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「英EU離脱 軟着陸できるのか」(時論公論)

二村 伸  解説委員
百瀬 好道  解説委員

EUからの離脱をめぐって迷走を続けるイギリスは、離脱協定案が2度にわたって議会で否決されたのを受けて、今月29日の離脱を延期することを決め、今週後半に開かれるEU首脳会議で延期の承認を取り付ける方針です。合意なき離脱の最悪の事態はひとまず避けられそうですが、問題が先送りされただけで不透明な情勢は今後も続きそうです。離脱交渉の行方について考えます。

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解説のポイントは、①イギリスのEU離脱がなぜ難航しているのか、②今後の見通しと課題、③そして日本をはじめ各国企業への影響、以上の3点です。

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<なぜ難航しているのか>
(二村)
まず、イギリスの混迷ぶりから見ていきますと、メイ首相がEUと合意した離脱協定案は、1月に続いて今月12日も議会で大差で否決されました。一方で、合意なき離脱も反対多数で否決され、今月29日の離脱は延期することでとりあえずまとまりました。離脱期限ぎりぎりまで採決を先延ばしして、自らまとめた協定案か合意なき離脱か、あるいは離脱そのものをやめるか迫る首相の戦術はこれまでのところ成功していません。今の状況をどう見ますか。

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(百瀬)
問題が複雑なだけに、同じ政党の中でも意見が割れて、それぞれが自己主張をして収拾がつかない状態です。国民投票のあと3年近く、メイ首相は、党内の結束もはかれず、野党への働きかけも上手くいかず、リーダーシップを発揮できなかった責任も大きいと思います。

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(二村)
2回目の採決でも否決されたのは、与党・保守党内で強硬派を中心に75人もの造反があったためです。EUとの完全な決別をめざす強硬派は今の協定案ではEUのルールに縛られ続けるとして反対しています。野党・労働党は、合意なき離脱は望まないものの、政権奪還のためにメイ首相の案に反対し続けています。さらに、EU残留を求める人も離脱協定案に反対と、同じ反対でもそれぞれ思惑がまったく異なります。議会が何も決められず空転し続けるのはこのためです。この状況ではなかなかまとまりそうにないですね。

(百瀬)
強硬派がいう「EUに縛られ続ける」という意味は、今の協定案ではEUの関税同盟から抜けられず、他の国と自由貿易協定も結べず、従属状態が続く可能性があるという意味です。この勢力は、EUは本音ではイギリスの離脱を恐れているから、もっと強気に出ればEUは必ず妥協するはずだと思い込んでいるために強硬姿勢を変えようとはしないのですね。

<今後の見通し>
(二村)
今後の見通しですが、2度にわたって議会で苦汁をなめたメイ首相は、まだ協定案をあきらめておらず、最後の賭けに出ました。20日までにもう一度協定案を議会に諮り、3度目の正直なれば、つまり可決されれば法的手続きなどに必要な期間として最大3か月間、つまり6月末まで離脱を延期する方針です。一方、三たび否決となれば長期間離脱を延期することになるとしています。協定案を受け入れなければいつまでもEUから離脱できなくなるとして強硬派に支持を迫ったものともいえます。

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(百瀬)
私は協定案の3度目の採決に注目しています。ここで可決されれば6月末の離脱がほぼ確定しますが、否決となると先行きが全く見通せなくなってしまうからです。その場合、離脱そのものが危うくなることも考えられるので、離脱強硬派がそれを恐れて協定案の受け入れに傾くこともありえます。ただ、最新の情報では離脱強硬派の態度が変わらない場合は、メイ首相は採決そのものを見送りも検討しているということです。

(二村)
支持が得られず採決が行われない場合も、EUに離脱の延期を求めることになりそうですが、EUが延期に応じるかどうかは21日から開かれる首脳会議での協議にゆだねられます。各国首脳は迷走を続けるイギリスに愛想を尽かしており、「延期は時間稼ぎにすぎない」といった批判の声も上がっており、「延期の理由と目的を明確に示すべきだ」と注文をつけています。EUとしても合意なき離脱は避けたいのが本音で、最後は離脱を認める可能性が高いと見られますが、「新たな交渉はしない」との立場は変えておらず、延期となっても秩序ある離脱につながる保障はありません。協定案が否決されたり採決そのものが行われなかったりした場合、メイ首相の退陣を求める圧力がさらに強まることも考えられます。

(百瀬)
離脱の長期延期は離脱を白紙に戻したいと考えているEU関係者には歓迎すべきことです。イギリスでは、国民不在の議会の迷走に世論は嫌気がさし始めています。延長期間が長引くほど、国民の離脱への支持や熱意が冷めるではないかという期待があります。

(二村)
離脱が延期され議論が手詰まりになれば、国民に信を問うべきだという声が高まることが予想されます。総選挙か新たな国民投票です。

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各種世論調査では、国民投票を改めて行った場合残留を選ぶと答えた人が離脱を選ぶ人より5ポイントから10ポイント上回っています。ただ、「わからない」と答える人も増えており政府や議会の混乱が影響しているのではないでしょうか。

(百瀬)
この先も堂々巡りが続けば、国民投票も選択肢の一つになりえますが、一度結論が出た国民投票のやり直しにはそれなりの理由が必要でしょう。しかも最短で7か月の時間が必要といわれ簡単に事は運ばないと思います。さらに心配なのは、国民の間の亀裂を深めはしないかという点です。世論を真っ二つにした、3年前の対立が再現されれば、イギリスの社会にとって癒しがたい溝ができる恐れがあります。

(二村)
EU離脱をめぐって混乱するイギリスに、日本をはじめ各国企業は振り回されていますが、企業が拠点を移す動きも活発化しているのではないでしょうか。

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(百瀬)
イギリスの政治に見切りをつけて生産体制の見直しや拠点を移す動きが加速しています。大規模な工場や多くの雇用を抱え慎重だった製造業の動きが最近目立ちます。日系のホンダや日産の他、欧米の自動車メーカーなどでも生産計画の中止や見直しや本社の移転を決めています。金融機関の備えも進んでおり、本社や一部をフランクフルトやアムステルダムに移して、EU域内での営業免許の取得に乗り出したところもあります。英のシンクタンクの推計だと金融機関の3分の1に当たる275社が従業員や資産の移転を計画しています。人員は5000人、資産の総額は130兆円を超えます。離脱が泥沼化すれば、企業のイギリス離れはさらに広がるでしょう。

(二村)
イギリス、EUともに離脱による混乱は避けたいという点では一致していますが、このままではいたずらに時間だけがすぎて気がつけば最悪の事態に突入ということにもなりかねません。とくに離脱の道を自ら選択したイギリスは党利党略を捨て、国際社会の懸念を払拭するための努力を続けて欲しいと思います。

(二村 伸 解説委員 / 百瀬 好道 解説委員)

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