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「ニュージーランド モスク襲撃 憎悪の連鎖を断ち切るには」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■ニュージーランドで、15日、2か所のモスクが、銃を持った男によって襲撃され、50人の尊い命が奪われ、世界に大きな衝撃を与えました。犠牲者の3分の2が、外国出身のイスラム教徒です。この事件が、大勢の移民を受け入れてきたニュージーランドに与えた影響、そして、世界で頻発する「ヘイトクライム」、すなわち、人種、民族、宗教などを理由にした暴力や脅迫をなくすための課題について考えます。

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■解説のポイントです。

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▼今回の事件の動機と背景。▼国境を越えて広がる「ヘイトクライム」。そして、▼「ヘイトクライム」を根絶するための課題です。

■22日、クライストチャーチの現場近くで行われた追悼集会です。犠牲になった50人のうち、外国の出身者は34人。仕事や学業など新たな機会を求めて移住してきた人たちに加え、戦乱が続くシリアやアフガニスタンから避難してきた人たちもいました。共通しているのは、「平和なはずのニュージーランドでいったいなぜ」という声です。

■最初のポイントから見てゆきます。

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今回の事件は、オーストラリア出身のブレントン・タラント容疑者(28歳)による単独犯行でした。タラント容疑者は、モスクを襲撃する直前にインターネット上に犯行声明を出し、ニュージーランドの首相府にも声明を送りつけていました。さらに、襲撃する様子を自ら撮影し、ネットの動画でライブ配信していました。自らの犯行と主張を世の中に見せつけようという強い自己顕示欲が窺えます。

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その動機を明らかにする手がかりのひとつは、犯行声明です。タラント容疑者は、8年前からヨーロッパ諸国などを旅行し、各地で移民が目立つ様子を目にして、強い危機感を持ったと言います。「移民が白人社会を脅かし侵略している」、「侵略者に土地は渡さない」などと、「非白人の移民」に対する敵意や憎悪が記されています。
そして、2つのモスクを計画的に襲撃したことに注目すべきだと思います。移民の中でも、とくに「イスラム教徒に対する強い憎悪」を読み取ることができます。
犯行の舞台が、出身国のオーストラリアではなく、2年前に移り住んだニュージーランドだった理由ははっきりしませんが、容疑者は、「遠く離れた島国にも、大勢の移民が流入している。侵略者のいない安全な場所は、もはや存在しないことを示すためだ」と記しています。ニュージーランドが、オーストラリアと比べて、銃についての規制が緩かったからではないかという見方も出ています。

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そのニュージーランドは、労働力不足を背景に、積極的に移民を受け入れてきました。
2016年から17年までの1年間で、およそ7万人増え、過去最多を記録。イスラム教徒の移民も増え、2001年から13年までの12年間で倍増しました。同時に、国の政策として、文化や宗教の多様性を尊重しあう社会をつくってきました。オーストラリアとも共通する「多文化主義」の考え方です。
今回の事件で、容疑者は、多くの移民を受け入れ、異なる文化や宗教に寛容な社会を、暴力によって破壊する狙いがあったと言えます。

■ここから、2つ目のポイントです。
今回の事件のように、人種、民族、宗教などを理由にした憎悪や偏見に基づく暴力や脅迫、すなわち「ヘイトクライム」は、近年、世界で広がりを見せています。

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▼2011年、ノルウェーの首都オスロとその近郊の島で、過激思想を持った男が、爆弾と銃の乱射により、77人を殺害しました。「イスラム教徒の移民によって、国が乗っ取られるのを救うため」と言うのが犯行の動機でした。
▼2015年、アメリカ・サウスカロライナ州の黒人が集まるキリスト教会で、銃の乱射によるテロが起きました。
▼おととしは、カナダ・ケベック州で、イスラム教のモスクが、▼去年は、アメリカ・ペンシルベニア州で、ユダヤ教の礼拝所が、それぞれ「ヘイトクライム」による銃撃事件の標的となっています。
タラント容疑者は、犯行声明の中で、「ノルウェーの事件から大きな刺激を受けた」、「サウスカロライナ州の事件の容疑者が残した文章も読んだ」と述べています。また、中東やアフリカのイスラム教徒の多い国からの入国を禁止したアメリカのトランプ大統領を強く支持するとも述べています。
「ヘイトクライム」が連鎖的に広がっていることや、移民の排斥を主張する政治指導者の発言が国境を越えて影響を広げている現実が浮き彫りになっています。

■ここからは、今回の事件がニュージーランドに与えた影響と、「ヘイトクライム」を根絶してゆくための課題について考えます。

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▼ニュージーランドのアーダーン首相の発言と行動が、大きな注目を集めています。イスラム教徒の女性のように、黒いスカーフをかぶって、犠牲者の家族やイスラム教徒の気持ちに寄り添う姿勢を示し続けました。そのうえで、「私たちは一つです。皆さんの安全と信仰の自由を守り、寛容さと多様性を守る使命を果たします」と述べて、テロに屈することなく、「多文化主義」を守ってゆく決意を示しました。

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アーダーン首相は、容疑者の目的は、自らの名前と過激な主張を、広く世の中に知らせることだったとして、容疑者の企みを挫くためにも、今後、二度と容疑者の名前を口にしないと言明しました。
加えて、容疑者がネット上に投稿した犯行の様子を映した動画を見たり所有したりすること。および、犯行声明の文書を所有したり、拡散したりすることを、禁止する措置をとりました。このような規制は、言論や表現の自由の観点から、デリケートな問題を含んでいますが、新たなテロを防ぐためにはやむを得ないという考え方に立っています。
さらに、アーダーン首相は、今回犯行に使われた殺傷力の強いタイプの銃の販売と所持を原則として禁止する法律を、来月施行させる考えを明らかにしました。
これまでのところ、これらの措置への強い反対や、移民の受け入れを制限すべきだと言った意見は聞かれず、国民の多くは、多文化主義や寛容の大切さを改めて認識し、アーダーン首相の断固とした姿勢を支持しているように見えます。
▼国連のグテーレス事務総長は、22日、ニューヨークにあるモスクを訪れ、「世界中に反イスラム主義、反ユダヤ主義、ヘイトスピーチ、偏見が広がっている。非常に危険なことだ。 われわれは団結して、憎悪や偏見による差別に立ち向かわなければならない。」このように述べて、この問題が世界全体にとって差し迫った脅威だという危機感を表明しました。

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■もちろん、ヘイトクライムを簡単になくすことはできません。各国が連携し、過去に起きた事件を詳しく分析し、対策を立ててゆく必要があります。
差別、偏見、誤解など、ヘイトクライムが起きる大もとの原因を取り除いてゆくこと。そして、テロが起きる前兆とも言える「ヘイトスピーチ」を放置しないことが重要です。
場合によっては、ニュージーランドのように、ネット上の言論や表現について、一定の規制も必要になってくるでしょう。差別や偏見に基づく過激な言論・表現がどこまで許されるのか、議論を重ね、落とし所を見つけなければならないと思います。
そして、教育です。異なる民族や文化、宗教を理解し、共存してゆくための知識や考え方を学校教育はもちろん、家庭や社会でも教える態勢を整えることが大切です。
日本にとっても、今回の事件は、決して対岸の火事ではありません。さまざまな差別や偏見があり、ヘイトスピーチとされる事例も起きています。そして、来月、施行される改正出入国管理法によって、外国人労働者が大幅に増えることが予想されるからです。ヘイトクライムを起こさないための本格的な議論と対策が求められていると思います。

(出川 展恒 解説委員)

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