NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「『データ保護主義』にどう向き合うか」(時論公論)

櫻井 玲子  解説委員

新しい商品や技術の開発に欠かせない、膨大なデータ。企業や国の競争力のカギとなるこうした貴重な情報を自分の国に囲い込もうとする、いわゆる「データ保護主義」が広がる中、日本企業からは懸念の声もあがっています。こうした動きを背景に、今週末から始まるG20の一連の会合で、議長国の日本は、データの自由な流通を目指した国際ルールを作ることを提案する考えです。拡大するデータ保護主義の背景と各国の動き。そして心配される影響や課題について考えます。

j190603_1.jpg

【データ資本主義の発展】
なぜ今、各国は、データを競うように囲い込もうとしているのか。「データは21世紀の石油」という言葉に表されるように、その付加価値や可能性にこれまで以上に注目が集まっているからです。

j190603_3.jpg

消費者の購買履歴や製造現場のデータを蓄積し、商品や技術開発に役立てる。
AI・人工知能に匿名の医療データを読みこませ、新薬の開発などに活用する。
カーナビに蓄積された情報をもとに、自動運転技術を発展させる。
データの活用は、技術革新・イノベーションと表裏一体の関係にあります。

j190603_4.jpg

世界の時価総額ランキングをみても、アップル、アマゾン、テンセントなど、10社中7社をデジタル関連企業が占めています。IT大国・アメリカの企業の強さをみても、まさに「データを制するものは世界を制す」。膨大な情報を手に入れ、活用できるかが、企業の競争力に直結していることがうかがわれます。

【広がる「データ保護主義」】
こうした中、「宝の山」である情報の国外への持ち出しを禁止する「データ保護主義」の動きが広がり、日本をはじめ世界中の企業から懸念の声があがっています。個人情報や国の安全保障に関わる機密性の高い情報を守る必要があることはいうまでもありません。ですが、それ以外の、匿名性の高いデータまで、自らの国の中に囲い込もうという動きが出てきているのです。

j190603_5.jpg

中国は2年前にサイバーセキュリティー法を導入。当局の定める「重要な」データを国外に持ち出すには、中国政府の厳格な審査を受ける必要があるとしています。データサーバーを中国国内に設置し、そこにデータを保存することも、求めています。「重要」とされるデータの適用範囲が今後拡大するのでは?という心配の声もあがっています。

またベトナムでも、同じような規制が1月から実施されています。データをベトナム国内に保存したり、当局の求めに応じて情報開示に応じたりする義務を定めるものです。
そして、インドでも、最近、国境を超えるデータの移転になんらかの制限をかけるべきではないか?とする政策案を政府がまとめたことで、進出企業の間に懸念が広がっています。

こうした動きの背景には、自分の国の企業を、競争上有利にしたい、また、データの活用で一歩すすんでいるアメリカ企業などに負けたくない、という考えがあるものとみられます。さらに難しいのは「データの保護」と「データ保護主義」の区別が困難で、紙一重ともいえる場合がある点です。「ヨーロッパや、アメリカも、個人情報や安全保障関連の情報を保護するという名目で、データを囲い込んでいるではないか」そんな反論も聞かれます。いずれにせよ、各国がまちまちに規制を導入すれば、「それでは自分の国も」と連鎖を呼び、データ保護主義がさらに拡大する事態も予想されます。

【心配される影響】
では、データ規制の広がりで、具体的にはどんな影響が懸念されるのでしょうか。

j190603_8.jpg

日本企業が最も心配しているのは、進出先の工場や支社で得た、自分の会社の情報ですら、本社と共有することが制限されることです。最近は生産ラインにインターネットなどをつなぎ、リアルタイムで稼働状況などを把握できる「スマート工場」と呼ばれる生産拠点が増えています。が、こうした事業展開が難しくなることも予想されます。また日本やアメリカの一部のメーカーが得意とする、遠隔管理サービスへの影響も考えられます。企業は自社の商品にセンサーをつけ、衛星ネットワークを通じて修理や交換が必要となっていないか日々、チェックしています。製品に異常があれば、早めに技術者を現地に派遣したり、新しい製品を送ったりする、といったビジネスです。しかしデータを国外に出してはいけないとなれば、こうしたサービスも提供できないことになります。

このような事態が長期化すれば外国企業はその国の企業にくらべ、不利な戦いを強いられ、競争力が低下することになります。一方で、規制をする側の国の顧客も、海外では当たり前のように受けられるサービスを受けられず、不利益を被ることになります。専門家たちは「企業は、規制によって不利益を受けても、報復を恐れて声をあげにくい。データ保護主義は中長期的には、規制する側にもデメリットとなることをわかってもらう必要がある」と指摘しています。

【日本は国際ルールを提唱】
そこで、日本は今週末につくばで行われるG20貿易・デジタル大臣会合や、月末の大阪サミットを通じて、国際的なルールを作るよう呼び掛ける方針です。

j190603_9.jpg

安倍総理は、国境を越えてデータを自由に行き来させる「DFFT=データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト」という新しいルールを提唱。個人情報や国家安全保障上の機密を除く、匿名性の高いデータについては、信頼のおけるルールのもと、世界のどこでも使えるようにすべきだと訴えています。具体的にはWTO=世界貿易機関のもと「大阪トラック」と名付けて、早急に交渉をすすめるべく、参加国の合意を取り付けたい考えです。ただ、各国の思惑はそれぞれに異なり、議論をまとめるのは簡単ではなさそうです。

j190603_11.jpg

アメリカはグーグルやアップルなどの巨大IT企業を抱え、安全保障上の情報以外は基本的には自由にデータを流通すべきだと主張しています。

EU・ヨーロッパ連合は、個人情報については厳格な規制を敷く一方、匿名性の高いビジネスデータについては自由に流通させてもよいという主張です。

一方、中国は基本的には国家がデータを管理する、という考え方です。中国企業が他国のデータを利用できても、外国企業には中国国内のデータを自由に活用させたくないというのが本音かとみられます。さらに、途上国からは、途上国ならではの特別な配慮をしてほしいといった要望が寄せられることも予想され、いくつものハードルを越える必要がありそうです。

j190603_12.jpg

このほか、こうした各国の立場の違いに加え、▼「信頼のおけるルール」とは何なのか?▼「保護すべきデータ」と、「自由に流通させてもよいデータ」の線引きを具体的にどう決めるのか?といった点を巡って、厳しいやりとりは避けられそうにありません。
規制を導入すれば、短期的には国内産業の保護というメリットが生じても、中長期的には、海外企業がその国へのビジネス展開をためらうといった不利益も生じる。こういった点を関係各国に理解してもらえるかどうかも、カギとなります。

G20で、「自由なデータの流通について議論することの必要性」に各国の理解を得られたとしても、WTOにおける具体的なルールづくりの交渉には、時間がかかることも予想されます。各国の規制が乱立する前に、議論をまとめあげることができるのか、スピードとの戦いにもなりそうです。

世界経済は今、貿易摩擦の影響で、成長が押し下げられようとしています。データの扱いを巡っても、対立が先鋭化すれば、さらに悪影響が出かねません。重要性を増すデータを、各国が安心して相互に利用できるしくみづくりのために、日本がリーダーシップを発揮することができるかが、注目されます。

(櫻井 玲子 解説委員)

キーワード

関連記事