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「米中覇権争い 宇宙でも」(時論公論)

津屋 尚  解説委員

貿易やハイテク覇権をめぐる激しい対立が続くアメリカと中国は、軍事力の強化でもしのぎを削り、その競争はいまや宇宙空間にも及んでいます。宇宙には軍事活動を支える人工衛星が数多く存在し、そこでの覇権を握ることは軍事的優位を決定づける要因にもなりえるからです。大国間の新たな競争の場となっている宇宙を安全保障面から考えます。

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■解説のポイントは3つ。
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・拡大する宇宙利用と増大する脅威。
・「宇宙強国」を目指す中国。 
・対応急ぐアメリカと日本の課題。

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宇宙は本来、平和利用が原則の国際公共財。1967年に発効し米中を含む100か国以上が批准している「宇宙条約」には、「宇宙空間の平和利用が全人類共通の利益だ」と明記されています。しかし、現実には、宇宙の軍事利用が進んでしまっています。宇宙はいまや陸海空に続く「第4の戦場」とも言われ、サイバー空間とともに戦闘の鍵を握る「新たな領域」とみなされています。

■拡大する宇宙利用・増大する脅威
なぜ宇宙が軍事的に重視されるのか。それは人工衛星の利用拡大に伴い、宇宙への依存が進んでいるからです。

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現在稼働中の人工衛星は1400以上にのぼり、その種類も様々です。軍事用には「通信衛星」や「偵察衛星」、「測位衛星」(いわゆるGPS)などがあり、民間用には「放送衛星」や「気象衛星」などがあります。どれも国家や社会にとって欠かすことのできない重要なインフラになっています。万一、衛星が機能不全に陥れば、国家や軍の活動だけでなく、都市機能も大きな打撃を受けることになるでしょう。

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世界で最も宇宙と人工衛星に依存しているのが、世界最強の軍事力を持つアメリカです。アメリカ軍は世界のどこに展開していても、現場の部隊と司令部が「通信衛星」などを介した軍事用のネットワークでつながっています。また、「偵察衛星」は、他国の軍や兵器の動きを日頃からつぶさに監視しています。
実際の軍事作戦では、こうした人工衛星がアメリカ軍の「目」となり「耳」となって、衛星によって特定した攻撃目標に対して、正確なピンポイント攻撃を繰り出します。このように人工衛星の存在が最新鋭兵器を駆使するアメリカの「ハイテク戦争」を可能にしているのです。
しかしこの「強み」は同時に「弱点」にもなりえます。

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人工衛星が使えなくなれば、米軍のハイテク兵器は機能しなくなるからです。
この弱点を突こうと、ロシアや中国が開発しているのが「衛星攻撃兵器」です。
中国は2007年、地上から発射したミサイルで人工衛星を破壊する「衛星攻撃兵器」の実験を行いました。この実験に対しては、宇宙空間に無数の破片がまき散らされ他の多くの衛星にとっても脅威になると国際的な非難が集まりました。
中国はさらに、“衛星攻撃用の衛星”も開発しているといわれています。これは、ほかの衛星に向けて“妨害電波”を出して衛星の機能を麻痺させるというものです。
万一、大国間の軍事衝突が起きてしまうとするなら、第一撃は宇宙空間での攻撃から始まる、過去の戦争とは違ったものになると言われています。

■「宇宙強国」目指す中国
宇宙分野で世界をリードしてきたアメリカを急速に追い上げている中国の習近平政権は、「宇宙強国」を国家の戦略目標に掲げています。中国が目指すのは、アメリカ軍の衛星を無力化する能力だけでなく、自らもアメリカに匹敵する「ハイテク戦争能力」を身につけ、軍事的な優勢を確保することです。それを実現するため、巨額の予算を投じて宇宙開発に邁進しています。このため中国の宇宙開発の多くは、軍事と一体とみられています。

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▽去年暮れには、中国版GPS「北斗」の運用を全世界でスタートさせました。世界規模で中国軍が活動することをも視野に入れているものとみられます。
▽同じく去年暮れ、史上初めて、月の裏側に探査機を着陸させました。月の裏側は地球から直接信号が届かないため極めて難しいミッションですが、月の探査で中国はアメリカを一歩リードした形です。その目的は、月面での資源探査のほか、誰からも見えない月の裏側に事実上の軍事基地を建設し、衛星の監視や攻撃に使えるようにすることではないかと指摘する専門家もいます。
▽2022年には中国独自の宇宙ステーションの完成も目指しています。いまの国際宇宙ステーションは2024年以降の運用の見通しは立っていませんから、将来は中国だけになる可能性が高まっています。

■アメリカの危機感
着実に宇宙での存在感を高めている中国対して、アメリカ・トランプ政権は宇宙での覇権を奪われかねないと危機感を強めています。

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▼中国が月の裏側への着陸を成功させてまもない今年3月、ペンス副大統領は当初の計画を大幅に前倒し5年以内にアメリカの宇宙飛行士を再び月に送り込むと表明。中国への強い対抗意識をうかがわせました。また、今週東京で行われた日米首脳会談でも、トランプ大統領が、日本と協力してアメリカの宇宙飛行士を月と火星に送る考えを強調ました。ただ、そのために必要となる莫大な予算をどのように工面するのかなど計画通りの実現を疑問視する声もあります。

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トランプ政権は、アメリカが宇宙を支配し続けなければならないとして「宇宙軍」を創設すると発表し、そのための予算案も議会に提出しました。「宇宙軍」は、陸海空軍などと同格の軍事組織で、宇宙の監視や衛星の防護、それに攻撃など、宇宙空間でのあらゆる作戦を担うことになります。ただ、「同じような機能を持つ組織は空軍内にすでにあり新たな宇宙軍は必要ない」と議会内には反対論も多く、実現するかは不透明です。

■日本の対応
続いて、日本の対応です。
米中が対立する現状にどのように向き合おうとしているのでしょうか。日本による宇宙利用はかつて安全保障の議論とは切り離されていましたが、政府はいま安全保障の観点をより重視するようになっています。

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去年暮れに改められた「防衛計画の大綱」は、中国やロシアなどの軍拡を念頭に「宇宙の安定的な利用が妨げられるリスクが増大している」との認識を示しています。その上で、自衛隊による宇宙空間の監視体制を強化するだけでなく、電波妨害などによって「相手の指揮通信システムを妨げる能力」をも、あわせて持たせる方針です。こうした任務もみすえて「宇宙専門の部隊」を新設し、アメリカ軍と密に連携にて活動させる計画です。

■新たな国際ルールを
ここまで、軍事面の競争が激化し、宇宙が自由で安全に利用できる空間ではなくなりつつある現状を見てきましたが、果たして私たちは、この現状を変えることはできないのでしょうか。

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冒頭に宇宙の平和利用をうたった「宇宙条約」をご紹介しました。半世紀前につくられたこの条約は、大量破壊兵器の宇宙への“配備”は禁止しているものの、兵器の“通過”は規制の対象でないなど、宇宙の軍事利用を規制するツールとしては十分に機能しているとは言えません。宇宙で軍事衝突が起きるという最悪の事態を回避するためには、人工衛星への攻撃の禁止など、いまの安全保障環境にあった“新たな国際ルール”を議論するときに来ているのではないでしょうか。
様々な形で宇宙の恩恵を受ける日本は、直面する防衛面の課題への対処は必要だとしても、同時に、宇宙空間の平和を実現する新たなルールづくりをリードしていくことも、もう一つの責任ではないかと考えます。

(津屋 尚 解説委員)

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