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「米 イラン核合意離脱1年 高まる緊張」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■アメリカのトランプ政権が、「イラン核合意」から一方的に離脱して、きょうで、ちょうど1年です。トランプ政権は、イラン産原油の輸入を禁止する制裁を実施し、日本など一部の国を「適用除外」としてきましたが、この措置を先週打ち切り、イランに対する圧力を一層強めています。これに対し、イランのロウハニ大統領は、きょう、対抗措置を発表し、中東地域の緊張が高まっています。今夜は、この問題を考えます。

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■「核合意」は、4年前、アメリカのオバマ前政権が、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国とともに、イランとの間で結んだものです。イランが核開発を大幅に制限する見返りに、関係国がイランに対する制裁を解除する内容です。
ところが、トランプ政権は、イランが将来、核兵器を獲得するのを止められない「最悪の合意」だとして、1年前のきょう、一方的に離脱し、その後、イランに対する制裁を段階的に再開してきました。

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■世界を驚かせたロウハニ大統領の演説は、日本時間のきょう午後、国営放送を通じて行われました。核合意が定めた一部の義務に、今後は従わないという内容です。
具体的には、▼国内での貯蔵量が一定の水準を超えないよう定められている濃縮ウランと重水について、国外に運び出す義務に今後は従わない。▼核合意を結んだイギリス、フランス、ドイツの3か国との間で、60日間を期限に交渉を行い、不調に終わった場合には、核合意が禁止している、高濃度の濃縮ウランの製造を再開する、としています。▼その一方で、ロウハニ大統領は、「イランは、引き続き、核合意の枠組みにとどまる」とも述べています。

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■イランのこの対抗措置は、アメリカによる制裁の強化に対抗して行われたものです。トランプ政権は、去年8月、イランの自動車や鉄鋼などの分野で制裁を発動させ、11月には、イラン産の原油や石油製品の輸入を禁止するとともに、イランの中央銀行をはじめとする金融機関との取引を禁止する金融制裁も実施しました。
イランにとって、原油の輸出は、国家収入の3分の1を占める経済の柱です。また、金融制裁は、外国企業も対象にしているため、イランは、外国との貿易決済が事実上できなくなりました。この時、トランプ政権は、原油価格の急激な上昇を避けるため、日本など8つの国と地域を、制裁の「適用除外」とし、180日間に限り、原油の輸入を認める措置をとりました。対象はこちらです。
【日本、中国、韓国、インド、トルコ、イタリア、ギリシャ、台湾】

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▼しかし、180日の期限が切れた今月2日、「適用除外」の措置を停止し、すべての国と地域に対して、イラン産原油の輸入を禁止する制裁強化に踏み切ったのです。

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■その狙いについて、アメリカのポンペイオ国務長官は、「イランの指導部から財源を奪い、普通の国としてふるまわせることが目的だ」と述べています。イランの生命線とも言える原油の輸出を全面的に断ち切ることで、イラン指導部に強い圧力をかけ、今の核合意に代わる「新たな合意」を結びたいと考えています。

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そこには、▼イランの核開発を、制限するのではなく、完全に停止させること。▼イランによる弾道ミサイルの開発をやめさせること。▼イランの軍事組織をシリアなどから撤退させることなどを盛り込みたい考えです。
仮に、イランが交渉を拒否したとしても、イランのイスラム体制を弱体化させ、あわよくば、崩壊に追い込みたい。トランプ政権は、そう考えていると見られます。

■ここから、今回の制裁強化が、イランに与える影響と、イラン側の対応を見てゆきます。イランの原油の輸出量は、トランプ政権が核合意から離脱して以降、減少を続け、今年3月の時点で、日量およそ110万バレルと、半分以下に減りました。イランの通貨リアルは、この間、米ドルとの交換レートがおよそ3分の1に暴落。その影響で物価が高騰し、インフレ率は40%に迫り、国民の生活を直撃しています。若者の失業率は30%を超え、賃金の未払いも起き、政府の無策ぶりに抗議する民衆のデモが頻発しています。

■核合意の実現に尽力したロウハニ大統領が、自ら、対抗措置を発表した背景には、これまで核合意を完全に守り、核開発を大幅に制限してきたにもかかわらず、アメリカの一方的な離脱と制裁によって、経済的な恩恵が得られない現実があります。核合意や穏健な外交路線に対する国民の支持は失われつつあり、国内で発言力を強めている保守強硬派から突き上げを受けているためと見られます。

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■ロウハニ政権は、これまで、アメリカ以外の国々と協議を重ね、金融制裁の影響を受けない方法を模索し、原油の輸出ルートを確保する戦略をとってきました。
核合意を支持するEU・ヨーロッパ連合は、制裁を回避してイランと取り引きできるようにする新たな貿易決済のしくみを立ち上げたものの、イラン側が期待していた成果はあがりませんでした。ヨーロッパの多くの企業は、アメリカの市場から締め出されることを恐れ、イランとのビジネスから撤退したのです。

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■ロウハニ大統領は、アメリカへの対決姿勢を内外に示した格好ですが、本音としては、できる限り核合意を維持し、ヨーロッパ諸国などとの貿易や協力を促進し、イランの国民が納得できるだけの経済的な恩恵を引き出したい考えと見られます。演説の中で、「イランは核合意の枠組みにとどまる」と念を押したのは、そのためで、核合意を守る努力を各国に訴えかけたと言えます。
しかしながら、今後、ヨーロッパ諸国との交渉が不調に終わり、ヨーロッパ諸国が、イランの合意違反を理由に、制裁を再開させるようなことになれば、核合意の枠組みを維持することは極めて困難です。

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また、中国の対応も注目されます。

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イランの原油輸出のおよそ4分の1を占める最大の輸出先だからです。中国政府は、トランプ政権の制裁に強く反対しており、今後、人民元を介した取引や、中国製品とイラン産原油の「物々交換」という方法で、イラン産原油の輸入を続ける可能性があります。中国がイランとの原油取引をどの程度維持するかが、イランの対応を大きく左右すると考えられます。

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■一方、日本政府は、「イラン核合意」を支持しつつ、トランプ政権と交渉を重ね、「適用除外」を延長するよう働きかけてきましたが、かないませんでした。石油元売り各社は、これを見越して、すでにイラン産原油の輸入を停止し、調達先をイラン以外の国に切り替えています。イラン産原油の輸出量は、世界の消費量の1%あまりで、直ちに供給不足に陥ることはなさそうですが、原油価格が高止まりし、ガソリン価格などに影響することも考えられます。

■今回の制裁強化に先立って、トランプ政権は、先月、イランの「革命防衛隊」を「テロ組織」に指定しました。革命防衛隊は、最高指導者直属の精鋭部隊で、シリアなど中東各地に派遣されています。今後、議会の議決を経ずに、軍事攻撃することも可能となりました。さらに、今週、原子力空母や爆撃機の部隊を中東地域に派遣すると発表しました。イランが、アメリカ軍を攻撃する準備を進めている兆候があるというのが理由です。保守強硬派の影響下にある革命防衛隊がこうした動きに過剰反応したり、シリアなどで活動を活発化させたりした場合、偶発的に軍事衝突が起きることも懸念されます。

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■これまで、中東・ペルシャ湾岸の軍事的緊張を抑える役割を果たしてきたイラン核合意が、今後、存続できるかどうか、重要な分岐点を迎えたと言えます。この地域にエネルギーの大部分を依存する日本としては、良好な関係にあるイランにも働きかけて、現在の核合意を維持するため最大限の外交努力を続けることが重要だと考えます。

(出川 展恒 解説委員)

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