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「世界経済減速 悩み深める中央銀行」(時論公論)

櫻井 玲子  解説委員

今、世界経済が減速し、景気後退に陥る可能性もあるのではという懸念が広がっています。週明け25日には日経平均株価が終値でことし最大の下げ幅を記録したあと、26日には一転、大幅な値上がりをみせるなど、金融市場の乱高下が続いています。こうした中、先手を打って不況に陥るのを防ごうとしているのがアメリカとヨーロッパの中央銀行です。しかし、これがまた、新たな不安や課題を生んでいます。
世界経済の実態はどこまで悪いのか。
それに対応する中央銀行の悩みとは。
そして日本も含めた今後の金融政策の課題は何かをみていきます。

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まずは足元の金融市場の状況です。
先週末、アメリカ・ヨーロッパの経済指標が相次いで市場予想を下回ったことを受けて、世界中で株価が下落しました。マーケットはその後、落ち着きを取り戻したものの、アメリカでは「景気後退の兆候」とされる長期金利と短期金利の逆転現象が、11年ぶりに起きるなど、投資家心理を冷え込ませています。
では、世界経済の先行きはどうなるのでしょうか。
景気の減速は避けられないが、その先どうなるかはよくわからない、というのが本当のところではないでしょうか。先行きが視界不良の理由、3つあります。

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1つ目は、景気動向を示す経済指標が明暗入り混じり、見方がわかれているからです。
日米欧いずれも失業率は低く、雇用は安定しています。
しかし、輸出は減少。生産にも陰りが見えます。
日本でも、政府がいう「戦後最長の景気回復」が果たして続いているのかが議論となっています。鉱工業生産が予想以上の落ち込みを見せ、すでに景気後退が始まっているのではという指摘も出ています。

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2つ目の理由は、政治・政策による不確実性が高まっていることです。
米中の貿易摩擦はいつ決着するのか。イギリスのEUからの離脱問題はどうなるか。
よい結果に終われば、景気は一時的な落ち込みで済み、悪い結果に終われば、より深刻な影響をもたらすだろうとみられています。

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そして3つ目は、今回の世界経済減速の主因が中国にあり、今後どうなるか、いまひとつ見通せないことではないでしょうか。中国は去年とは違い、財政・金融両面で景気を支える方向を打ち出しています。が、ことしの全人代で雇用を重視する政策を前面に打ち出したことからも見られるように、国内では失業が相次ぎ、表向きの数字よりも経済はかなり悪そうだというのが専門家の一致した見方です。景気刺激策がいつから、どの程度の効果をもたらすのかも、現時点では不透明です。

さて、その、「先が見えない」中、景気減速が景気後退へと、傷口が広がることがないよう、先回りして動こうとしているのが、中央銀行。特にアメリカとヨーロッパの当局者たちです。

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アメリカの中央銀行にあたるFRB・連邦準備制度理事会は先週、年内の利上げを見送る見通しを明らかにしました。去年の年末時点では2回の利上げを予想していましたので、大きな変更です。パウエル議長は経済成長が鈍っていることを認め、ここからは、忍耐強く、景気動向をみていくと強調しました。
FRBはこれまで好景気を背景に、ここ2年で8回にわたって金利を引き上げてきましたが、市場関係者はこれで利上げは当面、打ち止めになると受けとめています。ただ、アメリカの政策金利は現在、2.25から2.5パーセント。2008年の世界金融危機前のレベルに戻る、はるか手前で、利上げの打ち止めを余儀なくされた形です。

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また、マイナス金利からの脱却を模索していたヨーロッパ中央銀行も、年内の利上げを見送ると発表し、市場関係者を驚かせました。3か月前に、景気を支える対策の一つである量的緩和策をやっと終了させたばかりなのに、景気減速に備える方向へ一気に転換した形です。ドラギ総裁はことし秋に任期満了を迎えますが、在任中にマイナス金利からの脱却はできない見通しとなりました。

そうなると、さらに関心が集まるのが日本の金融政策、マイナス金利を続ける日銀の今後の動向です。今月開いた金融政策決定会合では、景気は「緩やかに拡大している」としたものの、輸出と生産の弱さを認めざるをえませんでした。景気がこれ以上悪化したら、どう対応するのか。その一挙一動が注目されています。

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アメリカやヨーロッパはこれまで、金融危機に対応するためにとった異例の金融緩和策を手じまいし、次の危機に備えようとしていました。「JAPANIFICATION」、つまりマイナスになるまで金利を引き下げているのに、物価は上がらない、という日銀のような状態になるのは避けたいと、金融正常化を急ごうとしていました。しかし金融の引き締めから、景気の下支えへと急激に舵をきった今、その道は遠のいています。

そしてこの方針変更が、新たな不安と課題を浮き彫りにしています。これだけの急激な転換をするからには、経済が予想以上に悪くなっているのではという疑心暗鬼を呼んでいるのです。また、景気がさらに悪化したとき、打つ手がなくなってしまうのではないかという心配も呼び起こしています。

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IMF・国際通貨基金によれば、過去の厳しい不況時は、政策金利を3ポイントから6ポイント程度引き下げる必要があったということです。しかし、比較的余裕があるアメリカでも、政策金利は2パーセントちょっと。日本とヨーロッパはマイナス金利です。次の危機時には、これほどの引き下げを行う余地がある国はほとんどないだろうと警鐘を鳴らしています。

ではこの先、景気がさらに悪くなった場合、各国の中央銀行はどう動くのでしょうか。
アメリカはともかく、日銀やヨーロッパ中央銀行はマイナス金利をさらに引き下げるのか?難しい立場に置かれています。
そうした中、マイナス金利そのものの効果を疑う声も根強くあります。

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普通は、おカネを一定期間預けると、利息をもらえますが、マイナス金利は、金融機関が中央銀行におカネを預けると、利息をもらえるどころか、逆におカネを払わなければならない、という異例のルールです。
中央銀行に利息を払うぐらいなら、企業や個人への貸し出しを増やそう、という気持ちになってもらうための政策です。
ところが、実際には有望な貸出先が見つからない。収益があがらないという声が金融機関からは聞こえてきます。
アメリカのサマーズ元財務長官は、マイナス金利を導入すると、その国の銀行の収益が悪化し、景気を冷やすことはあっても改善はしないと主張しています。

そこで、専門家の間では、次の一手として、中央銀行が株や国債を買い増したりするのに加え、「マイナス金利での貸し出しをする」という選択肢をとるのではとささやかれています。

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これは例えば、日銀が逆に金融機関に利子をつけて貸し出しをするという政策です。
金融機関からすると、日銀からおカネを借りさえすれば、儲かるわけですから、どんどん借りて、企業や個人への貸し出しをこれまで以上に広げていく。これなら、金融機関の収益は圧迫されない、というのです。
ただ、有望な貸出先が見つからないという問題が解決するのか。また、貸し出しが金融機関への事実上の補助金になってしまい、本当の解決策になるかはわからないといった指摘もあがっています。

日本も、アメリカも、ヨーロッパも、長期にわたる異例の大規模金融緩和による効果に支えられ、景気回復局面を維持できていたのは間違いありません。しかしその分、金融政策に過度に依存しすぎてきたのではないか。各国の政府と中央銀行はいま一度、何を目指し、お互いどういう役割を果たすべきなのか、見つめなおす時期がきているのではないでしょうか。

(櫻井 玲子 解説委員)

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