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「FRB10年半ぶり利下げ~背景と影響」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

戦後最長の景気拡大を謳歌しているアメリカ経済。そのアメリカの中央銀行にあたるFRBが、あのリーマンショック以来10年半ぶりに政策金利を引き下げました。背景には何があったのか、そして日本経済の影響について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは3つです。

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1) 利下げの理由に「二つの予防」
2) 大統領に振り回されるFRB
3) 円相場への影響~日銀の対応は

最初に今回の政策決定の背景についてみてゆきます。

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まずアメリカ経済の現状です。今年4月から6月までの三か月間の経済成長率は、2.1%と前の3か月に比べて1ポイントあまり伸びが鈍りました。中国との貿易摩擦で互いの輸入品に高額の関税をかけあう中で、輸出が大幅なマイナスとなったほか、米中協議の行方が不透明な中で、企業の設備投資も減少に転じたからです。その一方でGDPの7割を占める消費と、雇用は底堅い状況が続いています。

こうした中で利下げに踏み切った理由。キーワードは二つの予防です。

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今回の措置についてFRBのパウエル議長は、「世界経済の減速と貿易政策の不透明感からくる下振れリスクに備える」として、いわば予防的なものだと説明しました。風邪をひいたら早めに薬を飲んで、病状が重くなるのを防ぐようなものです。
さらにパウエル議長は、アメリカの物価上昇率が目標の2%になかなか達せず、1.6%程度にとどまっていることをもう一つの理由にあげました。このまま放置しておけば、日本のように物価が上がらない体質になってしまうのではないか。そうなるのを避けるための予防的な措置をとったというのです。
その一方で、パウエル議長は、今回の利下げが、景気後退の時に行うような長期にわたる利下げの始まりではないという認識を示しました。これを受けて市場では、「さらなる利下げに慎重か」という受け止めがひろがり、株価が一時大幅に値下がりしました。
しかしFRBの声明には「今後も経済の拡大を維持するために適切な措置をとる」と明記されているうえ、パウエルル議長も、「利下げは一回だけとはいっていない」と明言していますので、今後もさらなる利下げがありうるとみておいたほうがよいでしょう。

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さて今回の利下げの決定の背景には政治的な圧力があったのではないかという見方もくすぶっています。
もともとトランプ大統領は、金融引き締めは景気を冷やし株価を下落させ、来年の大統領選挙に不利に働くとして、利上げは愚かなことだしてきました。にもかかわらずFRBが去年4度目の利上げに踏み切ると、「それがなければ景気はもっとよくなっていた」と激しく批判。

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今回の会合の最中にも、「大幅な利下げを見たい」と圧力をかけたほか、利下げの幅が小幅にとどまったことに「失望した」として、今後のさらなる利下げを求めました。これに対しパウエル議長は、記者会見で「私たちは決して政治的な考慮はしていない」と述べ、あくまで純粋にその時々の経済状況に応じて政策を行っていく考えを改めて強調しました。

しかしその経済状況をとってみても、トランプ政権の政策に大きく揺さぶられてきました。そもそも好調だったアメリカ経済に陰りが見え始めたのも、トランプ大統領が中国との貿易戦争をしかけたことが大きなきっかけでした。

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この一年のNY平均株価の動きです。株価は経済の先行きの不透明感を映し出すといわれます。去年9月まで順調に値上がりしていた株価は、中国への制裁措置が拡大されたことをきっかけに、一転して下降局面に転じました。その後12月にファーウェイの幹部がアメリカの要請でカナダの司法当局に身柄を拘束されると、米中関係が一段と悪化するという懸念が強まり、株価が急落。金融市場は不安定な状況となります。その結果FRBは今年一月、それまでの金利引き上げの方針を休止せざるをなくなります。その後しばらく株価は回復基調が続いたものの、5月に米中協議が決裂し、トランプ大統領が中国への追加的な制裁措置を打ちだすと、再び先行きの不透明感が高まり株価も大幅に値下がりしました。するとFRBは、金利の引き下げを示唆するようになり、それが株価を押し上げる形となってきました。
こうしてみると、トランプ大統領がアメリカ経済にトラブルを起こし、FRBが後始末にまわらざるをない。つまり、大統領が市場を混乱させ、市場がFRBに催促して金融緩和に追い立てるという構図となってしまっているようにも見てとれます。

わたしはこれまで20年にわたってFRBを取材してきましたが、これほどまでに大統領に振り回されたのを見たことがありません。

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しかしアメリカでは、これまでの金融緩和によってすでにマネーがあふれ気味で、空前の株高に加え、企業もお金が借りやすくなっているために、債務の額が膨らんでいます。このためトランプ大統領がいかに望もうと、大幅な金融緩和は将来のバブル崩壊を招きかねないという指摘も出ています。FRBはトランプ大統領の圧力をかわしながら、将来に禍根を残さない金融政策を行っていくことができるのか。こうした懸念が今後もくすぶり続けていくことになりそうです。

最後に、FRBの政策が日本経済とりわけ円相場にどのような影響を与えるか考えていきたいと思います。

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今後アメリカの金利が一段と下がれば、それだけドルを買う魅力が薄れます。外国為替市場では、円買いの動きとドル買いの動きが常にぶつかり合いながら、どちらの動きがより強いかで、相場が動きます。ドルを買う魅力が薄れれば、ドル買いの勢い弱まるため円を買う動きが優勢になる、つまり円高になりやすくなるのです。円高になれば輸出企業の業績を悪化させ、賃金の低下や株価の下落などを通じて日本経済全体にマイナスの影響を与えることになります。
こうしたなかで日銀はおとといの金融政策決定会合で、ひとつのメッセージを発しました。

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「今後物価の上昇の勢いが損なわれるおそれが高まる場合には躊躇なく追加的な金融緩和に踏み切る」というものです。黒田総裁はこれまでも「物価上昇の勢いが損なわれることになれば躊躇なく追加緩和を検討する」と似たような発言をしてきました。ポイントは、「おそれのある時点で行動する」と明文化したことです。例えていえば、これまでは「必要があれば刀を抜く」と口先で話していただけだったのが、刀に手をかけ、すぐさま抜ける体制をとったというところでしょうか。そこには日銀も予防的な金融緩和に前向きだという姿勢を打ち出すことで、円を買う動きをけん制したい思惑があったものとみられます。
ただ、日銀は3年前から金利をゼロより低くするマイナス金利をおこなっています。これ以上金利を引き下げれば、融資を通じて利息を得る銀行の収益を落ちこませるなどの副作用がより強まるおそれもあります。このため打つ手は限られ、刀を抜いたところで、どれだけの切れ味=効果があるのか疑問だとする声もあります。

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一方、海外ではアメリカがさらなる利下げを行う可能性に加えて、ヨーロッパ中央銀行も9月に追加の金融緩和に踏み切る構えです。そうなると円は、ドルとユーロのいずれに対しても買われやすくなり、円高が一段と進むことも予想されます。こうした中で日銀としては、限られた金融緩和策のカードをいつ切るのか難しい判断をせまられることになります。

このように日本をはじめ世界経済に大きな影響を与えるアメリカの中央銀行FRB。米中摩擦の行方や予見不可能なトランプ大統領のゆさぶりといった、不透明さと不確実性に満ちた経済運営にどう立ち向かっていくのか。今後もパウエル議長の動向から目が離せない状況が続きそうです。

(神子田 章博 解説委員)

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