「大学入学共通テスト 見切り発車でいいのか」(時論公論)
2019年06月10日 (月)
西川 龍一 解説委員
大学入試センター試験にかわる大学入学共通テストについて、文部科学省は2021年1月に1回目のテストを行うことを教育委員会などに通知し、実施が正式に決まりました。しかし、50万人規模で行う共通テストへの記述式の導入や英語の民間検定試験の利用には残された課題が山積した状態です。大学進学を目指す人たちにとって将来に向けた大きな分岐点ともなり得る入試が見切り発車でいいのか。この問題について考えます。
大学入学共通テストの目的は、1点刻みの入試問題ではなく、知識を活用し、自ら判断する力を測ることです。
大学入試センター試験から大きく変わるのは、▽国語と数学にマークシートに加えて記述式の問題を導入すること、▽英語で「読む」「聞く」「書く」「話す」の4技能を評価することです。
共通テストの実施は、引き続き大学入試センターが担います。去年とおととしの2回行われた試行テスト・プレテストを通して、具体的なテストの中身が示されました。国語と数学の記述式は、それぞれ3題とすること。英語の4技能を測るのは民間の検定試験を利用し、7つの事業者の試験を認定すること。但し、共通テストの中で「読む」「聞く」の2技能に特化したマークシート式の試験も当面残し、大学の判断でどちらを課すか決められるようにしました。
こうした準備状況を受け、文部科学省は1回目の共通テストを2021年1月16日と17日の2日間実施するとする実施大綱をまとめ、今月4日付で都道府県教育委員会など関係機関に通知しました。ただ、大学入試に大きな変更がある場合は、原則2年前には公表することが文部科学省の大学入試実施要項に明記されています。作業は遅れているのです。
大学入試センターは、2回のプレテストを通して、共通テストの実施に向けた課題の克服のメドが立ったと説明しています。一方、実際に最初の受験生となる今の高校2年生の進学指導に当たる高校の現場や予備校関係者などからは、課題は克服どころか残されたままで、現場の不安は増すばかりとの声があがっています。記述式の問題の導入と英語の4技能を測るという共通テストの目玉とされる2つの大改革が、そのまま大きな課題となっている形です。
どういうことなのか。まずは、記述式から見てみましょう。2度のプレテストでは、国語は文章を読んだ上で25字、50字、120字の記述を求める問題が出されました。1回目のプレテストで正答率が0.7%とほとんど解ける人がいなかった120字の記述式問題は、2回目は15%まで正答率が上がり、大学入試センターは想定通りの難易度に改善されたとしています。一方で、共通テストは受験生が志願先を最終的に決めるため、結果を自己採点して利用することになっています。マークシートであれば、正誤の判断は明確です。しかし、記述式は自分の解答が許容範囲なのかどうかを受験生自身が判断することが難しく、プレテストでは国語の自己採点と採点結果の一致率が7割程度にとどまっています。
大学入試センターは、解答の許容範囲がわかるような冊子を作るなどの対策を検討するとする一方、「記述式という問題の性質上自己採点と採点結果を完全に一致させることは困難」との見解を示しています。解答のパターンを示すことになれば、思考力や表現力を測るという改革本来の目的を果たすことはできません。そもそも25字から120字程度の記述式問題では、元の文章から文言を抜き出して並び替えるような問題しかできず、表現力を測る問題にはならないという指摘もあります。記述式の問題点は、国語に限ったことではありません。数学の場合は、正答率が低いことに加えて、そもそも半数前後が問題を解くことすらしていない状況です。配点を考えて最初から捨ててしまった可能性もあります。
記述式には人海戦術をとるしかないという採点の課題もあります。こうしたことを考えれば、むしろ2度のプレテストで浮き彫りになったのは、50万人が受験する共通テストに記述式を導入することには無理があるということではないかと思います。
英語の4技能試験はどうでしょう。こちらはより深刻な状況が指摘されています。1回目の共通テストの受験生は、来年4月から12月にかけて行われる民間の検定試験を2回受け、そのスコアが大学入試センターを通して大学に提供される仕組みです。試験の開始まで1年を切った状況にも関わらず民間事業者が試験の概要を公表したのは、先月半ばのことでした。しかもいつ、どこを会場に試験が行われるのかといった具体的な内容はまだ公表されていません。
さらに民間の検定試験の中には、採点の質や信頼性を確保できるのか懸念される事態も明らかになっています。民間の検定試験は、これまで高校の教室を会場として教職員が試験の監督や採点業務を担うケースが多くありました。さすがに大学入試に使うに当たって公平公正が担保できないことから、文部科学省は共通テストに利用するものについては、高校を試験会場としたり、教職員が関わったりすることを認めていません。このため中には、海外の委託業者や学生のアルバイトが採点にあたるケースがあり、採点に疑問があるものも見つかっています。民間の試験とはいえ、国の共通テストとして利用する以上、文部科学省には採点の質や信頼性を確保するよう業者を指導する責任があります。
こうした中、共通テストに導入される英語の民間試験について、国立大学のおよそ4割が出願資格などには使うものの、合否判定には使わないなど、対応にばらつきがあることが文部科学省の調査でわかりました。さらに国語の記述式は、利用方法などが「まだ決まっていない」と回答した国立大学が全体のおよそ3割に上ることもわかりました。今の大学入試センター試験は、すべての国立大学が利用していて、共通テストも基本的に踏襲されることになっています。今回の調査結果は、その肝心の国立大学の中にも英語の民間試験の活用や記述式の問題への疑念が拭いきれないことを示す結果と言えます。大学入試センターは、これまで問題作りに工夫を重ねてきました。マークシート方式の中でも単に正解を選ぶことにとどまらない知識の活用力を問うような問題を作ることで入試としての評価が高まり、私立大学の利用も拡大してきました。共通テストへの疑念が国立大学だけでなく、私立大学にも広がることになれば、利用は見合わせようという動きにつながりかねないと指摘する関係者もいます。ただでさえ18歳人口の減少で受験者数が減っていくことが予想される中、受験料収入頼みの大学入試センターの基盤そのものを揺るがしかねず、ひいては入試全体の信頼性そのものを損なう負のスパイラルに陥りかねない問題をはらんでいるのです。
高校の現場では、センター試験最後の受験生となる今の3年生が、共通テスト導入時の混乱を見越して、志望大学の難易度を下げてでも現役合格を目指そうという「安全志向」に拍車がかかっているといいます。不安に駆られる高校生や保護者の気持ちは当然ですが、高度な教育を受ける機会にチャレンジする精神を損なうことになりかねません。受験生のやる気をそぐような改革では意味がないことを自覚し、不安を払拭するための方策を主体的に早急に示すことが文部科学省に求められています。
(西川 龍一 解説委員)
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