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「どう対応 南海トラフ『巨大地震警戒』情報」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

南海トラフ巨大地震のおそれが高まったという情報が出たらどう対応したらよいのか、国が初めてガイドラインをまとめました。一部の住民は1週間、事前に避難をすることやその範囲などが示されました。しかし自治体や企業に判断が委ねられた部分も多く、今後、地域ごとに住民も巻き込んだ幅広い議論が求められることになります。この問題を考えます。

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解説のポイントは、
▼南海トラフ地震対策の経緯
▼ガイドラインのポイント
▼自治体などに投げかけられた課題

【南海トラフ地震対策の経緯】
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南海トラフ地震は東海から九州沖にかけての南海トラフを震源に100年から150年ほどの間隔で繰り返されてきた巨大地震です。今後30年以内に7~80パーセントの確率で発生し、最悪の場合32万人が死亡すると推定されています。

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過去の南海トラフ地震は、突然、震源域全体で発生したケースと、2日から2年の間隔を置いて半分ずつ発生したケースがあります。
2年前、国は半分で地震が起こるなど「異常な現象」が起きたとき「臨時の情報」を出すことにして代表的な3つのケースを示しました。

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▼まず想定震源域の半分で地震が起きたケース。半分でもマグニチュード8クラスの巨大地震です。
▼ふたつめは想定震源域の中でひとまわり小さい地震が起きた場合。
▼さらに地下の岩盤の境目がわずかにずれ動いたことが観測された場合です。

こうしたときに出される情報名や住民や自治体などがとるべき行動は具体的に決まっていませんでしたが、きょう国はそのガイドラインを公表しました。

【ガイドラインのポイント】
そのポイントです。一番大がかりな対応が求められるのは、ひとつめのケースです。
震源域の半分で地震が起きたときには「臨時情報(巨大地震警戒)」という情報が発表されることになりました。このときの状況を想定してみます。

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まず震源域の半分で前触れなく巨大地震が発生します。仮に東半分だとします。
この地域は激しい揺れと大津波で甚大な被害が発生し、救助・救援活動が始まります。
西半分は揺れはそれほど強くありませんが、大津波警報が出され沿岸の住民は高台などに避難をします。
気象庁は最短2時間後に、地震が起きていない西側を念頭に「巨大地震警戒」の臨時情報を発表。これを受けて官房長官などが会見で「津波の危険の高い地域では1週間避難を継続する」よう呼びかけます。
ただ、1週間たっても地震が起きなかった場合には官房長官などが「避難は解除し、もう1週間は地震に対する備えを続ける」よう呼びかけることになっています。

1週間で危険性が急に低くなるわけではありませんが、一斉に防災対応をとる合図が必要だとする自治体からの要望を受けて期限を切ることがガイドラインに明記されました。

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残りふたつのケースについては「巨大地震注意」の臨時情報を発表し、避難は求めませんが、「1週間、地震に備えるよう」呼びかけることになっています。

ガイドラインのもうひとつポイントは、「避難が必要な地域」の決め方が示されたことです。

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東日本大震災以降、南海トラフの沿岸地域では、津波のときに駆け上がって命を守る高台や津波避難ビル、津波避難タワーなどの整備が進められてきました。ガイドラインはこうした「緊急の避難場所」の整備が十分でない地域など、津波からの避難が間に合わない地域は事前の避難が必要という考え方をとっています。

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具体的には地震が発生してから避難を開始して、計算上、緊急の避難場所まで逃げ切ることができない住宅がある地区は「住民事前避難対象地域」に指定。「巨大地震警戒」の臨時情報が出たら市町村は「避難勧告」を出し、地区内の住民にあらかじめ避難するよう呼びかけます。
また、一般の人は避難できても高齢者など避難に時間のかかる人が逃げ切れない地区は「高齢者等避難対象地域」に指定し、高齢者などに事前避難を求めます。

【自治体・住民に投げかけられた課題】
このガイドラインをもとに自治体や企業などは防災計画づくりを始めることになります。どのような課題があるでしょうか。

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まず高齢者などの避難対策です。
具体的な事前避難対象地域は今後、自治体が決めることになっています。取材すると「緊急の避難場所の整備が進んできたので、住民事前避難対象地域、つまり住民全員に避難を求める地域はそれほど広くならない」という声を多く聞きます。「指定の必要はない」という県もあります。一方、多くの自治体が「高齢者などに避難を求める地域は広く設定せざるを得ない」と言います。避難に支援が必要な人の名簿はできていますが、個別の避難計画まで作っている市町村は一部にとどまっています。高齢者などの避難支援をどうするのかが大きな課題になります。

避難所の確保も難しい問題です。ガイドラインは「避難先は親戚・知人宅など各自で確保するのが基本」としていますが、自治体側は自主的に避難する人を含め、いまの避難所では受け入れ切れないと見ています。民間の施設にも協力を求めるなど工夫が求められます。

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企業や学校などの対応も課題です。
地震を高い精度で予測することはできないため、ガイドラインは「地震に備えつつ、通常の社会活動をできるだけ維持する」という考え方を基本にしています。
企業に対しても「できる限り事業を継続することが望ましい」とする一方で、住民避難対象地域内の鉄道は「危険の回避措置を確実に実施する」、企業は「従業員や利用者の避難などを検討する」として判断を企業側にまかせています。
学校については、より広い高齢者等避難対象地域全域で「休校など適切な対応をとる」としています。
今後、それぞれが計画をつくることになりますが、安全を確保したうえで、できるだけ地域社会の機能を維持できるように企業同士や行政との情報共有や調整が重要になります。

ガイドラインを被害の軽減につなげることができるかどうかは、住民に理解してもらい自治体といっしょに対応を考えてもらえるかがカギになります。参考になる取組みがあります。

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南海トラフ地震で最も高い34メートルの津波が想定されている高知県黒潮町では、危機感をバネに津波からの避難対策を進めてきました。避難タワーや高台などの整備に加えて、町の職員200人全員を町内61地区に割り当てワークショップなど話し合いを重ねています。世帯ごとに避難場所やルート、避難にかかる時間などを記入した個別避難カルテを津波が来る全世帯で作成しました。緊急に避難した高台から一週間滞在する学校まで津波で浸水しない山道を通って移動する訓練にも取組み始めています。

南海トラフの巨大地震は全域で突然発生すると考えて対策を進めることが大前提です。同時に、仮に半分の領域で起こるなどしたときに被害を最小限にするために何が必要なのか、考えておくことがとても重要です。
今後、自治体はできるがけ住民の意見を聞きながら計画づくりを進め、国には自治体や住民、企業の取組みをしっかりと支援してもらいたいと思います。

(松本 浩司 解説委員)

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