「韓国 水産物輸入規制 WTO日本敗訴の影響は」(時論公論)
2019年04月15日 (月)
合瀬 宏毅 解説委員
WTO世界貿易機関の上級委員会は先週、韓国が福島第一原発の事故をきっかけに行っている、日本産水産物の輸入禁止について、これを違反とする小委員会の判断を取り消す報告書を公表しました。
これにより韓国の輸入禁止はつづくことになり、今後、輸入規制を行っている他の国や地域への影響も懸念されます。
WTOによる敗訴の影響と今後の対応について考えます。
まず、今回の決定の内容です。
問題となっているのは、日本産食品に対する韓国の輸入規制です。2011年、東日本大震災での福島第一原発の事故をきっかけに、多くの国と地域が日本産食品の輸入禁止などの規制を行いました。
その後、国内での検査態勢が整備され、各国や各地域での規制が緩和される中、韓国はそれまで福島県など8県を対象に行っていた50種類の水産物の輸入禁止を、逆に2013年、全ての水産物に拡大し、全国の食品についても、全て、追加の検査証明書を求めるなどの規制を強化してきました。
WTOは、特定の国の商品を、理由無く差別することを、加盟国に禁じています。
このため、日本は韓国をWTOに提訴、その結果、WTOの小委員会は2018年、韓国の規制について、「恣意的又は不当な差別」に当たり、また、「必要以上に貿易制限的」な措置であるとし、韓国にその是正を求めました。
しかし韓国はこれを不服として上訴、今回上級委員会は、この判断を覆し、破棄したと言うことです。
震災が起きる前に、日本から韓国に輸出していた水産物は、年間174億円、被災地のホヤやスケトウダラは、韓国への重要な輸出品でした。
日本の勝訴を信じていた被災地では、今回の決定に落胆の声が聞こえます。
では、小委員会で恣意的、差別的とされた判断が、今回なぜ破棄されたのか。
上級委員会が問題視したのは、小委員会での議論の不十分さでした。
まず、日本が食品に対して設けている放射線量の基準は、同時に韓国の基準も満たしているとしていた小委員会の判断ですが、自国に流通する食品のリスクをできるだけ低く押さえたいとする韓国側の主張を議論していない。
また、日本の基準は健康に対するリスクを十分考慮しているとしていた小委員会の判断については、本来は韓国側が主張する潜在的なリスクも併せて議論すべきだったとし、議論が十分尽くされていないとして、小委員会の判断を破棄したというわけです。
WTOでは具体的な事実認定をする小委員会と異なり、上級委員会ではその結論が、WTOの紛争処理上、問題がないか、「法解釈のみ」を、行います。
今回の結果を、日本政府は、小委員会で認められた、日本産食品の安全性が否定されたわけではなく、あくまで、小委員会での議論のやり方が不十分だと上級員会が判断した結果だと説明します。
審議不十分であれば、本来は、差し戻して、改めて審議し直すのが筋です。
しかし、WTOでは上級委員会が出した判断はそれで確定し、そのまま、無条件で受け入れなければなりません。
心配なのは、これをキッカケに、日本産食品の安全性への懸念が、世界に広がることです。
現在、日本産食品について、なんらかの規制を行っているのは、23の国と地域で、このうち香港や中国、台湾など8つは、輸入禁止など、より厳しい対策を行っています。
風評被害で被災地が苦しむ中、政府は日本産食品の安全性を、訴え続け、その規制を取り除いてきました。しかし、今回の判断で、その動きは止まるかもしれません。
たとえば台湾です。
台湾は原発事故直後、福島や栃木など5つの県の食品を輸入禁止とし、さらに4年前からは日本からの全食品に、産地証明を義務付けるなど、規制を強化しています。
もともとこの規制強化、当時台湾で頻発した偽装表示などを背景に行われたもので、日本政府は科学的根拠に乏しいとして、その是正を訴え続けてきました。
ところが、台湾当局は去年11月、規制の継続を住民投票に委ね、2年間は、その規制を延長する決定をしているのです。
また中国は、宮城や福島、新潟など10の都県の食品と、家畜のエサは全て輸入を禁止しています。そのうち新潟のコメについては去年、輸入再開を発表しましたが、それ以外は、これまでのまま。他の地域からの野菜などにも厳しい条件を付け、事実上、日本からの輸出を許していません。
日本産食品は、年々輸出額を増やし、今年度には1兆円に届こうとしています。今回、日本政府はWTOでの勝訴をバネに、こうした国や地域に、規制緩和を迫るつもりでした。
しかし結果的には事実上の敗訴で、日本としては思惑が外れた格好です。
では日本の食品の安全性はどうなっているのか。
原発事故後、政府は農地の除染や樹木の洗浄などを通じて、放射線濃度を下げる一方、検査を強化し、1キログラムあたり100ベクレルの基準を超えた食品は出荷制限をかけるなどして、市場に流通しないようにしてきました。
この1キログラムあたり100ベクレルという規制は韓国でも同じです。
その結果、検査対象となっている17都県を中心とした、全国で年間30万件に上る検査のうち、100ベクレルを超える食品は、年々減り続け、2012年度の2300件あまりから、昨年度は、313件、率にして0.1%にまで減っています。
基準値をこえたのは、ほとんどが、出荷が止められているイノシシなどの野生鳥獣の肉や野生の山菜でした。
政府はこうした食品に対する対策や、厳しい検査を行っていることをWTOの場でも説明し、日本産食品の安全性は、科学的に安全だとする評価を得ているとしています。
しかし、こうした実態が、海外に伝わっているかです。
これは東京大学と福島大学とで2年前、世界10カ国、地域の、3000人を対象にした、日本産食品に対するアンケートの結果です。
「積極的に日本産の食品は避けている」とする人の割合をみてみますと、アメリカやイギリスで20%台と低くなっていますが、韓国は57%、中国では77%、台湾で54%と軒並み高くなっています。
そうした国と地域の人たちに、日本国内での放射性物質に対する検査を知っているか尋ねたところ、知っているが16%から24%と、知られていませんでした。
これまで日本政府は、各国の言語でのパンプレットや動画を作って、海外のイベントで披露したり、海外メディアを被災地に招待したりして、被災地の現状や検査体制をアピールしてきました。
しかしそうした取り組みも、アンケートを見る限り、効果が上がっておらず、日本産食品に対する厳しい規制の背景には、こうした一般の人たちの認識があると考えざるをえません。
今回の上級委員会の報告は、復興を願い、風評被害を無くそうとしてきた被災地の取り組みに水を差す物で、安全性を確保しているとしてきた日本産食品に対する懸念を、海外に抱かせかねない出来事です。
日本政府は韓国とは今後、2国間で、規制を緩和するよう、協議を続けていくとしています。日本産食品の安全性確保の取り組みを、今後どう世界にアピールしていくのか、政府には戦略の見直しが求められていると思います。
(合瀬 宏毅 解説委員)
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