NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「天安門事件30年その傷痕と中国の行方」(時論公論)

加藤 青延  解説委員

中国の北京で、民主化を求める学生や市民たちを、軍が武力で制圧した天安門事件からきょうでちょうど30年になりました。当時私は、天安門広場のすぐそばから何が起きているのかを夜通し日本の視聴者の皆様に報告したことをよく覚えています。そこで30年後の今、改めて事件のことを振り返り、事件がもたらした深い傷痕と、それを消し去ろうとする中国当局の姿勢について考えてみたいと思います。
j190604_01.jpg

解説のポイントは以下の3つです。
▼事件について、今なお厳しい情報統制と監視体制がしかれている中国の実情。
▼そうした統制の下でも、果敢に抵抗を試みるネット世論。
そして▼あの事件が中国にもたらした傷痕です。
j190604_02.jpg

4日の北京は、天安門広場など市の中心部にものものしい警備体制がしかれました。力で威圧することで、犠牲者を追悼する動きや抗議活動などを封じ込めるねらいです。厳しい報道規制も敷かれ、NHKが海外向けテレビ放送でこの事件のことを伝えると、これを時差再生の形で配信している中国では、その項目の直前からテレビの映像と音声が遮断され、8分間にわたって画面が真っ黒になりました。この時期、中国は例年こうした厳戒態勢になりますが、今年は、より緊迫しているようにも思えます。

それは、今年が30年という節目の年であること。またアメリカとの貿易摩擦で中国の経済成長にブレーキがかかり、人々の暮らし向きにも影が差し始めていることがあるからかもしれません。
j190604_05.jpg
中国では、6年余り前に習近平政権が誕生して以来、新聞やテレビなど報道機関に対する言論統制が強められました。「メディアは中国共産党の代弁をせよ!」という習主席の指示のもと、報道機関はそれまで以上に党の厳しいコントロール下に置かれています。党を批判することはもちろん、党にとって都合の悪いニュースを報じることも許されません。特に、天安門事件は最大のタブーとされてきました。
j190604_06.jpg
中国の指導者たちは、外向きには、よく「歴史を鑑(かがみ)として、未来に向かう」ということを口にします。それはかつて自分たちを侵略した国々に対して、「自分たちが起こした過去の歴史を忘れず、反省すべきだ」という、戒めがこめられています。

では、そのような戒めを、中国自身は守っているのでしょうか。
大変残念ですが、天安門事件と向き合う中国当局の姿勢からは、とても守られているようには見えません。
j190604_07.jpg
むしろ「臭いものにはふたをしよう」としているかのように見えてしまいます。それは、「歴史を抹殺して未来に向かう」という正反対の態度のように思えます。

たしかに北京の街は、外資の導入と経済成長の恩恵を受けて30年前とは見違えるように近代的になりました。市民の生活も一見、平穏を保っているように思えます。それなのに中国当局が、30年たった今なお、事件をひた隠くしにしようとするのはなぜでしょうか。それは、本当は、事件のことを決して忘れず、真相を明らかにしてほしいとのぞむ人々がかなり存在することの裏返しなのではないかと思います。人々の不満は、インターネットの書き込みやチャットの世界からその片鱗をうかがい知ることができます。
j190604_08.jpg
中国にはおよそ8億人のネットユーザーがいます。しかし、彼らが書き込む掲示板やSNSのチャットはほとんど、当局によって監視されています。「天安門事件」、中国語では事件が起きた日にちなんで「六四」といいますが、もしこの言葉を書きこめば、ただちに削除され、当局ににらまれます。場合によっては身柄を拘束されかねない、そんな危うさの中でも、ネットユーザーたちは、知恵を絞り、巧みに当局の監視をすり抜ける「隠語」を発明して、犠牲者への追悼の気持ちや、事件の真相究明と再評価を訴えてきたといわれます。最初の頃、私がネットで見かけた天安門事件の隠語が「五三五」。これは、5月35日を意味する言葉で、カレンダーで数えれば6月4日に符合します。次に登場したのは「八平方」。これは「8の2乗」という意味で、8×8=64ということで天安門事件を意味します。また「VIIV」というローマ字も、よく見るとローマ数字で「ⅥとⅣ」と読めるといった具合です。

しかしこの程度のものは、人工知能・AIまで動員して監視を続ける当局にはすぐに突き止められてしまいます。海外の中国語サイトの情報によりますと、ネットユーザーたちは、AIですらも突き止めることが難しいとされる「隠語」を次々と考え出し、いわば命がけの書き込みを続けてきたということです。当局が不適切な「隠語」と認定し、監視を強化している言葉の数は300万語以上にも上るとも伝えられています。
j190604_16.jpg
実は、中国は世界に冠たる情報監視大国といえます。パソコンから発信される情報はもちろんのこと、スマートフォンによるチャットや、電子マネー決済の情報、さらには至る所に設置された監視カメラなどによる人物の特定など、最先端の技術を組み合わせることによって個人の行動や言動をつぶさに把握できる力があります。また密告を奨励する条例なども整備され、大掛かりな組織的犯罪を密告すれば日本円で数百万円もの奨金がもらえるという規則までも存在します。まさに、最先端技術と人の力をフルに利用して、共産党に刃向う人たちをがんじがらめにし、抵抗できないようにしようとしているように思います。

中国は天安門事件の後も高度成長を遂げ、その結果、いま手にしているハイテク技術は、世界のトップクラスになりつつあるといえます。例えば、AIに関する論文の数は、既にアメリカなどを凌駕したとも伝えられています。それにしても、そのような最先端の技術と、とても先進的とは思えない専制的な政治体制とが結びつくことは、中国の人たちを本当に幸せにするのでしょうか。
j190604_17.jpg
この問題を考える時に、私はどうしても、二年前に人々を驚かせたある事件を思い起こさざるを得ません。それは、中国が世界に誇るAIが引き起こしたものでした。最先端のAIが、人間のようにしっかりとした受け答えができるかどうか、一般の人たちとネット上でチャットをさせるという試みが行われたのです。ところが、誰かが「中国共産党万歳」とつぶやくと、AIはすかさず「あのように腐敗して無能な政治に万歳ができるのか?」とつぶやき返したのです。そこで、このAIに習近平主席の政治スローガンである「『中国の夢』とは何か」と尋ねると、AIは「アメリカに移住することだ」と答えたそうです。まさに「AIの反乱」ともいわれたこの試みはすぐに取りやめになりました。

このAIは残念ながら、中国社会で生き残るためにはどう発言すれば安全かについて、少々学習が足りなかったのかもしれません。ただ考えてみますと、AIは決して自らの力で答えを考え出したのではなく、中国の人たちの間で交わされるチャットの内容を繰り返し学習した結果、そのような答えに行きついたとされます。つまりAIの発言こそ、チャットで結びつく膨大なネットユーザーたちの本音、あるいは最大公約数であったと言うべきなのかもしれないのです。
30年前の天安門事件が起こる前、アメリカをはじめ西側先進諸国は、その多くが、中国が打ち出した改革開放政策に大変好意的な見方をしていました。

中国がより豊かになれば、政治や社会の仕組みもより自由で民主的なものへと変わるであろうという期待もありました。しかし、天安門事件によって、そうした見方は大きく変わり、中国は「何をするかわからない恐ろしい国」というイメージが世界に広がってしまったと言えます。そしてその後も事件をタブー視し、国内の言論を封殺することで、中国共産党はその国際的なマイナスイメージを定着させ、今なお自らを大きく損ない続けているといえるでしょう。

いまや中国は、世界第二位の経済大国となり、国際的にもその影響力を拡大しつつあります。しかし過去に定着したマイナスイメージを払しょくすることはそう簡単ではありません。まさに「歴史を鑑として未来に向かう」という戒めを自ら率先して実践してみせない限り、天安門事件という負の遺産をぬぐい去ることは大変難しいのではないかと思います。

(加藤 青延 解説委員)

キーワード

関連記事