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「核保有国 印パの緊張をどう和らげるか」(時論公論)

二村 伸  解説委員

核兵器を保有する南アジアの地域大国インドとパキスタンの緊張が続いています。領有権をめぐって対立する両国は、先月26日以降、互いに空爆や砲撃を行い、今も兵士のにらみ合いが続いています。両国の軍事衝突は、「核戦争の危機」を招きかねないだけにいかに緊張を和らげるか大きな課題です。

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インド・パキスタン両国で何が起きているのか、対立の原因と背景をさぐり、核保有国同士の衝突がいかに危険か、そして不測の事態をさけるために国際社会は何ができるのかを考えます。

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対立の舞台は、インドとパキスタン、そして中国がそれぞれ領有権を主張しているカシミール地方です。面積は日本の6割ほど、標高8000メートル級の山々をいだく山岳地帯で、このように3つの国がそれぞれ実効支配し、とくにインドとパキスタンの間で常に火種がくすぶり続けてきました。

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そこで先月起きたのがインドの治安部隊に対する自爆テロです。インド支配地域のジャム・カシミール州で、治安部隊の車列に爆弾を積んだ車が突入して爆発が起きました。この爆発でインド治安部隊の少なくても40人が死亡。カシミールでこの20年間に起きた最悪のテロ事件となりました。事件後、パキスタンを拠点とする過激派組織が犯行声明を出しました。
テロの報復として26日、インド空軍機が国境を越えてパキスタン領内を空爆しました。
首都イスラマバードに程近い場所で、インド政府はテロに対する予防措置として「過激派の施設を攻撃した」と発表しました。翌日、パキスタン軍機がインド側を空爆し、空中戦の末、「インド軍機を撃墜した」と発表、パイロットを捕虜にしました。その後も
双方による砲撃や銃撃が断続的に起きて双方の住民に犠牲者が出ています。まさに
現地では住民数千人が避難し、東南アジアやヨーロッパの航空会社は一時運航を取りやめたり、ルートを変更したりするなど航空業界にも影響が出ました。先月末のような空爆こそおさまりましたが、現地では両国とも部隊を増強し、砲撃の規模も大きくなっているということで、依然予断を許さない状況です。

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インドとパキスタンの緊張の高まりを国際社会が強く懸念しているのは、両国がともに核兵器を持つ国だからです。ストックホルム国際平和研究所によれば、インドは130発から140発、パキスタンは140発から150発の核弾頭を保有していると見られています。それだけの核兵器を持つ国による軍事衝突が起きれば取り返しのつかない事態になりかねません。

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インドとパキスタンの対立は、今から70年あまり前、1947年ともにイギリスから独立したときまでさかのぼります。
ヒンドゥー教徒が多数派のインドに対して、パキスタンはイスラム教の国家で、両国はカシミール地方の領有権をめぐって独立直後戦争に突入しました。インドはカシミール全域の領有権を主張し、中国とも戦火を交えています。1998年にはインドとパキスタンが相次いで核実験を行い、世界に衝撃を与えました。

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先に核実験に踏み切ったのはインドでした。1970年に発効したNPT・核拡散防止条約に、インドは非保有国に不公平だと反対し、1974年、インディラ・ガンジー首相のもとで地下核実験に踏み切りました。インド政府はあくまででも「平和的利用が目的」だと主張しましたが、国際社会からは「最貧国の核武装だ」といった強い批判を浴びました。当時インドは、パキスタンだけでなく中国とも対立しており、核保有国・中国に対抗する意味でも核開発がインドにとって必要だったのです。戦力の均衡が崩れたことで、パキスタンも核開発を急ぎました。1998年、弾道ミサイルの発射実験をパキスタンが行うとインドは24年ぶりに核実験を5回にわたって実施。その半月後今度はパキスタンが核実験を5回にわたって行いました。核が核を呼ぶ、危惧されていた核開発の連鎖です。カーン博士のもと中国の協力で核開発を進めていたパキスタンは自ら開発していた高濃縮ウランではなくプルトニウム型の原子爆弾を実験に使いました。北朝鮮とのの協力関係が明らかになり、専門家は北朝鮮の代理実験だと表現しました。核戦争の危機に懸念を強めた国際社会は両国を厳しく非難し経済制裁を課しましたが、その後も両国は競うように核開発を続けてきました。緊張の火種がくすぶり続けるだけに南アジアの非核化に国際社会が危機感を持って取り組まねばならないと思います。

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さらにこの地域はもう1つの脅威を抱えています。それは過激派の存在です。
中でもパキスタン側のイスラム過激派はこれまで数多くのテロに関わってきました。今回の両国の衝突の直接の原因となったのも、カシミールに拠点を置く過激派組織「ジェイシュ・ムハンマド」です。
カシミール地方の併合、パキスタンへの編入を掲げるこの組織は、カシミールで最も過激な組織とも言われ、2001年にインドの国会議事堂を襲撃する事件を起こしたほか、おととしもインド支配地域の警察署を襲撃しています。カシミール地方には、2008年にインドのムンバイで日本人を含む170人以上が死亡した同時多発テロに関わった組織もあります。インド政府は、パキスタンの治安当局がこうした過激派の後ろ盾になっていると非難しています。パキスタン政府は否定していますが、パキスタンはインドに対して過激派組織を使って圧力をかけていると指摘する専門家もいます。パキスタン政府は国際社会の圧力を受けて、おとといジェイシュ・ムハンマドの幹部ら44人を拘束したと発表しましたが、これまでもテロ事件後拘束してはその後釈放するパターンが続いただけに、どこまで本気で過激派封じ込めに乗り出すか、今後問われることになりそうです。

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では両国の緊張を和らげるために何が必要でしょうか。パキスタンのカーン首相は、対話による解決を訴え、捕虜にしたインド軍のパイロットを解放しました。しかし、インドのモディ首相は、対話を拒否して「一丸となって戦う」と強気の姿勢を崩さず、パキスタン側の過激派の拠点を再び攻撃する構えも見せています。強気の背景にあるのは、来月から5月にかけて行われる総選挙です。去年11月から12月にかけて行われた地方選挙で大敗し、支持率が低迷していたモディ首相にとって宿敵パキスタンに対して弱腰を見せるわけにはいかないのです。

領有権をめぐる紛争は解決が難しいだけに、火種は今後もくすぶり続け、いつまた緊張が高まるともかぎりません。過去3度の戦争では両国ともまだ核兵器を保有していませんでした。4度目の戦争を絶対に起こさせないためにもインドと良好な関係にあるアメリカ、パキスタンと深いつながりがある中国をはじめ国際社会は両国に自制を求めるとともに新たな衝突を回避するための信頼醸成措置を講じるよう圧力をかけ続けることが重要です。同時に南アジアの非核化と過激派一掃のために、国際社会の結束が欠かせません。その環境づくりのために、「自由で開かれたインド太平洋」を掲げ、インドとの関係を重視する日本もまた、積極的な役割を担うことが必要ではないかと思います。

(二村 伸 解説委員)

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