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「日韓関係 新たな局面に」(時論公論)

出石 直  解説委員

徴用をめぐる問題で、日本政府は第三者を交えた仲裁委員会に解決を委ねることを決め韓国政府に通告しました。日韓関係の根幹を揺るがすこの問題で、日本政府が2国間の外交協議による解決を断念し仲裁という次の段階に踏み出ししたことで、日韓関係は新たな局面に入ったと言えます。日韓関係の現状とこれからを考えます。

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河野外務大臣は、23日、訪問先のパリで韓国のカン・ギョンファ(康京和)外相と会談し、仲裁委員会の開催に応じるよう要請しました。これに対しカン外相は「賢く解決していく必要がある」と答えるに留まり、仲裁に応じるかどうかは明らかにしませんでした。

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日本が開催を申し入れている仲裁委員会は、紛争解決方法のひとつです。今回の徴用をめぐる問題のように、協定の解釈や実施に関する紛争が生じ外交協議でも解決出来なかった場合、両国政府と第三国がひとりずつ任命する3人の仲裁委員が協議し、両国政府はその決定に従わなければなりません。

これまでの経緯です。

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去年10月、韓国の最高裁判所が日本企業に賠償を命じる判決を言い渡しました。日本政府は裁判所の判断が請求権協定に反するとして、ことし1月、韓国政府に外交協議に応じるよう求めました。しかし韓国政府からは4か月以上も回答がありませんでした。
この間、原告弁護団は差し押さえた日本企業の株式を現金に換える手続きを韓国の裁判所に申請、これが認められれば日本企業に実害が及ぶ恐れが出てきました。
さらにこの問題の取りまとめ役のイ・ナギョン(李洛淵)首相が今月15日になって「政府の対応には限界がある」とする見解を明らかにしました。これは韓国政府としての事実上のギブアップ宣言です。このため日本政府は外交協議による解決を断念し、仲裁委員会に解決を委ねることにしたのです。「もうこれ以上待てない、我慢の限界だ」ということなのでしょう。

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日本側が新たな段階に踏み込んだことで、韓国政府は一段と苦しい立場に追い込まれました。
もともとこの問題、韓国政府も請求権協定で解決済みという立場でした。日本政府が拠出した経済協力を原資に、元徴用工への補償も行われています。しかし、韓国の最高裁判所が「解決済みではない」とする判決を言い渡したことから、政府の従来の見解と司法の最終判断が異なるという板挟み状態に追い込まれてしまったのです。「韓国は三権分立の国なので行政は司法に介入できない。政府ができることには限界がある」と韓国政府は説明しています。しかし、請求権協定で「完全かつ最終的に解決された」と明記されているにも関わらず、今になって日本企業に賠償を求めるというのは問題の蒸し返しです。過去の問題にも向き合い幾多の困難を乗り越えて共に育んできた日韓関係のまさに根幹を揺るがす事態になっているのです。
仲裁に応じるかどうか、規定では30日以内に回答をしなければならないことになっています。韓国政府が応じなければ、日本政府は国際司法裁判所など国際司法の場に解決を委ねる構えです。

ここで今、韓国が置かれている状況について簡単に触れておきたいと思います。
結論から申し上げれば、政治的にも経済的にも厳しい状況です。

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ピョンチャンオリンピックの成功で北朝鮮との融和を推し進め、アメリカとの間をとりもって史上初めての米朝首脳会談の実現に漕ぎつけたのは、ムン・ジェイン(文在寅)大統領の大きな功績と言ってよいでしょう。しかしその後、ハノイでの首脳会談で米朝は物別れに終わり、北朝鮮はもう当てにならないと見限ったのか韓国批判を再開しています。

経済面でも、苦境に陥っています。

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中国経済の減速で、頼みの輸出は5か月連続で前年割れとなりました。ことし1月から3月までの第一四半期の経済成長率はマイナス0.3%、リーマンショック以来10年ぶりの低水準です。韓国経済をけん引してきたサムスン電子も第一四半期の営業利益が60%の減益、主力の半導体やディスプレーの輸出が大幅に落ち込みました。ムン政権が最低賃金を大幅に引き上げたことがかえって雇用環境を悪化させ、4月の失業率は4.4%と4か月連続で4%台。とりわけ15歳から29歳の若者層の失業率は11.5%と非常に高く、就職を諦めてアルバイトをしている人などを含めますと4人に1人が定職につけないという厳しい状態です。
就任当初は80%を超えていたムン大統領の支持率も46%にまで落ち込でいます。

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こうした厳しい状況を受けてか、韓国国内の世論にも若干の変化が見られます。徴用をめぐる問題で日本政府は、日本企業に損害が生じる事態になれば対抗措置を取らざるを得ないと警告し具体的な措置の検討を進めています。もしそのような事態になれば日本企業の撤退や投資の減少などによって韓国経済がさらに悪化するのではないかと、経済界から心配する声が上がっているのです。
ムン・ジェイン大統領は来月下旬に大阪で開かれるG20サミットで来日し、安倍総理大臣との首脳会談を希望していると伝えられていますが、日韓関係の悪化で総理周辺からはムン大統領との会談に否定的な声も出ています。首脳会談が実現しなければ外交上の失点にもなりかねません。
韓国メディアの論調も変わってきました。

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有力紙のひとつ中央日報は最近「危機の韓日関係」と題する長文の記事を3回にわたって連載。悪化している日韓関係について有識者の声を紹介しています。
キム・デジュン政権時代に駐日大使を務めたコリョ大学のチェ・サンヨン(崔相龍)名誉教授。「相手の変化ばかりを期待するのではなく、接点を見出そうと努力しなければならない」と強調しています。
クンミン大学日本研究所のイ・ウォンドク所長。徴用をめぐる裁判について「国際司法裁判所に提訴すれば、判決が出される前に和解する可能性も開かれる」と、国際司法の場での解決を提案しました。
ソウル大学のパク・チョルヒ教授。「“日本は反省も謝罪もしない”という認識ばかりが広がっている」と、一面的な見方を批判しています。
いずれも韓国では知日派、日本をよく知っている人達ですが、日本に厳しい世論が大勢を占めている中で勇気ある発言と評価できるでしょう。

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先日、韓国外務省のナンバー2、第一次官に日本での勤務経験が長い知日派が起用されました。さらに政府の担当者が、原告側に対し、差し押さえている日本企業の株式を現金化する手続きを先送りできないか打診していたことも明らかになっています。韓国政府からも関係改善に向けた動きが出始めています。

このところの日韓関係を見てみますと、少なくとも政治・外交のレベルでは落ちるところまで落ちてしまったという印象を抱かざるを得ません。今回、日本政府が徴用をめぐる問題でさらに一歩前に踏み出したのは、この問題をこれ以上は放置できないという危機感の表れでしょう。問題はこうした危機意識を韓国側も共有してくれるかどうです。来月に迫ったムン大統領の来日を前に、韓国政府もことの重大さを認識し、問題の解決に向けた具体的な行動をとることを期待したいと思います。

(出石 直 解説委員)

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