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「進展か米中貿易交渉~残る課題と合意へのカギ」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

来月1日に交渉の期限を迎えるアメリカと中国の貿易交渉。先週北京で行われた閣僚協議では、一定の進展があったと伝えられる一方で、最終的な合意にむけてはまだ多くの課題が残されています。交渉が進展した背景や、最終合意に向けた課題について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは3つです。
1) 早期合意をのぞむ両国首脳の思惑
2) 残る重要な課題である中国の構造問題の存在
3) そして 今後の展開と合意へのカギ
です。

まず、先週末の協議について振り返ります。

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今回の協議では、巨額の貿易不均衡をどう解消するかという貿易問題、そして中国企業による知的財産権の侵害や、中国に進出したアメリカの企業が合弁相手の中国企業への技術移転を強制されるといった構造的な問題がとりあげられました。協議の具体的な内容は明らかになっていませんが、両国は交渉での合意の内容を盛り込んだ覚書を作成することで一致したといいます。覚書の話が表に出たのは初めてのことで、交渉が相当程度進展したことをうかがわせています。現にトランプ大統領が、「交渉は極めてうまくいっている」と述べる一方、習近平国家主席も「重要な進展を得た」と話しています。

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交渉が進展している背景には、両国の首脳のそれぞれの思惑があります。
中国では、アメリカの一方的な制裁措置によって、アメリカ向けの輸出品500億ドル相当に25%、2000億ドル相当に10%の関税が上乗せされたことで、輸出量が減少。工場で人員削減が行われ、大勢の失業者をうむ事態となっています。さらに米中摩擦がいつ終わるのかわからないという不安から、消費者の心理が悪化。自動車やスマートフォンの高級機種など高額の商品の売れ行きが鈍り、景気を減速させています。

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今回の交渉が決裂すれば、来月2日から2000億ドル分の輸出にかかる関税上乗せが、10%から25%に引き上げられることになりますが、そうなれば経済がさらに大きな打撃を受け、社会的な混乱を招きかねません。このため習主席としては、貿易摩擦をできるだけ早く収そくさせたいと考えているものと見られます。

一方、アメリカでも貿易摩擦のマイナスの影響がじわじわとあらわれています。

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鉄鋼製品などの原材料が、関税の上乗せによって値上がりし、コストが上昇。企業収益の悪化が懸念されています。また中国が対抗措置としてアメリカ産の農産物に高い関税をかけたことから、中西部などの農家からは中国向けの輸出が減ったという不満の声が聞かれます。さらに10%の関税を上乗せしている2000億ドル相当の中国からの輸入品には、衣類や照明器具などの日用品が多く含まれており、関税引き上げによる価格の上昇が消費者の財布を直撃しています。

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この関税の上乗せが、25%に引き上げられたら、国民の怒りを招きかねません。そうなれば、来年秋の大統領選挙に悪影響を及ぼすおそれがあるため、トランプ大統領としても、交渉の早期妥結を望んでいるとみられます。

このように双方が早期の終結を望む交渉ですが、このまますんなり合意に向かうかというと、そう簡単ではありません。先週の協議を終えたライトハイザー通商代表は、「なすべきことはまだかなり多い」と述べました。アメリカがこだわる中国の構造的な問題が未解決のまま残されているからです。

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構造問題のひとつが、中国が外国企業に技術の移転を強制している問題です。
この問題をめぐって、中国側は、地方政府による技術移転の強制を禁じる法律をつくるという改善策を打ち出しました。しかし問題はその実効性です。中国はこれまでも、外国企業の知的財産権を保護するといっておきながら、実際には当局による取り締まりが徹底されず、知的財産権が侵害されるケースが後を絶ちません。
このため、アメリカ側としては、中国が約束した内容が、きちんと実行されているか、検証できるようにすることを要求しているものと見られます。ただこうした検証は、中国側からすれば、内政干渉ともいえ、お互いが納得のいく検証方法で折り合うには、相当の時間がかかることが予想されます。

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さらに、アメリカは中国製造2025と呼ばれるハイテク産業の育成策についても、政府の補助金をつかって後押ししようとしているとして、問題視しています。外国企業との競争が、本来市場原理に基づいて公正に行われるべきなのに、政府からの補助金によって競争が不公正なものになるというのです。
この問題でも両者の間には根本的な対立があり、合意するのは容易ではありません。そもそも欧米をはじめとする西側諸国の間では、中央政府や地方政府といった公的な組織と企業の間にはっきりと境界線がしかれていて、その上で、補助金がどのように運用されたらルール違反となるのかが規定されています。
ところが中国の場合は、民間企業も含めてすべての経済活動が共産党によって統制されるという方針が打ち出されており、国有企業のみならず民間企業でも幹部が共産党員というケースが少なくありません。いわば、公的な組織と企業の境界があいまいになっており、西側の補助金のルールがそのまま適用できない状態なのです。このようにアメリカ側が改善を求める中国の構造的な問題とは、中国の体制の根幹にかかわるものといえ、中国側が簡単に妥協することはできないと考えられます。
解決に時間がかかる構造問題を抱える中でも刻々と迫る交渉期限。米中の協議は今後どう展開するのでしょうか。中国側は貿易問題ではアメリカ製品を大量に購入して不均衡を解消する姿勢を示しトランプ政権もこれを歓迎しています。

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こうした中で、米中は、期限の1日までに貿易問題で部分的に合意し、残る構造問題については継続協議とするか、あるいは1日の交渉期限自体を大幅に延長することになるという公算が強まっています。
 実際に、トランプ大統領は先週、交渉の期限を延長することもありうるという考えを示しました。期限の延長は中国側が求めたと伝えられています。中国では、来月5日から中国の国会といわれる全人代=全国人民代表大会が開かれ、政治的に大事な時期を迎えます。交渉期限はその直前にあたり、習主席としては、期限ぎりぎりで交渉決裂という事態はなんとしても避けたいところでしょう。
ただトランプ大統領は一方で、「期限を延長するにしても、それは交渉が正しい方向に向かっていることが前提条件だ」として、中国側のさらなる譲歩を求めています。

では、中国側はどう対応するのか。それを考えるうえで、私は、中国国内の経済改革をめぐる二つの勢力のせめぎあいの行方に注目しています。

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実は、中国共産党の幹部にも、欧米や日本のように市場原理を導入したほうが、経済を効率化させ、持続可能な成長につながると考えている勢力があります。そうした改革派には、既得権益層の抵抗でなかなか進まない改革を、アメリカという外圧を利用して一気に進めたいという思惑があるといいます。
その一方で、あくまで国家主導のもとで経済発展をはかる中国独自の体制を貫くべきだと考える保守派や、改革が進めば、既得権益を失いかねないと反対する勢力もあります。習主席としては、こうした双方の勢力のバランスを見極めたうえで、アメリカの要求をどこまで受け入れるのか、慎重に判断していくことになるのではないでしょうか。

中国はどこまでアメリカの要求を受け入れて、市場原理にもとづいた経済体制に近づいてくるのか。交渉の行方は、米中両国をはじめとする世界経済への影響にとどまらず、中国自身の経済改革の行方、そして日本を含め世界各国が将来中国とどうむきあっていくのべきかを、占うことにもなりそうです。

(神子田 章博 解説委員)

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