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「米中貿易摩擦 激化する攻防はどこへ向かう」(時論公論)

神子田 章博  解説委員
髙橋 祐介  解説委員

合意に向かうかと思われていた米中貿易交渉。アメリカは、現地時間の10日、中国からの輸入品にかける関税を大幅に引き上げる措置を発動しました。その一方でさきほどから両国の閣僚協議が始まり、攻防が激化しています。二大経済大国の覇権争いともいえる対立はどこへ向かおうとしているのか。この問題を考えます。
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神子田)
まずアメリカの決定とその経済的な影響についてみてみます。
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アメリカは中国からの2000億ドル相当の輸入品に関する関税の上乗せ分を、これまでの10%から25%に引き上げました。これに対し中国側も対抗して関税を引き上げる方針を示しています。
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中国では、これまでの関税引き上げの影響で、すでにアメリ向けの輸出が大幅に減り、沿海部を中心に大勢の失業者が出ています。関税がさらに引き上げられることで、中国経済はより深刻な打撃を受けることになります。また中国製品には日本製の材料や部品も多く使われており、日本企業への影響の拡大も懸念されます。

一方、アメリカでも、輸入製品に高額の関税をかけたことで、製造業を中心にコストが上昇。物価も上がってきています。また農家からは、中国の対抗措置によってアメリカ産農産物の関税が引き上げられたことで、大豆の輸出が減るなどの打撃を受けています。このように関税の引き上げ合戦がエスカレートすれば、米中のみならず世界経済全体に深刻な影響を及ぼすことが懸念されています。

トランプ大統領、先月までは、交渉は順調に進んでいると言っていたのが、ここへきて急転した背景には何があったのでしょうか?
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髙橋)

交渉が俄かに難航したのは「中国が約束を破ったからだ」そうトランプ大統領は言います。とかく交渉ごとは詰めの段階に入ると難航しがちと言われます。双方が合意に近づけば近づくほど、自分の主張を相手に呑ませたい心理が働くからです。そもそも今の米中の貿易交渉は、両国による覇権争いの色彩を帯びています。きょうの関税引き上げも、単なる瀬戸際戦術の脅しではありませんでした。
では、なぜ今トランプ大統領はそんな強気に出ているのか?理由はふたつ考えられます。▼ひとつはアメリカ経済が好調なこと。ことし第1四半期のGDPの成長率は、年率換算の実質でプラス3.2%の高い伸びとなり、失業率も過去50年で最も低い水準に抑えられています。▼もうひとつは、大統領の支持率が回復傾向にあることです。ロシア疑惑も、まだ議会で追及の動きがありますが、ひとまず捜査は終結しました。トランプ大統領の支持率は46%と、就任以来もっとも高い水準まで持ち直しています。

中国との交渉は今が攻め時!そう大統領が狙いを定めても不思議はありません。現にツイッターに「中国との交渉はとても良い雰囲気で続いているが、急ぐ必要は全くない」と書き込み、関税の上乗せ措置は必ずアメリカの利益になると自画自賛しています。
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神子田)

中国がいったん合意した内容を撤回したのは、技術移転の強制の問題だと伝えられています。中国政府は、現地に進出した外国企業に対し、合弁相手となった中国企業に、最新技術の移転を強要しているとされています。これについては、アメリカは、政府主導による知的財産権の侵害だと批判してきました。さらに、アメリカは、中国が国有企業に対して事実上の政府による補助金を通じた優遇策をとっていることについても、国際ルールに違反しているとして見直しを要求しています。しかし、いずれの問題も折り合いがついていません。中国はいま共産党の指導の下、ハイテク産業の育成に国をあげて取り組もうとしています。中国からみればアメリカの主張は、経済活動に対する共産党のかかわりを認めないという、いわば国の成り立ちの根幹にかかわる構造的な問題で、容易に譲歩できるものではありません。そうしたなか、アメリカとの間でいったん合意が成立したものについても、共産党の統制を重んじる保守派との調整に時間がかかっているものとみられます。
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髙橋)

一方のトランプ政権が重視しているのは、まさにその中国による構造改革です。中国が合意を着実に実施に移すよう履行を検証するシステムを作りたいとしています。合意は守られなければただの紙切れに過ぎません。中国が仮に合意に違反した場合、アメリカがただちに関税引き上げなどの制裁を科し、中国がそれに報復できない仕組みが必要だと主張します。随分と一方的な要求に聞こえるかも知れませんが「その場しのぎの口約束には騙されない」それこそが、トランプ政権とこれまでの政権との違いだと言うのです。
とりわけ交渉責任者のライトハイザー通商代表は、経験豊かな法律家、しかも筋金入りの対中強硬派です。合意の草案づくりでも、文言をひとつひとつ英語と中国語で精緻に照らし合わせ、抜け穴が出来ないよう点検を怠りません。このため、技術移転の強制などの問題も、中国による法律改正をアメリカは強く求めているのです。
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神子田)

確かに中国は、知的財産権の保護を法律でうたっても、取り締まりが徹底されないなど「やるやる詐欺だ」ともいわれてきました。
ただ技術移転の強制をめぐっては、今年3月の全人代・全国人民代表大会で、政府が技術移転を強制することを禁じる「外商投資法」を異例のスピードで成立させています。しかし、法律の執行に必要となる細則はまだ策定中で、諸外国からは、「共産党が事実上支配する民間企業による強制」についてはどうなのか、とか「違反した場合の罰則はどうなる」といった、疑問の声も出ています。一方の中国側としては、「アメリカの言う通りやりたい気持ちもあるが、国内の調整に時間がかかるので、もう少し待ってほしい」というのが本音ではないでしょうか。

髙橋さん、中国がなかなか譲れないとなると、トランプ政権がどこで矛を納めるのか、ということにもなるかと思いますが、どうでしょうか?
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髙橋)

トランプ大統領にとって、その強気の発言とは裏腹に、時間的余裕はそんなに多くありません。選挙は来年11月ですが、既に野党・民主党では20人を超える候補者たちが名乗りをあげ、来月からテレビ討論会も始まります。自らも再選キャンペーンに早く専念したいと考えているでしょう。
実は、中国に対する認識の厳しさでは、今の共和・民主両党に、あまり大きな違いはありません。ただ、トランプ再選の鍵を握るのは中西部の各州です。そこには微妙な温度差もあります。安い中国製品に圧されていた製造業で働く白人労働者層は、中国に対する強硬姿勢を歓迎します。しかし、中国による報復関税で打撃を受けた大豆農家などは、長期化する対中交渉に不満を募らせているのです。このため、トランプ大統領としては、中国側の出方を見極めながら、早期に大筋合意に漕ぎ着け、習近平国家主席と最終決着をはかりたいのが本音でしょう。
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神子田)

中国側にもあまり余裕はありません。貿易摩擦で大きく落ち込んだ中国経済は、下げ止まりの兆しを見せています。しかしこれは、米中摩擦の悪影響をカバーしようと公共投資を大幅に拡大したことによる面が大きいと指摘されています。中国は今、民間の活力を生かした経済へモデルチェンジをはろうとしていますので、公共投資の拡大はあくまで緊急避難的なもの。いつまでも続けるわけにはいきません。そして、なによりも景気の回復に最も効き目があるのは、米中交渉が合意に向かうことです。今年10月に迎える建国70年という重要な節目を、なんとか経済が安定した状態で迎えたい。そう考える習近平指導部としても、できるだけ早期の合意をのぞみたいところです。

ただアメリカが中国にとってあまりに不平等な条件を押し付けようとすれば、中国側も簡単にうんとはいえないでしょう。アメリカとしても、交渉の成果を確保する一方で、中国のメンツも保つような知恵が求められていると思います。

トランプ大統領のやりたい放題に見える今回の関税引き上げ措置。しかしこわもての交渉姿勢には、中国に国際ルールを守らせるという強い決意も感じられます。交渉の行方は目先の世界経済への影響だけでなく、アメリカと中国という体制の異なる二大経済大国が、国際ルールのもとで共存していけるかどうかの試金石ともなるだけに、日本としても重大な関心をもって見守っていく必要があります。

(神子田 章博 解説委員 / 髙橋 祐介 解説委員)

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