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「裁判員制度10年 国民参加の実現は」(時論公論)

清永 聡  解説委員

国民が裁判官とともに刑事裁判の審理を行う「裁判員制度」。私たちの司法への理解と信頼を高めるという目的で始まった制度は、まもなく10年になります。
裁判員の候補者名簿に記載された人は累計で290万人近くになりました。単純に今の20歳以上の人口に当てはめると、およそ36人に1人という計算になります。裁判員になった人も補充裁判員を含めてすでに9万人。それだけ多くの国民が関わるようになってきました。
今回は「戦後最大の刑事司法改革」と呼ばれた裁判員制度のこれからを考えます。

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【解説のポイント】
●裁判員制度で刑事裁判はどう変わったのか。
●「やりがい」をアピールする裁判所と、その一方で国民の辞退や不出頭が増え続ける実態。
●そして、私たちが理解し参加しやすくするために何が求められるのか、です。

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【「劇的に変わった」刑事裁判】
私は裁判員制度ができる前、制度の準備期間、そして現在まで司法取材を担当しています。刑事裁判にはなじみのない人がほとんどと思いますが、裁判はこの間、大きく変わりました。

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かつては膨大な書類が持ち込まれ、検察官・弁護士・そして裁判官が、難しい専門用語を、うつむいて小声で話すという印象でした。私は一度、閉廷後検察官に「よく聞こえないのでもっとはっきり読んでほしい」と要望したことがあります。しかし「傍聴席のためにやっているのではない」と断られました。

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今は様変わりです。裁判員が理解できるように、言葉は聞き取りやすく、専門用語も分かりやすく言い換えます。法廷にはテレビモニターが設置され、写真や図も使われます。さらに裁判員への印象を気にするためか、身だしなみに気を遣う人もいます。
審理の期間も短くなりました。その結果、調書に依存し時間をかけて細かく調べていた刑事裁判から、法廷のやりとりを重視し、ポイントを絞って核心部分を審理する刑事裁判へと変化しました。プロだけが分かればいいという姿勢から、一般の人が理解できるようにする。裁判員制度による「劇的な変化」と言われます。

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判決も変わりました。これは性的暴行でけがをさせたり死亡させたりした事件の刑の重さの分布です。右に行くほど重い判決です。裁判官だけで審理していた時と比べて、裁判員裁判は右へ寄っています。全体的に刑が、重くなる傾向が見られます。反対に「介護殺人」のような事件では、「執行猶予」がつくケースも増えているということです。こうした量刑の変化は国民の意識も反映された結果と考えられます。

【「やりがい」と“来ない”率】
一方で深刻な課題もあります。裁判員の候補者になり選定されても裁判所に来ない割合が増え続けているのです。これは事前の辞退が認められた人だけでなく、無断欠席も多くいます。これらを合わせた来ない人の割合は増え続け、去年は77%以上、8割近くになりました。
最高裁が作った裁判員制度10周年のポスターには、経験者の多くが「やってよかった」と答えたことをアピールし、参加を呼び掛けています。しかし、好意的な評判が浸透していれば、来る人は増えるはずです。

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現状はやりがいをアピールする裁判所側と、背を向ける8割近い人たち。2つの距離が広がり続けているように見えます。裁判所は多くの国民が協力していない現状を、重く受け止める必要があります。

【長期化への対応は】
消極的な理由の1つは、仕事や育児などで時間がないというものです。

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最高裁が2017年に一般の人を対象に行ったアンケートでは、連続して審理する場合、3日以内なら「参加が可能」という人はおよそ75%。しかし5日だとおよそ21%に下がります。つまり参加できても3日程度が限度だと考える人が多いようです。かつて制度が始まる前、最高裁の幹部も「多くの事件は3日程度で終わる」と説明していたはずです。
では実際はどうでしょうか。最初の年は、初公判から判決までの実審理日数の平均は3、7日でした。しかし徐々に増えて、昨年は10、8日。長期化が進めばますます参加しにくくなります。
複雑な事件では100日を超える裁判もあります。そうなれば、裁判員をできる人は一部に限られます。法律の見直しで、審理が著しく長期間の事件は、裁判員裁判の対象から除外できるようになりましたが、ここまで長期間を理由として除外された例はありません。今後はより柔軟な検討が必要なケースも出てくるのではないでしょうか。
一方で、裁判員の負担を軽くするため、無理に日程を短くしてしまうと、今度は事実関係を誤り、冤罪を生むおそれも出てきます。私たちが必要性を理解し、参加できる日程にするよう、関係者には短い期間と充実した審理という2つの課題を両立する努力が求められます。

【不安解消と守秘義務】
消極的なもう1つ理由は、候補者の不安が大きいということです。刑事裁判にかかわりたくない、という気持ちを抱く人が多いことも理解できます。

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こちらは裁判員の経験を共有する「裁判員ラウンジ」という団体の催しです。経験者と一般の人たちが交流できる機会を定期的に開いています。制度が始まると、こうした経験者の交流団体が、いくつも自主的に作られるようになりました。私も先月イベントに参加しましたが、裁判員だった人たちが自分の経験を熱心に語る様子が、印象的でした。
取り組みはまだごく一部ですが、もっと全国に広がっていけば、少しずつでも制度への理解が深まり、不安の解消にもつながると思います。

ところが、裁判員経験者には「守秘義務」が課されます。法廷で見聞きしたことや自分の考えは話せますが、「評議」と呼ばれる話し合いの内容、そして事件関係者のプライバシーなどは、一生、守秘義務を負うことが求められます。どこまで話しても大丈夫なのか分からず、口を閉ざす人も少なくないとみられます。
また、裁判員の候補者に選ばれたことも家族や上司などを除き、公表が禁じられています。「候補者の生活の平穏を守るため」という理由です。しかし、その結果、通知が届いても候補である1年間、不安な気持ちを抱えたまま口を閉ざす人もいるようです。
こうした委縮が、制度の理解を妨げている側面もあるのではないでしょうか。もう少し自由に発言できるよう、制限をある程度緩和することも検討は可能だと思います。また、経験者の自発的な活動を積極的に後押しすることも求められます。

【国民参加を充実するために】
最高裁の大谷直人長官は10年を前にした会見で、裁判員制度を「おおむね順調」と評価する言葉を述べました。
しかし、候補者の8割近くが来ていないこと、つまりわずか2割の国民の協力で運営されている現状を忘れてはならないでしょう。このままでは、支えてくれる人は先細りとなり、「国民に根差した司法」は実現できなくなる恐れもあります。
裁判所だけでなく検察庁、弁護士も協力して、制度の意義を人々に理解してもらい、より多くが参加できる仕組みの実現に改めて一層努力する。それが11年目に欠かせない取り組みではないでしょうか。

(清永 聡 解説委員)

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