こんばんは、時論公論です。平成最後の春、新たな人生の一歩を踏み出した人も多いのではないでしょうか。そのなかに障害者に限定した統一試験を突破し、中央省庁で働き始めた人たちがいます。
この統一試験は去年、中央省庁の8割以上が障害者手帳などを確認せず、障害者の雇用を水増ししていた問題を受け、雇用達成のために行われたものです。障害者を対象とした国家公務員の試験としては初となった統一試験。選考から多くの課題が見えてきました。
<解説のポイント>
●筆記試験のあり方はどうだったのか
●面接試験の配慮は十分だったのか
●民間への影響
<障害者雇用の方法>
まず、国が進めている障害者雇用についてです。中央省庁に義務づけられている障害者の法定雇用率は2.5%。去年6月時点での雇用率は1.24%でしたから、その不足を早急に補おうと、およそ4000人を年内に採用するとしています。その目標達成のために作られたのが障害者枠です。
常勤職員は、人事院が実施する筆記試験と各省庁の面接で合否を決める統一試験、そして各省庁が実施する個別試験での選考です。非常勤職員は各省庁が個別に書類選考や実技試験などにより選考します。常勤職員はおよそ1210人。非常勤職員はおよそ3150人です。今回発表された754人は統一試験での合格者。本人が辞退しない限り、全員が採用されることとなっています。
<一律の筆記試験の限界>
ただ、合格者の内訳をみると課題が浮かび上がってきます。内訳を見ると身体障害者が319人。精神障害者が432人。ところが知的障害者は3人。全体の0.4%でした。平成30年の統計では、民間企業での知的障害者の雇用は障害者雇用の20%以上を占めていましたから、かなり低い数字です。
なぜ、このようなことが起きたのでしょうか。その理由は、障害の特性を考慮しない一律の試験を行ったからです。人事院は「採用対象」を「高校卒業程度の学力を有するもの」とし、社会科学などの知識を問う問題のほか、数的処理などを出題。作文も課しました。そして、この難易度を提示したときから「知的障害者にとっては厳しいものになる」と認めていました。
試験の難易度は仕事で求められる能力をはかることにつながりますから、致し方ない面はあります。しかし、障害者間で合格者数に“差”が生まれてしまったということは、障害種別を問わない一律の統一試験での選考の限界が浮き彫りになったといえます。
では、どういった方法が考えられるでしょうか。ヒントは障害者雇用率3.2%を達成している鳥取県庁の取り組みです。鳥取県庁も中央省庁同様、障害者枠を設けており、試験での採用を行っています。違うのは知的障害者には、身体・精神障害者とは別の筆記試験を課している点です。
この試験は知的障害者の教育に携わってきた専門家と相談しながら、仕事に必要な能力を見定められる内容になっています。職務内容も身体障害者や精神障害者とは少し変えており、それぞれの特性に合わせ、育成しながら、支払いなどの経理、物品の管理などに従事することとしています。
平成29年から始めたばかりということで、採用した人数は3年間で1人ずつ、合計3人と少ないですが、障害の特性に向き合った試験方法を考えていることが評価に値すると思います。
平成30年の障害者白書によれば、知的障害者の求職者数は年々増加傾向にあります。人事院は「知的障害者については、省庁別の個別試験や非常勤採用での雇用で対応していく」としていますが、どのくらい採用されるかは不透明です。各省庁には知的障害者の特性に見合った採用方法を検討し、雇用に結びつけて欲しいと思います。
<面接試験の配慮>
また面接にも課題がありました。そのひとつが選考の仕組みです。国家公務員の一般試験での採用は、すべての面接が終わってから合格を発表するのではありません。多くの企業とは異なり、面接をした結果、優秀だと判断すると先着順で内定を出していくという方法になっています。
そして、今回の試験でも先着順が踏襲されました。しかし、一般の受験者と異なり、障害のある受験生にとっては、その特性によっては不利益が生じました。たとえば視覚障害者だと、目の見える人よりも資料を読むのも、申し込みをするのにも時間がかかります。自動で音声を読み上げてくれるパソコンを使っても、同じスピードでできるわけではありません。
先着順で打ち切られるような採用方式では「公平性は担保されず、障害特性に対して配慮が不足していた」と専門家は指摘しています。
面接そのものにも課題が残りました。取材をすると「何ができないですか」と繰り返しできないことばかり聞く、いわゆる圧迫に近い面接もあったといいます。面接の仕方の指針は出されていましたが、配慮に欠けていたことは事実で、本当に職場の理解が進んでいるかは疑問を持たざるを得ません。
<民間企業への影響>
統一試験による採用は、民間企業にも影響を及ぼしました。省庁に合格した人のなかには、民間企業の内定を辞退したり、働いていた職場を辞めたりした人がいました。仕事を選ぶ権利は一人一人にあるわけですから、それぞれの決断は否定できません。ただ、今回の採用について政府は民間企業を圧迫しないようにすると述べてきました。
省庁へ人材が流れた結果、法定雇用率が未達成になった民間企業には救済措置を。また、秋には障害者限定の統一試験の実施を検討しているとのことですので、民間の採用を圧迫しない日程を設定するなど対策を講じて欲しいと思います。
<まとめ>
今回の統一試験は、年内に4000人の障害者雇用を満たすためのひとつの手段として行われたため、拙速にことが進みすぎ、障害者への理解や配慮に対する準備は十分ではない点がありました。今後も中央省庁が障害者雇用を続けていくにはどうすれば良いのか。必要なのは採用の意識の転換です。
「省庁の仕事に合わせられる障害者を雇う」という従来のやり方だけでは雇用率の達成は難しいでしょう。障害者の特性に合わせ「仕事を切り出し」、「マッチングをする」。それを見定めるための仕組みを構築することが求められます。そのためにも、今回の浮き彫りになった課題を検討することは重要です。
政府は、採用の際に障害者手帳の確認を省庁に義務付けるなど、水増し防止策を盛り込んだ法律の改正案を国会に提出し、襟を正そうとしています。ただ統一試験を見る限りでは制度を整えても、そう簡単に障害者が活躍できる環境が整備されるとは思えません。
では誰が職場を変えていくのか。鍵を握るのは、今回採用された人たちなのではないでしょうか。自ら声を挙げ、働きやすい職場に変えていく。「分かってもらえる」「やってもらえる」といった心持ちでは、きっと職場は変わりません。もちろん、その声に職場も一体となって応えるのは必須です。障害のある人を雇うのは手間も時間もお金もかかることは事実です。
しかし、障害者を多く雇用している企業に取材すると、異口同音に「職場がやさしくなった」「働きやすくなった」という応えが返ってきます。採用された人たちには、社会における障害者雇用のあり方を変える、引っ張っていくといった気概を持って、その一歩を踏み出すことを期待したいと思います。
(竹内 哲哉 解説委員)
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