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「新型出生前検査 実施施設拡大と課題」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

妊娠している女性のおなかの赤ちゃんの染色体の数に異常がないかどうかを調べる「新型出生前検査」について、日本産科婦人科学会は2019年3月2日、検査を実施する施設を増やすよう指針を見直すことを決めました。
背景には、十分な体制のない施設で検査が行われ続けている現状があります。一方で、この検査をめぐっては、異常が確認された多くの人が中絶を選択しています。
学会が、なぜ施設拡大を打ち出したのか、その課題について考えます。
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解説のポイントです。
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▽新型出生前検査と学会の指針見直しの内容、
▽見直しで指摘されている課題をどう考えるのか、
▽今後、何が求められるのか、こういった点を見ていきます。

新型出生前検査は、2013年、日本産科婦人科学会が指針をつくって始めました。
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検査は、おなかの赤ちゃんの3つの染色体について、数の異常の可能性を調べます。調べる対象にダウン症も含まれます。検査は、妊娠している女性の血液を採るだけです。血液に含まれる赤ちゃんのわずかなDNAから、染色体の状態を調べることができます。
検査の目的は、
▽おなかの赤ちゃんの状態を知ること、
▽仮に異常が見つかった場合は、出産直後から生まれてきた赤ちゃんに適切な治療ができるようにする、というものです。
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検査の精度は100%ではなく、「陽性」となった場合、最終的な検査結果を知りたいのであれば、おなかの羊水を調べるなど確定検査を受けることが必要です。
はじめから羊水検査を行わないのは、羊水検査には300人に1人ほどの割合で流産する危険性があるためです。新型出生前検査はこうしたリスクを伴わないため、おなかの赤ちゃんの状態を知るときの最初の検査として注目されています。

しかし、この検査には、当初からいくつかの懸念が指摘されていました。
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ひとつは、簡単な検査であるために、安易な考えで検査を受けることにつながらないかという点です。特に結果が陽性だった場合、おなかの赤ちゃんにどう向き合うのか、重い決断を迫られることになります。
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検査では、一般に結果が出た後などの節目で、専門的なカウンセリングを受けますが、特に検査を受けるかどうか決める、最初のカウンセリングで、心構え・覚悟や正しい知識について、十分考え、理解しておくことが非常に重要です。
また、不特定多数の人が検査を受けるようになれば、妊娠した女性が暗に「検査を受けなければならない」と強要される状況になりかねないといった指摘もあります。

そこで学会は、6年前、検査についてのルールである「指針」をつくりました。
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実施する医療機関の条件を定め、限定しました。具体的には、適切なカウンセリングが行える常勤の産婦人科や小児科の専門医がいることを条件にし、医師以外の遺伝カウンセラーも求めています。
検査を受ける女性については、過去の出産の経過、あるいは35歳以上などを条件としました。

厚生労働省は「この指針が尊重される必要がある」という見解を示していますが、現実にはそうなっていません。
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学会の認定を受けていないクリニックなどで検査が行われているのです。出生前の検査は、認定外の施設が実施しても、法律に違反するものではありません。
現在、学会が認定した施設は92ありますが、実態としては「認定外の施設で検査する人の方が多い」とさえ言われています。
中には、十分なカウンセリングの体制なしに検査が行われ、「陽性」であることを告げられたカップルが、周りからのケアもない状態におかれるようなケースが増えているとされています。

学会は、こうした状況を放置できないとして、認定施設で検査が受けやすくなるよう指針を見直しました。
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見直された指針では従来の施設のほか、新たに認定する「連携施設」という医療施設でも検査ができることにしています。
しかし、この見直しに問題を指摘する声も聞かれます。
一つは、「十分なカウンセリング体制といえないのではないか」とされる点です。
連携施設では、産婦人科医はカウンセリングについての専門医でなくても一定の研修を受ければよく、小児科医は常勤でなくてもよいとしているのです。
連携施設について、産科婦人科学会では従来の認定施設と連携し、検査で「陽性」となった場合は、従来の施設でカウンセリングを受けるようにするとしています。しかし、新型出生前検査では、検査を受ける前の最初のカウンセリングが重要なのは、前述のとおりです。
また、小児科の医師からは、「おなかの子どもの側に立って考える小児科医によるカウンセリングの重要性は高いと」と、見直しを懸念する声も聞かれます。
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産科婦人科学会は、「高いレベルのカウンセリングができる施設を連携施設にしたい」としていますが、今後どのようにして、そのレベルを確保するのか、具体的に示すことが求められます。
もうひとつの問題、それは、見直しで、学会の認定施設がどれくらい増えるかははっきりしていない点です。つまり、認定外の施設の検査をどこまで減らせるのかは不透明なのです。

こうした状況を見ると、学会の取り組みで現状を大きく改善させることには限界があります。
必要なのは、施設の条件を緩めることではなく、検査を希望とする人がカウンセリングなどの体制が充実した施設に集まる仕組みづくりではないでしょうか。

では、今後、何が求められるのでしょうか。
そもそも新型出生前検査には大きな問題が指摘されていました。
それは、「障害がある人が差別されることなく生きていけると感じられる社会でなければ、検査で異常がわかると中絶を選択する人ばかりになる」、そして、「障害がある人を排除しようとする意識が社会に広がるのではないか」というものです。
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学会の認定施設では、2018年9月までの5年半の間に6万5000人あまりが検査を受けました。このうち、染色体に異常があることがわかったケースは、886人です。妊娠を継続したケースは36人、一方で中絶を選択した人は、819人でした。
それぞれが、周りでは想像できない重い決断をしたもので、その判断は尊重されなければなりません。

しかし、これだけ多くが中絶を選択している現実を、どう考えればいいのでしょうか。

出生前検査を、どこまで認めるのか認めないのか、人によって考え方は大きく違うと思います。
「検査の結果で中絶を選択するのは認められない」という人もいるでしょう。先天性の疾患の子どもの親が、自分たちがいなくなった後のことを考えて、「2人目の子どもは、検査で調べてから生みたい」という選択は認められるという考えの人もあるでしょう。
日本では、出産年齢が高くなっています。それに伴い、染色体の異常を心配して、検査を受けようとする人、あるいは周囲の家族などが検査を勧めるようなケースが、増えてくることも考えられます。
そうした中で、これまでのような学会の議論だけで、はたして十分なのでしょうか。
この議論は、中絶をどう考えるかという極めて微妙な問題に触れることにもなるため、結論を導くことは難しいかもしれません。
しかし、新型出生前検査以外にもおなかの赤ちゃんや受精卵を調べる検査技術が進んできています。その現状を考えると、カップルの意思を尊重するとともに、おなかの赤ちゃんの声なき声に思いを致して、こうした医療をどう考えていくのか、国民的な議論を進めることが、いま必要になっていると思います。
(中村 幸司 解説委員)

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