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「曲がり角迎える習近平指導部 改革は進むのか」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

中国では、きょう、国の重要政策などを決める全人代・全国人民代表大会が開幕しました。国内では経済の急減速、そして対外的にはアメリカとの経済摩擦を抱える中で、習近平指導部は改革をどう進めていくのか。今夜はこの問題について、北京からお伝えします。

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解説のポイントは三つです。

1) 経済の減速と打ち出された対策
2) 米中協議への対応と国内の路線対立
3) 習近平指導部の改革は進むのか
です。
 
最初にきょうの李克強首相の演説で焦点のひとつとなった、中国経済の見通しと景気対策についてみていきます。

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中国の去年の経済成長率は、米中摩擦を背景とした輸出の減少や民間企業の投資の落ち込みで、おととしより0.2ポイント低下し、6.6%と28年ぶりの低さとなりました。
さらに、自動車をはじめ、消費の勢いが大幅に鈍っていることから、専門家の間では、本当は6%にも達していないのではないかという声も聞かれます。
こうした中で李首相は、きょうの演説で、今年の経済成長率の見通しについて、6%から6.5%の間と、2年ぶりに見通しを引き下げました。
その上で、企業の支払う税金や社会保険料の負担を日本円でおよそ33兆円軽減したり、公共投資を拡大したりして、安定した成長を実現する考えを示しました。
ただ中国経済の減速の要因としては、貿易摩擦による輸出の減少に加え、民間企業の設備投資の落ち込みを指摘する声も出ています。その背景には民間企業よりも国有企業が優遇されるという構造問題があると指摘されています。
どういうことでしょうか。

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中国ではいまや国有企業よりも、ベンチャー企業などの民間企業が、先進技術の開発や新規事業の開拓を通じて、中国の成長を支えています。その民間企業は、「投資などに必要な資金」を、シャドーバンキングと呼ばれる銀行以外の金融取引に依存していました。中国の銀行はリスクが低く幹部同士の結びつきも強い国有企業に優先的に融資をおこなっているからです。

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しかしシャドーバンキングは、高い金利を売りものに投資家から資金を集める一方で、資金をきちんと運用せず、預かったお金を返済できなくなる問題がでてきました。このため中国政府は、このままでは、金融市場が不安定になるとして、去年から強力な規制を行いました。その結果、シャドーバンキングによる金融取引は大幅に減少したのですが、民間企業にとっては、必要な資金を調達しにくくなってしまったのです。つまり景気減速の背景には、国有企業が優遇され公正な競争が行われていないという中国特有の構図があるのです
そしてこうした構造問題は、アメリカとの協議でも大きな焦点となっています。

では次に、米中協議の行方の鍵をにぎる中国国内の路線対立についてみていきます。

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米中協議の焦点は大きくわけて3つあります。ひとつが貿易不均衡の問題。中国に進出した外国企業に技術の移転を強制しているとされる問題。それに「中国製造2025」と呼ばれるハイテク産業政策などで、政府が事実上の補助金を出して国有企業を後押しするといった構造問題です。

このうち貿易不均衡については、中国がアメリカ産大豆などの輸入を大幅に増やすことで合意にむかう見通しです。
また技術移転の強制について、私はきょうの李首相の演説の中の「公平な競争を妨げる各種の規定を整理する」という言葉に注目しました。実は中国政府は、今回の全人代で、行政手段を用いて技術の移転を強制することを禁じる法律を制定する方針です。アメリカの批判に対応する動きと見られます。

その一方で、国有企業が関係する問題については、共産党が企業活動も含めてすべてを統制するという中国の国の成り立ちの根幹にかかわるもので、妥協は難しいと見られています。

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ただ、中国共産党の幹部の中には、市場原理にもとづいた経済システムに移行したほうが、経済の効率化が進んで、持続可能な成長が実現できると考えるグループがあります。こうした改革派は、いつまでも国有企業の優遇が続けば、経済発展のけん引役となる民間企業の成長の芽を摘んでしまうとして国有企業の改革にも前向きだといわれています。  
これに対し、保守派は、中国経済はあくまで国家の統制のもとで運営されるべきだと考えていて、国有企業改革には後ろ向きです。

二つの勢力の対立は、対外関係にも現れています。保守派は、中国の経済発展モデルに自信をもち、アメリカに対抗して、中央アジアやアフリカなどの発展途上国にもこうした経済発展モデルを広げていきたいと考えています。逆に、改革派は、改革を進めるためにも対外関係を安定させたい。そのためにアメリカと対抗するのは控えたいと考えているものとみられます。

では、習近平指導部は改革を進める方向にむかっていくのでしょうか。
ここで私は、この一年の中国政府のアメリカへの対応の変化に注目したいと思います。

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アメリカとの貿易戦争が始まった当初の去年の春から夏にかけて、中国国内からは、「戦いをもって戦いを止める」とする主戦論が聞こえていました。
しかしその後、アメリカが中国の通信機器メーカーZTEへの部品の供給を止めたことで、スマートフォンの製造ができなくなったこと。さらに、アメリカが高額の関税をかける輸入品の範囲が500億ドルから2500億ドルに拡大したことで、大量の失業者が発生するなど、アメリカを敵に回すことによる衝撃の大きさを思い知ることになりました。さらにアメリカのペンス副大統領は10月の演説で、中国の経済発展が政治的な自由につながらなかったと指摘し、中国流の経済システムを世界に広めることは許さないという決意を示しました。こうしたなかで、中国は、アメリカに対抗せず、冷戦にならないようにする方針を固めたと伝えられています。きょうの李首相の演説でも、4年連続で言及していた「中国製造2025」というスローガンに触れませんでした。アメリカの批判に配慮する姿勢がうかがえました。

こうした姿勢の背景にはむしろアメリカの圧力を利用して、国内の改革を進めたいという改革派の思惑も見え隠れします。

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中国では、過去の巨額の公共投資の積み重ねで、政府の借金は大きく膨らんでいます。さらに、「一人っ子政策」のつけで将来の少子高齢化は日本以上に深刻となり、社会保障費などの負担も今後一段と拡大することが予想されます。こうした中で、これまでのように財政の力で経済を支えていくのは難しくなっていきます。
持続的な成長を実現するため、経済の効率性を高める構造改革は待ったなしの状態となっているのです。こうした中で李首相は、きょうの演説で「市場を主体とした活力さえあれば、発展の原動力が増強される」と述べ、市場原理の重要性を強調しました。国有企業に対しても、民間企業と対等な条件で競争することを求め、改革を通じて企業体質の強化をはかっていくよう求めたのです。
ただ実際に米中協議の中でアメリカ側にどこまで妥協できるかは、予断を許しません。最大の焦点となる国有企業改革について、保守派からは、「市場経済化が進めば共産党による支配力が弱まることになる」として、根強い抵抗が予想されるからです。

中国が安定した成長を続けられるかどうかは、構造改革の成否にかかっています。そして中国経済の力が弱まれば、世界経済が重要な成長のエンジンを失うということにもつながります。
習近平指導部が、国内の対立する政治勢力の間でどうバランスをとり、グローバルスタンダードにそった改革をどこまで進めようとしているのか。注目していきたいと思います。

(神子田 章博 解説委員)

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