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「憲法議論 平成から令和へ」(時論公論)

太田 真嗣  解説委員
清永 聡  解説委員

令和初めての憲法記念日の3日、憲法について考える集会が各地で開かれました。一方、安倍総理大臣は、ビデオメッセージで、2020年を新しい憲法が施行される年にしたいという考えに変わりがないことを強調した上で、「令和元年という新たな時代のスタートラインに立って、この国の未来像について真正面から議論を行うべき時に来ている」と訴えました。平成の30年間、世相と共に変化してきた日本の憲法をめぐる議論は、今後、どうなっていくのか。令和の憲法議論の姿を考えます。

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解説のポイントです。

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▼大きな動きを見せた平成の30年間、▼議論の現状、そして、▼令和の時代に望まれる憲法議論とは何かです。
清永さん。まず、この30年で、憲法をめぐる国民の意識はどう変化したのでしょう?

清永【国民の憲法意識どう変化】
NHKは憲法に関する世論調査を長期間、数年おきから十数年おきに「個人面接法」という手法で実施しています。同じ方法で比較が可能な30年間の変化を見てみましょう。

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平成4年は「今の憲法を改正する必要はないと思う」が「改正する必要はあると思う」を上回っていました。ところが、その後、2つは逆転します。平成17年には「必要ある」という回答が大きく上回りました。
しかし、その後、今度は調査をするたびに差が縮小します。一昨年の調査では9ポイント差です。この賛否の増減の傾向は憲法9条の改正をめぐっても、同じような変化が見られました。

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太田【変化の背景・政治】
その背景をみていきますと、平成5年に細川連立政権が誕生して、55年体制が崩壊。それまで憲法議論はタブーとされてきましたが、平成12年、衆参両院に憲法調査会が設置されます。翌13年にはアメリカの同時多発テロが発生。自衛隊のイラク派遣と憲法との関係が大きな議論になりました。平成19年、憲法改正の手続きを定める国民投票法が成立。憲法改正問題は、議論の段階から現実の政治問題へと姿を変えました。そして、24年、憲法改正実現を真正面に掲げる第2次安倍政権が発足し、いまに至ります。

清永【国民は立ち止まっているか】
こうして見るとこの30年というのは、前半が国際社会や国会の動きの中で、国民も憲法改正へ向けた階段を上っていたものの、改正の発議が現実味を帯びてくると、足を止め、踊り場で考え込んでいるという状態でしょうか。
太田さん。では、憲法をめぐる議論、国会の現状は、どうなっているのでしょうか?

太田【停滞する国会での憲法議論】
国会では、「自民党一強」と言われる政治状況のもと、いわゆる“改憲勢力”が、憲法改正案の発議に必要な、衆参両院の3分の2を占めています。しかし、そのことが、逆に、議論の停滞を招く皮肉な現象を生んでいます。

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国会で優位に立ったことで、改正に積極的な勢力は、9条改正など、意見が分かれる項目についても、自らの主張をより前面に押し出すようになりました。これに対し、改憲に反対、もしくは慎重な勢力は、数の力で押し切られるのを警戒し、議論のテーブルに付くこと自体を拒否するようになりました。こうした状況を変えるには政治の知恵や努力が必要ですが、現状は、双方が「怠慢だ」、「強引だ」と批判し合う場外乱闘が続いています。

清永【行政の消極的姿勢】
議論が進まない傾向は、国民の間でも見られます。

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先ほどの世論調査では、「憲法について話題にすることがない」という回答は76%に上っています。
また、護憲・改憲のどちらであっても、憲法に関連するテーマでの集会や政治的なイベントなどに対して、公務員が消極的になる事例も絶えません。社会教育の現場に携わる人などの話によれば、施設などの利用申請を様々な理由で認めず、開催できなかったケースもあったということです。
こうした「萎縮」が広がれば、国民の間で憲法は「発言しにくいもの」になってしまいます。

清永【最高裁に望まれる積極判断】
また、「萎縮」の要因は、行政だけでなく司法にもあります。
国民の発言の制限に対する裁判は、これまで繰り返し起こされています。

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例えば、金沢市では市役所前広場で自衛隊のパレードに反対する市民グループの集会が許可されず、裁判になりました。一昨年、グループ側の敗訴が確定しています。ただ、その際、最高裁は門前払いの形で退け、具体的な判断は一切行っていません。
最高裁は、特に政治的なテーマで、憲法判断に極めて抑制的になると指摘されています。しかし、結論は別として、これは国民の表現の自由にかかわる重要な問題です。表現活動が許される「場所」に関する具体的な基準や、表現の自由との関わりなど判断を示すこともできたはずです。時代ごとにそうした判断を積み重ねていくことが、重要だと思います。
金沢市の広場は、その後「憲法記念日」の集会でも使用が認められず、結局、再び訴えが起こされ、現在も裁判が続いています。最高裁が憲法判断を回避し続け、その場をやり過ごしたとしても、紛争は解決せず議論の場も失われ、司法への信頼も揺らぐことになりかねません。

太田【望まれる令和の議論①】
では、令和になり、今後、憲法をめぐる議論には何が求められるのか。
その大きなテーマとして、憲法9条の問題があることは言うまでもありません。
日本を取り巻く安全保障環境が変化する中、9条はどうあるべきか、また、自衛隊を憲法に明記することの是非などをめぐり、今後も議論が続きます。

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清永【望まれる令和の議論②】
また、戦後、社会は大きく変わりました。プライバシー権や良好な環境を求める権利など、今の憲法に明記されていなくても、多くの人が重視する権利があります。
生活も変化しています。事実婚など家族の形も多様化しています。AI=人工知能も進化し、本人が気づかないうちに個人情報が使われ、選別される可能性もあります。
東日本大震災など災害も相次ぎました。国民の生命や財産にかかわる「緊急事態」への対応を「憲法に明記すべき」という意見や、「法律で対応可能だ」という意見もあります。
このように、憲法とのかかわりを考え、議論する点は、たくさんあります。
太田さん、今後、国会での憲法改正をめぐる議論は、どうなっていくのでしょうか?

太田【憲法改正をめぐる議論】
関係者は、「いかに幅広い合意形成を図るか、それには、時の政権との『距離感』をどう保つかがポイントだ」と指摘しています。
その論拠とされるのが、2016年に憲法改正の国民投票が行われたイタリアの例です。

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改正案は、二院制の見直しなどが内容でしたが、当時の首相が「否決されたら辞任する」と自らの地位に絡めた発言をし、国民投票は、非常に政治色の強いものとなりました。その結果、改正に前向きだった野党も反対に回り、改正案は否決され、首相も辞任に追い込まれました。
憲法改正の是非は、国の将来のあり様に関わるもので、本来、時の政権への支持・不支持で判断すべきではありません。そのためにも与野党という立場を乗り越えた議論が不可欠で、その環境の整備し、議論を充実させるのが政治の責任です。そうでなければ、幅広い合意形成は図れませんし、仮に国民投票を行っても、その目的を国民に正しく理解してもらい、判断してもらうのは難しいのではないでしょうか。

清永【まとめ】
憲法は政治や権力について定めていますから、憲法を語ることは、政治的なテーマに触れることにもなります。しかし、同時に私たちの暮らしや未来にも関わる大切なものです。
一方で、最近は国民の間からも、自分の意に沿わない意見や言論を封じようとする動きが出ることもあります。ヘイトスピーチを公然と掲げるなど、他人の基本的人権を侵害する場合は別ですが、発言できないことが繰り返されれば、多様な議論は失われ、最後は何も言えなくなってしまいます。私たちも、できるだけ多くの意見に耳を傾ける姿勢を大切にしたいと思います。

太田【まとめ】
社会の大きな変化があっても、憲法が、国の最高法規として機能し続けてきた背景には、先人たちの膨大な議論の積み重ねがありました。令和という新たな時代がもたらす変化は、その努力を、ますます政治に求めることになるでしょう。
同時に、憲法は、「憲法が保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」とも定めています。政治が、役割と責任を果たすのはもちろんですが、その政治を監督する責任が私たち主権者にあることも忘れてはならないように思います。

(太田 真嗣 解説委員 / 清永 聡 解説委員)

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