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「急がれる代替フロン対策」(時論公論)

土屋 敏之  解説委員

かつてオゾン層を破壊するとして世界的に製造禁止などが進んだ「フロン」。それに代わって使われているのが「代替フロン」ですが、これを新たに温暖化対策の面から規制する動きが加速しています。先週、政府は代替フロンが大気中に排出されるのを抑えるため、法律の改正案を国会に提出しました。この代替フロンの問題について考えます。

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 代替フロンはエアコンや冷蔵庫、さらにお店で食品を陳列しているショーケースなど様々な冷蔵冷凍機器で、「冷媒」として使われています。冷媒というのはエアコンと室外機を結ぶ配管などこうした機器の内部を循環していて、液体から気体に蒸発することで熱を奪う働きをしている物質です。
 この代替フロンを巡って規制の強化が相次いでいます。現在の「フロン排出抑制法」では、事業者が代替フロンなどフロン類を含む製品を廃棄する際は、大気中に漏れ出さないよう回収しておくことが義務づけられています。今回の改正案ではこれが厳格化され、代替フロンの回収済みを証明する書類がなければ廃棄処分ができなくなります。また、従来は違反を繰り返さなければ罰則を課せられなかったため抑止効果が低かったとされるのを、一度の違反で罰金が科されるようになります。
 これとは別に、代替フロンの製造や輸入についても今年1月から規制が始まりました。さらに一般消費者にも影響は及んでいます。家庭で使われていたエアコンや冷蔵庫など を保管したり処分する業者は、去年4月から都道府県に事業者としての届け出が義務づけられ、不適切な処分が行われないよう仕組みが強化されたのです。

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 このように立て続けに規制が進む代替フロン。なぜ問題になっているのでしょう?
 20世紀に発明されたフロンは冷媒として優れた性質を持ち、燃えにくく安定した物質だとして、かつては「夢の化学物質」と呼ばれて世界中で使われてきました。しかしこれが有害な紫外線から私たちを守っているオゾン層を破壊するとわかったため、「特定フロン」と呼ばれる種類のものは1987年にできた「モントリオール議定書」に基づいて全廃していくことになりました。

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 代わりに使われるようになったのが代替フロンで、こちらはオゾン層には悪影響がありません。ところがその後、代替フロンには最大で二酸化炭素の1万倍以上の温室効果がある、地球温暖化の面ではよくない物質だとわかってきたのです。
 もし、世界全体で代替フロンの対策を行えば、気温の上昇を0.5℃分抑えられるとも推計されるほどです。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、今世紀末の気温上昇が1.5℃に留められるか2℃上昇するかの0.5℃の違いだけで被害が大幅に異なることを去年報告しています。温暖化対策を強化するには多くの課題や負担もある中で、代替フロンの規制はある意味、コストパフォーマンスの良い対策と言えます。
 こうした中、議定書が改正されて代替フロンも段階的に削減することになり、日本などの先進国は2036年までに85%の削減が義務づけられたのです。これに対し日本でこうして規制が相次ぐ背景には、代替フロンの排出が抑制できていない現実があります。

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 ここ数年、日本の温室効果ガスの排出量は全体ではわずかに減少傾向です。しかし、その内訳を見ると二酸化炭素は減っているものの、代替フロンは2013年度より4割以上も増えてしまっています。
 一体なぜなのでしょう?確かに特定フロンからの切り替えが進んだことで代替フロンの使用量自体増えていますが、そもそも冷媒である代替フロンは、密閉した製品の内部で循環しているものです。それが大気中に排出されてしまっている大きな原因のひとつは、使用を終えた製品を廃棄する際に代替フロンがきちんと回収されていないことにあります。業務用の空調や冷蔵設備などを廃棄する際のフロン類の回収率は、4割にも満たないのが現状です。既に2002年から法律で回収が義務づけられていたにも関わらず、その後もずっと低迷が続いているのです。今回の法改正案はモントリオール議定書の改正で国際的な義務も課された今、ようやく国が状況の改善に乗り出したとも言えます。

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 エアコンなどに含まれる代替フロンの処理はこんな流れになっています。製品を廃棄する際、家庭用では一般にそれを購入した店や新たな製品を購入する店に依頼し、リサイクル料と収集運搬料金を払います。すると業者が引き取って、そこから無害化処理や再生を行う業者へ渡るという流れになります。業務用の機器の場合は、廃棄する事業者の責任でフロン類を抜き取る技術を持つ回収業者などに委託することになります。
 しかし実際には使用済みの製品を安値で引き取る、あるいは家電を無料で回収するといった業者などを通じて、不適切に処分されるようなことも起きてきました。また建物を解体する際にフロン類を回収せず処分されてしまうケースなどもあります。一連の規制強化はこうした問題を無くすことをめざしています。
 回収された代替フロンは焼却や化学処理によって無害化されるだけでなく、フッ素樹脂などの化学原料としても再生利用されます。代替フロンの回収は効率的な温暖化対策であるのに加えて、資源のリサイクルにもなっています。

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 では、今後求められるのはどんなことでしょう?代替フロンの回収に向けた制度が実効性を持つためには、事業者や私たち消費者もエアコンなど使用済みの製品を廃棄する際に、適切に処分する責任があります。
 使用中の製品から大気中に漏れ出す代替フロンの削減もさらに進める必要があります。設備の老朽化に伴い配管のつなぎ目などから漏れることも多く、事業者の定期的な点検が欠かせません。
 さらに抜本的な対策として求められるのは、代替フロンに代わる温暖化に悪影響のない冷媒の開発です。特定フロンでも代替フロンでもないこうした冷媒は「ノンフロン」と呼ばれます。冷蔵庫や業務用の冷凍装置などでは既に幾つかの物質が利用され、ノンフロンを示すマークも使われています。しかしノンフロン冷媒には可燃性があるなど課題もあり、またルームエアコンなどには、まだ決め手となるようなノンフロン冷媒が世界的にも出てきていないため、画期的な冷媒を開発できれば大きな市場があります。産官学が連携してさらに力を入れていくべきでしょう。
 そして、温暖化対策には世界各国が足並みを揃えて取り組む必要があります。こうした技術や代替フロンの回収・再生の仕組みなどは、積極的に途上国にも支援して国際協調で進めていくことが求められます。
 オゾン層破壊を食い止めるために作られたモントリオール議定書は、先進国と途上国が協力して成果を挙げる枠組みを作り上げたことなどから、「世界で最も成功した環境条約」と呼ばれています。それが代替フロンによる温暖化対策の面でも成功するのか?日本をはじめ各国の取り組みが問われています。

(土屋 敏之 解説委員)


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