器禁止条約への署名、批准を求める被爆者の思いを受け止めて欲しい」と日本政府に対し求めました。
核兵器禁止条約は、核兵器の開発や保有、使用などを法的に禁止する初めての国際条約です。おととし国連加盟の3分の2近い122の国と地域の圧倒的多数の賛成で採択されました。条約の中では、核による威嚇も禁止されていて、抑止力としての核の存在も否定しています。こうしたこともあり、アメリカやロシアなどの核保有国に加え、唯一の戦争被爆国である日本も参加していません。核保有国と非保有国の対立を深める可能性があり、条約が発効しても核兵器禁止の実効性は乏しいとの理由からです。
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核兵器禁止条約は、50か国が批准することで、その90日後に発効することになっています。これまでに70か国が条約に署名し、このうちオーストリアやニュージーランド、タイなど24か国が批准しています。条約の採択に貢献したとしてノーベル平和賞を受賞した国際NGO、ICAN・核兵器廃絶国際キャンペーンは、署名した国は国内手続きが進めば批准するのは確実で、来年には批准国が50か国に達するとみています。今年平均年齢が82歳を超える被爆者の方々にしてみれば、世界中で核兵器が法的に禁止されるという、悲願であり心待ちにしてきたことがようやく現実のこととして見えてきたという状況です。
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一方で、条約の批准は、各国によって国の役所や議会の手続きが異なることもあり、時間がかかることも予想されます。どの国がいつ批准するのか、予測することは難しい面があります。さらに、核兵器禁止条約に賛成したのは122か国にのぼるにもかかわらず署名が70か国にとどまっていることの背景に、NPT・核拡散防止条約との矛盾を理由に条約に強く反対する核兵器保有国の圧力があるとの見方があります。先週、アメリカとロシアの対立から、米ロ間の核軍縮の土台となるINF・中距離核戦力全廃条約が失効する事態も起きました。世界では核兵器をめぐる相反する2つの流れがせめぎ合う形となり、命あるうちに核兵器の廃絶を願い続ける被爆者にとって不安をかき立てる状況なのです。
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核兵器禁止条約の批准を後押しするのは、世論の力しかない。被爆者が力を入れるのが、2016年に始まった「ヒバクシャ国際署名」です。これは、すべての国に核兵器禁止条約への加入と核兵器廃絶を求めるという署名で、国内外の被爆者が呼びかけ、2020年までに世界で数億人の署名を目指して始まりました。各国で署名が集まれば、その国ごとの世論で条約の賛同を後押しすることにつながると考えたからです。国内では、今年3月末の集計で、941万5千人あまりが署名しています。
ただ、署名はここに来て頭打ちの状態です。7月には、ヒバクシャ国際署名を盛り上げるための催しが各地で行われ、今年11月にローマ法王が被爆地長崎を訪れることから、署名について世界中の宗教者への連帯を呼びかけようということなどが議論されました。全世界で数億人の署名を集めることで各国の核兵器禁止条約への批准を促すという目標が達成できるのかも、不透明な状況です。
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署名に賛同してもらうために何が必要なのか。被爆者の方々は、世界中の人たちに、核兵器の悲惨さを伝えるのが重要だと考えています。そこで今、その役割が注目されているのが、広島平和記念資料館いわゆる原爆資料館です。資料館は今年4月、10数年にわたる検討作業を経て、展示を全面的に見直してリニューアルオープンしました。こだわったのは、あの日、「キノコ雲の下で何が起きていたのか」を知ってもらうことです。
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訪れた人たちが最初に目にするのは、被爆者などの写真や遺族から寄贈された遺品、それに被爆した住宅の残骸などの資料です。およそ540点が展示された本館から見られるように、入館してからの順路を変更したのです。感性を研ぎ澄まして当時の写真や遺品と向き合うことで、原爆を兵器としての威力ではなく、人間的悲惨として知ってもらう。被爆者の視点であの日を、そしてその後の被爆地の日々を再現することで、あの日、あの場所に確かに存在したものによって、声なき声で事実を伝えることを目指しました。
展示には、最低限の説明しか付けられていません。展示された資料と静かに向き合ってもらおうとあえて詳しい説明は控えることにしました。そこで何を感じるかは、来館者の感性に委ねようというのです。
来館者の導線や展示へのこだわりには理由があります。展示をすべて観覧すれば3時間ほどかかりますが、実際の来館者の観覧時間を調べると45分ほどでした。しかも、元々の展示が被爆に至る歴史的経緯や核兵器の現状と言った学術情報の展示が先に見られるような作りになっていたため、時間をかけて見て欲しい遺品などの展示に時間を割く人がそれほど多くなかったのです。
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私も先月、新しい展示を見て、リニューアル前には感じられなかった感覚、それぞれの遺品に犠牲者や遺族、被爆者の方々のさまざまな思いが託されていることを実感しました。
展示の中には、今回新たに多くの朝鮮半島出身者や中国人、捕虜として広島にいたアメリカ兵など外国人被爆者の被害を伝えるコーナーも設けられています。原爆の日を中心に、海外からも多くの人たちが被爆地広島を訪れ、資料館にもやってきます。昨年度の資料館の入館者は、152万人あまりと、西日本豪雨の影響で全体では前の年度より9.4%減りましたが、外国人だけをみると43万人あまりと10.7%増え、6年連続で過去最多を更新しています。そして、こうした人たちにも原爆による殺戮の無差別さを改めて感じてもらうことになれば、核兵器の悲惨さを世界に伝え、「ヒバクシャ国際署名」がこれまで以上に広がることにもつながっていく可能性があります。
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展示のリニューアルに中心的に携わってきた原爆資料館前館長の志賀賢治さんは、「あの日、あの瞬間を体験した人々が繰り返し語るのは、あの瞬間、何も聞こえない、まったく音のない世界が訪れたことです。74年前広島で何が起きたのか、1人1人キノコ雲の下の出来事に思いをはせて欲しい」と言います。そのことこそが、被爆者の方々が望む核兵器の廃絶への思いを知ることだと思います。そしてそうした思いを我々が広く知ることが、被爆者が「核兵器廃絶への希望」と言う核兵器禁止条約への世論の後押しにつながるのではないでしょうか。

(西川 龍一 解説委員)

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