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「イギリス新首相就任 EU離脱は」(時論公論)

二村 伸  解説委員

イギリスの77代目の首相に就任したボリス・ジョンソン氏は、24日、首相官邸前で演説し、「約束通り10月31日に離脱する」と述べました。ジョンソン首相率いる離脱強硬派の内閣がまもなく発足します。大手金融機関は、イギリスの合意なき離脱の確率を15%から25%に引き上げました。その確率は40%と見ている機関もあります。エリートコースを歩みながら、型破りな言動がたびたび物議を醸してきた新しいリーダーのもと、イギリスはどこへ向かうのでしょうか。新しい首相に就任したジョンソン氏とはどんな人物なのか、その人となりと、これから待ち受ける難しい政権運営、そして、期限まで100日を切ったイギリスのEU離脱の行方について考えます。

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ボリス・ジョンソン氏は、55歳。ジョージ2世の血を引き、祖父がオスマン帝国の大臣という家系の出身で、過去19人の首相を輩出した名門イートン校からオックスフォード大学へとエリートの道を歩みました。ジャーナリストから政界入りし、下院議員を経てロンドン市長を8年務め、2012年にはオリンピック、パラリンピックの成功で脚光を浴びました。3年前の国民投票ではEU離脱の旗振り役をつとめ、メイ政権の外相に就任したものの離脱協定案に反対して辞任、メイ首相を厳しく批判してきました。

j190725_01.jpg(Financial Times)

j190725_02.jpg(Guardian)

こちらはジョンソン氏を取り上げたイギリスの新聞です。
トランプ大統領が頭をなでるジョンソン氏、2人の関係を端的に表しています。イギリスのEU離脱を支持してきたトランプ大統領は、ジョンソン氏を友人と呼び、「素晴らしい首相になる」と持ち上げてきました。
ジョンソン首相とトランプ大統領を比較した記事は、人種差別的な発言や度重なる事実誤認など2人の類似点を指摘しています。「イギリスのトランプ」と呼ばれるジョンソン首相、「EUが交渉に応じなければ合意なき離脱だ」との脅しにも近い発言は、トランプ大統領によく似た交渉戦術です。

伝統を重んじるイギリスの政治家らしくない言動は常に注目され、批判を浴びました。
外相時代は、イギリスのEU残留を求めた当時のアメリカ大統領、オバマ氏に対して、「ケニア人の血が混じっているからイギリスに反感を抱いている」と発言。目の部分以外をすっぽりと覆う衣装を身にまとうイスラム教徒の女性を郵便ポストのようだと揶揄したこともあります。新聞記者時代、EUに批判的な報道や記事の捏造を繰り返し、その後も失言を続けるジョンソン氏のリーダーとしての資質を問う声は以前から上がっていました。

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それでも軽妙な語り口と親しみやすい人柄から人気は高く、保守党の党首選挙は圧勝でした。他の政治家とは違う予測不能な人物だからこそ窮地を脱することができるのではないかとの期待と、党の支持率が低迷する中、選挙で勝つにはジョンソン氏以外にいないという事情もありました。
とはいえそれで安定した政権運営が保証されたわけではありません。野党・労働党のコービン党首は、ジョンソン氏を、「10万人にも満たない保守党員の支持を得たにすぎず、イギリス全体の支持を得たわけではない」として、「誰が首相にふさわしいか総選挙で決めるべきだ」と、対決姿勢をあらわにしています。ジョンソン氏が長年の悲願だった首相の座を射止めたとはいえ、大多数の国民の意思と乖離しているのは事実です。5月のヨーロッパ議会選挙では保守党の得票率は10%を割りました。保守党の党員は全有権者の0.3%にすぎず、そのほとんどが中流の白人男性です。主要閣僚に首相と同じ離脱強硬派を起用し、予定通りの離脱に自信を示すジョンソン首相ですが、強硬な離脱には与党内からも反発が上がっているうえ、議会は合意なき離脱に反対する議員が多数派であるため難しいかじ取りを迫られることになります。

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市場関係者は、ジョンソン首相就任によって合意なき離脱の可能性が高まったと警戒を強め、イギリス国立経済社会研究所は22日、合意なき離脱となった場合、経済はゼロ成長、GDP・国内総生産は長期的に年に5%ほど縮小するとの予測を発表しました。EU残留を望む人が多いスコットランドでは、独立運動が再燃することが予想されます。EUとフランスやドイツなど加盟国政府は離脱強硬派のジョンソン政権に強い警戒感を抱いています。EUとの足並みの乱れは、経済だけでなく安全保障面でも不安定要因です。

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では、ジョンソン新政権のもと、離脱への道のりはどうなるのでしょうか。就任後の最初の演説で首相は10月31日の離脱を宣言しました。それまでに議会でEUとの離脱協定案が承認されれば円滑な離脱が実現しますが、残された期間は98日しかありません。
しかもイギリス議会はこれから9月初めまで夏休みに入り、9月末から10月初めにかけて保守党の党大会が行われるため再び議会は休会します。ジョンソン首相は、合意なき離脱のカードをちらつかせながら、EUに合意内容の修正を迫り、議会の支持を取り付けようとしています。しかし、EUは再交渉には応じない構えを崩しておらず、期限までに大幅な譲歩を引き出すのは難しいと見られます。「合意がないまま10月31日に離脱する」という最悪のシナリオが現実のものとなる可能性が高いのではないか、そんな声がイギリス、EU双方から上がっています。

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ただ、ジョンソン首相は、日和見主義的なところもあり、強硬な姿勢は党首選までで、ぎりぎりのところで合意なき離脱を回避し、離脱を延期するのではないか、専門家の中にはそんな見方をする人もいます。議会に逆らって離脱を強行すれば国内世論の反発が避けられないだけに、再交渉のために、みたび延期するのではないかという見立てです。

もう一つのシナリオが、合意なき離脱を議会が阻止するというものです。保守党は下院の過半数ラインに届かず、北アイルランドの地域政党の閣外協力でかろうじて過半数を保っています。野党・労働党が内閣不信任案を提出し、与党議員が2、3人でも同調すれば不信任案は可決され、議会解散、総選挙となる可能性があります。仮に労働党主体の政権ができれば、EU離脱か残留かを問う国民投票が改めて実施される可能性もあります。

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こう見てきますと、イギリスの行方はいぜん不透明ですが、政府と議会の対立、国民の分断は修復が難しいだけに、ジョンソン首相といえどもそのかじ取りは容易でなく、遅かれ早かれ政権運営に行き詰まり、新政権は短命に終わるのではないかと見る専門家も少なくありません。 
前政権の失敗を繰り返さないためには、幅広く国民の声に耳を傾け、議会との信頼関係を築く以外にありません。離脱後のイギリスの将来像をいまだに国民に示していないことも混迷から抜け出せない原因の1つです。

冷戦終結から30年、ヨーロッパではポピュリズムが蔓延し、議会制民主主義のモデルとなってきたイギリスは、大きな岐路に立っています。決められない政治に終止符を打ち、信頼を取り戻すことができるか、それとも国内の分断とEUとの溝をさらに深めてしまうのか、国際社会の厳しい目が注がれています。

(二村 伸 解説委員)

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