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「旧優生保護法に違憲判決」(時論公論)

堀家 春野  解説委員

「旧優生保護法は憲法に違反する」。障害を理由に、子どもをできなくする不妊手術を強制されたとして被害者が訴えている裁判で、5月28日初めての判決が言い渡されました。賠償を求める訴えは認められなかったものの、手術を行う根拠となった旧優生保護法が憲法に違反すると指摘しました。
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(解説のポイント)。
解説のポイントです。▽判決の内容を見た上で、▽問題を直視してこなかった国の責任、そして▽残された課題について考えます。
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(旧優生保護法とは)。

戦後間もない昭和23年に施行された優生保護法は、「不良な子孫の出生を防止する」という「優生思想」の下、精神障害や知的障害などを理由に子どもをできなくする不妊手術を認めてきました。手術は本人の同意がなくても実施され、当時の厚生省の通知には、身体の拘束や麻酔薬を使ったりだましたりしても手術が許されると記されています。法律は平成8年に改正され、強制不妊手術を認めた「優生条項」は廃止されました。本人の同意がないまま、そして同意があってもハンセン病の患者など療養所での結婚の条件に、実質的には強制されたケースを含めると被害者はおよそ2万5000人に上ります。国は「法律に基づき適切に対処していた」として謝罪も補償も行ってきませんでした。法律の改正から20年余りたった去年1月(平成30年)、初めて国の責任を問う裁判が仙台で始まります。その後、裁判は札幌や東京など全国7か所に広がり、原告は合わせて20人となっています。
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(裁判の争点)。

では、仙台地方裁判所で出された判決についてみていきます。まず、裁判の争点です。①旧優生保護法が憲法に違反するかどうか。原告側は憲法違反だと主張。これに対し被告の国は具体的な主張をしませんでした。次に②国会や政府の責任についてです。原告側は、法律をつくって救済すべきだったなどと主張しましたが、国は、国家賠償法があるので特別な立法は必要なかったと反論。その上で、③賠償が認められる期間である「除斥期間」の20年が過ぎているので賠償責任はないと主張しました。これについて原告側は、差別されてきた被害者や家族が賠償を求めることは困難だったと反論していました。

(裁判所の判断)。
こうした争点について裁判所の判断です。①旧優生保護法が憲法に違反するかどうかについて。「子どもを産み育てるかどうかを決める権利は人格的生存の根源に関わるもので、それを一方的に奪い去り個人の尊厳を踏みにじった法律は憲法に違反する」と指摘しました。平成8年までおよそ半世紀存続した法律の規定が憲法違反だったと明確に判断したのです。しかし、②「国会に裁量がゆだねられていて立法が必要不可欠であることが明白ではなかった」として原告の主張を認めませんでした。そして、③「社会に優生思想が根強く残り20年がすぎるより前に賠償を求めることは現実的に困難だった」と一定の理解を示したものの、除斥期間については国の主張を認め、賠償を認めることはできないと結論づけました。
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(問題を直視してこなかった国)。

判決は、除斥期間を理由に国の責任を認めませんでした。しかし、法律が改正されたときにはすでに被害者の98%が手術から20年が過ぎ、賠償を求める権利が失われていました。型どおりの判断では被害者は救われないと改めて感じます。一方でおよそ20年前まで確かに存在した法律を憲法違反と断じた判決を国は重く受け止めなければなりません。
長年、法律を放置してきたことの責任は免れませんが、法律を改正する時にさえその被害を直視することはありませんでした。優生保護法が改正された際、国会の審議はわずか3日。「障害者に対する差別となっている」からと法案の提案理由が説明されただけで、実質的な議論は行われませんでした。法律を改正したのは、他の法律や制度との整合性がとれなくなったからです。前年に障害者の権利を尊重する精神保健福祉法が成立。長らく療養所にハンセン病患者を強制的に隔離してきた「らい予防法」も廃止され、療養所の中で行われてきた不妊手術の法的根拠となってきた優生保護法も見直す必要がありました。法律を所管していた当時の厚生省の担当者は「優生保護法はすでに実害がなく、いわば“死文化”していたが、『らい予防法』の廃止でクローズアップされるのを避けるため見直しに動いた」と取材に答えています。つまり、法律の見直し自体が目的で、法律の下で何が行われていたのか明らかにすることなく、そして政策の誤りを検証することもなく、やっかいな法律だとして、いわば「臭いものに蓋」をしただけだったといわざるを得ません。
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(残された課題)。

その反省から、政治が主導して被害者を救済する法律が先月(4月)成立しました。裁判の判決を待たない異例の対応といえます。「裁判でもし原告側が敗訴したら、救済法をつくるのが難しくなる」。成立を急いだ理由についてこう明かす関係者もいます。法律では「我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深くおわびする」とした上で、手術を受けた人に320万円の一時金を支払うことが盛り込まれています。一時金を受け取るには本人の申請が必要で、個別の通知は行われません。対象はおよそ2万5000人と見込まれていますが、申請はこれまでに89件にとどまっています。被害者は法律の制定を評価する一方で、内容が不十分だと指摘しています。具体的には、謝罪の主体が「我々」となっていて、国の責任が明記されていないこと。一時金の金額が裁判の請求額と大きな隔たりがあること。そして、手術を受けたことさえ知らされていない被害者もいるのに通知が行われないことです。
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この救済法、そして今回の判決に納得できないとして、原告側は控訴する方針を示しています。そうなると、一時金の申請を躊躇する人も出てくるかもしれません。被害者の救済に結びつかない可能性があるのです。優生保護法は日本固有のものではなく欧米でも同様の政策が行われてきたという負の歴史があります。今回、日本が救済法をつくる際参考にしたスウェーデンでは、対象者のうち補償金を受け取ったのは全体のわずか6%余り。救済を始めたのは法律が廃止されてから20年以上経ってからで、時間が経ちすぎていたのです。翻って日本でも残された時間は多くはありません。旧優生保護法が憲法に違反するという判決を重く受け止め、できる限り被害者が納得できる救済の方策を探らなければなりません。そして、救済とともにもう一つ忘れてはならないのが旧優生保護法の下で何が行われてきたのかの検証です。国や自治体、医療や福祉の関係者、そして私たちの社会がどのように関わってきたのか。被害を直視し、後世に残さなければならないと思います。

(堀家 春野 解説委員)

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