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「透析治療中止が問いかけること」 (時論公論)

飯野 奈津子  解説委員

東京の公立福生病院で、腎臓病の女性患者が人口透析治療を中止した後、死亡した問題で、東京都は、治療の中止を決めるプロセスに関わる記録が十分残されていないなどとして、きょう、病院に対して、文書で改善を指導しました。病院側は中止を決める手続きに問題はなかったと主張していますが、都は記録がなければ判断が難しいとしています。患者の命にかかわる人口透析の中止をめぐる問題を考えます。
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<解説のポイント>
解説のポイントです。
●公立福生病院で女性患者が亡くなった経緯
●東京都の指導内容とその評価
●患者の意思を尊重するために求められること
この3点です。
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<透析治療とは>
まず、腎臓病の患者のための人工透析がどんな治療法なのかみておきます。
人工透析は、機能が低下した腎臓に代わって、人工的に体の血液をきれいにする治療法です。腕に作られたシャントと呼ばれる部分からポンプをつかって血液を取り出して、透析器に循環させて老廃物などを乗り除き、体内に血液を戻します。患者は通常週に3回医療機関に通って、1回3時間から5時間かけて透析を受けなければなりません。一生続くことになるので、肉体的にも精神的にも大きな負担になります。しかし、これをやめると数日から数週間で死亡するとされていて、患者の命をつなぐ医療といえるのです。
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<女性が死亡するまでの経緯>
では、この治療をやめた後亡くなった44歳の女性患者の経緯です。
病院が記録を補う形で、医師への聞き取りなども行って説明しています。
それによりますと、腎不全を患っていた女性が公立福生病院を受診したのは去年8月9日。それまで別のクリニックで、人工透析を受けていましたが、血液の出入り口となるシャントが詰まり、高度な医療を行う福生病院を受診しました。
その日、医師が、人工透析を続けるために、首の周辺に管を通す手術を提案しましたが、女性は「シャントがだめだったら透析をやめようと思っていた」などと同意せず、透析をやめると2週間くらいで死に至ることも説明しましたが「よくわかっている」と答えたということです。その後、本人と夫、看護師、ソーシャルワーカも一緒に話し合いましたが結論は変わらず、女性は、透析をやめることを承諾する証明書に署名して、自宅に戻りました。翌日受診した時。体調が悪くなって14日に入院した時も、医師が透析中止の意思を本人に確認したとしています。16日になって、女性は意識が混乱する中で「こんなに苦しいなら透析の中止を撤回したい」と看護師に伝え、その後、女性が落ち着きを取り戻した際、医師が改めて確認したところ、透析の再開は望まなかったとしています。結局透析は再開されずに苦痛を和らげる治療が行われ、女性は、その日の夕方亡くなりました。
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<東京都の指導>
こうした一連の病院の対応に問題がなかったのか。
東京都によりますと、福生病院では平成25年以降、今回の女性患者も含めて、透析を中止したり始めなかったりした患者が24人いて、いずれの患者もその後、死亡したということです。そうした別の患者のケースも調べた上で、都がきょう、医療法に基づいて、病院を指導しました。
そのポイントは、患者が意思を決めるまでのプロセスに関わる記録が十分残されていなかったこと。記録がなければ、患者に別の治療法があることや心身の状況に応じた適切な説明がおこなわれたかどうか、検証できず、遺族から説明を求められても、言葉だけでは納得が得られない可能性があるとしています。
このため、都は病院に対し、改めて患者に適切な説明を行うことや、正確な患者の記録を作成して残すことを、文書で指導しました。

<病院の主張>
一方、病院側は、亡くなった女性患者の透析中止を決めた手続きに問題はなかったとしています。透析の専門医などが参加する日本透析医学会が、透析見あわせの条件などを定めた提言には、患者が強く透析を拒否する場合、医療チームが治療の必要性について納得してもらうよう努力した上で、それでも患者の意思がかわらなければ尊重するとあります。今回病院は、女性患者に何度も意思を確認したけれど、透析中止の強い希望があったなどとして、提言には違反しないとしているのです。
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<評価と課題>
さてどうでしょう。
腎臓の機能が低下した患者にとって透析治療の中止は死に直結しますから、慎重な対応が必要なことは、いうまでもありません。そうした点では、都が指導したように、記録を残すことが、透明性、客観性を保つために不可欠です。
ですが、患者が意思を決めるまでのプロセスはどうだったのか。病院は何度も意思を確認したとしていますが、今回の都の検査では、明らかになりませんでした。患者の人生観や価値観、どんな生き方を望むかといったことも把握して、本人にとって何が最善か十分話あったのか、透析治療を辞めた後の経過など正しい情報を伝えたのか、精神的に追い詰められ気持ちが揺れ動く患者に、いったん治療の中止を決めてもいつでも撤回できる、いつでも相談に乗るよと寄り添えたのか。そして苦痛を取り除く緩和ケアや家族へのケアは十分だったのか。
人生の最終段階の医療・ケアに関わる国のガイドラインでも、患者の意思が変わりうることを踏まえて、患者や家族、医療ケアチームが何度も治療方針を話し合い、その都度内容を文書に残すことを求めています。
福生病院が、患者や家族の揺れる思いにどう向き合ったか、東京都とは別に、日本透析医学会が病院の調査を続けているので、専門家の目でその点を明らかにしてほしいと思います。
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<患者の意思を尊重する医療を広げるために>
その上で求めたいのは、今回の問題を福生病院だけではなく、人工透析治療を行う他の医療機関でも、患者の意思を尊重する取り組みにつなげてほしいということです。
人工透析を行う全国の施設を対象に、2016年から2017年にかけて学会の岡田一義医師が行なった調査では、透析の中止や見合わせの経験があるとした施設が全体の半数近くにのぼっていました。そのうち、およそ4分の1の事例で、患者の意思を尊重するとする学会の提言に準拠していなかったとしています。がんの末期で十分話し合いができなかった、認知症で本人の意思が確認できなかったなど、やむを得ない事例が多いのですが、医師が提言を知らなかった、参考にしなかったといったケースもあったということです。
患者や家族と話し合いを繰り返し、その都度、内容を文書に残す。医療機関にとっては手間がかかることかもしれませんが、患者の命に関わる問題です。慎重で丁寧に対応することが必要だと思います。
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<まとめ>
人工透析を受けている患者は全国でおよそ33万人。取材すると、透析を続けるのはつらいけれど、生きていくためには仕方がない。でも、逃げ出したくこともあると話す患者もいました。人工透析を続けるのかやめるのか、繊細で難しい問題に、患者や家族、医療関係者が直面している現実を、今回の問題は浮き彫りにしました。そして今、人工透析を受けている人を含めて様々な病と闘っている人たち、さらに、将来そうした事態に直面するかもしれない誰もが、患者の意思をどう尊重するのか考えていかなければいけない。そうしたメッセージを私たちに突きつけているように思います。

(飯野 奈津子 解説委員)

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