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「学校の持続に何が必要か」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

小学校から高校までの学校が今後も教育機関としての役割を果たし続けるためには何が必要なのか。柴山文部科学大臣は、中教審・中央教育審議会に「新しい時代の初等中等教育の在り方について」包括的な諮問を行いました。子どもたちの成長と学校の持続のために本格的なAI時代の到来などを見すえた新たな学びのグランドデザインという大きな責任を中教審が果たすことができるのでしょうか。

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▽今回の諮問の内容。▽その背景とは何か。そして、▽問われる中教審の覚悟、以上3点をポイントに考えます。

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17日開かれた中教審の総会で、柴山文部科学大臣は「今回の諮問事項はこれからの教育、ひいてはわが国の未来を左右する非常に重要なものだ」とその意義を強調しました。
今回の諮問は、日本の国力の礎として世界的に高い評価を受けて来た小中学校の義務教育に加え、高校までを含む初等中等教育の在り方について包括的な審議を求めたことが特徴です。個々の施策をパッチワークのようにつなぎ合わせるやり方では、学校を持続するための整合性が取れなくなっているからです。
審議事項としてあげられたのは次の4つ。
▽新時代に対応した義務教育の在り方。
▽新時代に対応した高校教育の在り方。
▽増加する外国人児童生徒等への教育の在り方。
そして▽これからの時代に応じた教師の在り方や教育環境の整備等です。
こうした審議事項を通して、小中学校段階では、基礎学力の定着とその基盤の上に伸ばすべき学力をどう身に付けさせるのか。高校では、本格的なAI時代を迎え、文系理系というコースわけそのものの見直しも含め、生徒の7割が普通科に偏る現状をどう変えていくべきなのか。小学校への教科担任制や、いったん社会に出た人が教員になりやすいような制度など、教員免許制度そのものの見直しや、忙しすぎる学校現場で教員定数の抜本的な見直しを含む議論を求めています。

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今回の諮問から見えるのは、AIの発達がもたらす新しい社会の到来によって学校での学びが役立つのか疑問視する声がある中で、このまま学校が持続することができるのかという文部科学省の危機感です。その背景には何があるのか。
1つには、来年度の小学校から始まり、高校まで順次導入される新しい学習指導要領への対応があります。新学習指導要領では、教員が教壇に立って一方的に進める従来型の授業とは異なり、子どもたち同士が自ら主体的に話し合いながら探究するアクティブラーニングという新しい形の授業が本格的に導入されます。こうした授業によって、予測不能な事態に対処するというAIにはできない能力を伸ばそうという目的です。
これから伸ばすべき能力がある一方で、日本の義務教育は、世界トップレベルの学習成果を維持してきたという評価もあります。OECDが3年ごとに行うPISA調査と呼ばれる国際学習到達度調査があります。最新の2015年調査で日本の15歳の子どもたちは、数学や科学を活用して考える「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」と呼ばれる分野の成績が加盟国中1位でした。学習指導要領が変わってもこうした力を育んできた従来の基礎的な読解力や基本知識は引き続き身に付けていく必要があります。
そうした中で教育の専門家が危惧する事態が各地の小中学校で起きつつあります。目先のアクティブラーニングの導入に力点を置くあまり、日本の学校教育が得意だったはずの基礎基本の習得がおろそかになっているというのです。現に小学校では、語彙や読解力に格差や課題が生じているにもかかわらず、基礎基本を軽視する傾向が出ていることが指摘されています。

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もう一つの背景は、学校の働き方改革への対応です。中教審は今年1月、肥大化する学校の役割を見直し、基準がなかった教員の残業時間の上限を月45時間とすることなどを柱とする学校の働き方改革に向けた答申をまとめました。中学校の教員の6割が過労死ラインを越える超過勤務を行っているなど見過ごすことができない実態が明らかになったためです。世界的に高い評価を受けてきた日本の小中学校教育を支えてきたのは教員です。担い手の体制が崩れれば、学校の持続は困難です。
一方で、これまで以上に授業に向けた準備に時間が取られるアクティブラーニングが教員に重くのしかかる事態。アクセルとブレーキを同時に踏ませるような政策を進めることになったのは、いずれも重要な教育課題を別々に審議し、答申してきた結果です。

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こうした相矛盾する政策を同時進行で行わざるを得なくなったことが学校の持続性を危うくしている以上、個別の政策に横串を通した見直しが必要です。
例えば基礎基本の習得。小学校低中学年と高学年で身に付けさせる能力とその方法をエビデンス、つまり根拠に基づき示す必要があります。学びがより高度化する高学年については、中学校と同じように教科ごとに担当する教員を変える措置が必要になるかもしれません。当然年間授業時間を含む教育課程そのものもこれに連動する形で見直す必要があります。そうした検証を元に仕事の量に見合った真に必要な教員数に基づく定数を算定して人材を確保することで初めて子どもたちの学力を維持し、教員の働き方改革を実現しながら学校を持続させることが出来ます。

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ただし、その実現のためには、財政当局を説得するという高いハードルもあります。
そのハードルを越えるために必用なのは、3つ目のポイント、「求められる中教審の覚悟」です。
文部科学大臣の諮問機関である中教審・中央教育審議会は、旧文部省時代の1952年に設置されました。文部科学省にある審議会の中で最も重要なものとされ、教育行政の政策に関わる基本的な事項についてさまざまな答申を行ってきました。高度成長期を迎えた1971年、昭和46年には、学校教育の総合的な施策を示した「46(よんろく)答申」と呼ばれる包括的な答申を出しました。この答申は、中高一貫校の設置や特別支援教育の充実、高等教育の多様化など、今につながる日本の教育行政の方向性を決めたとされています。
しかし、その後は主に個別の教育問題についての答申にとどまってきました。第2次安倍内閣で教育再生実行会議が設置されて以降は、もっぱら実行会議が提言した政策を実現するための審議に追われる形となり、中教審は“実行会議の下請け機関”となったのかとの批判もあります。かつての中教審のように日本の学校教育のグランドデザインを描くことができるのか。中教審の存在意義にも関わるという覚悟で審議を進めて欲しいと思います。

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教育には、個人の成長とともに社会全体が受ける恩恵がありますが、こうした側面は日本ではあまり知られていません。教育をめぐる議論には様々な制約が付きものでした。そうした制約を前提にせず、「教育には何が必要なのか」を考え抜く議論を貫いて欲しいと思います。

(西川 龍一 解説委員)

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