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「高等教育無償化 人づくりにつなげるには」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

政府が来年4月からの実施を目指す大学など高等教育の無償化について、低所得者世帯に限定して授業料の減免や給付型奨学金の支給を拡充することなどを柱とする制度の方針がまとまり、文部科学省は、今国会に関連法案を提出する方針です。

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▽今回示された高等教育無償化の目指すものと制度の概要。
▽制度の中でもっとも難しいのが対象世帯の線引きです。それはどうなったのか。
▽今回の高等教育無償化は、政府の「人づくり革命」の一環として行われることになりました。では、その「人づくり」につながるのか。
以上3点をポイントに考えます。

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高等教育無償化は、おととしの衆議院選挙にあたり、突然そ上に載せられた経緯があります。
制度上の問題点などの検討はなされないまま、ことし10月に実施される予定の消費税率引き上げによる増税分の一部を財源に2020年4月からの導入が決まりました。このため導入に向けて対象世帯の線引きなどに不公平感を残さない形で制度をつくることができるかが焦点となっていました。

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今回の高等教育無償化によって何を目指すのか。方針の中で強調されたのは、「少子化対策」です。子どもたちが社会で自立し、活躍することができる人材を育成する大学などで学ぶことができるよう、経済的負担を軽減することで急速な少子化への対処に貢献するとしています。このため対象を低所得者世帯に限定し、▽授業料や入学金を減免▽返済の必要がない給付型奨学金の支給、この2つを合わせて行うことにしています。
高校卒業後の進学率は専門学校なども合わせると8割であるのに対し、低所得者層に限れば半分の4割にとどまります。今回の無償化で70万人から80万人の高校生の高等教育機関への進学への扉が開かれるというのが文部科学省の説明です。

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では、当初懸念された問題点は解消されたのか。具体的に制度を見てみましょう。対象となるのは、住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯としました。2020年4月からの実施ですが、その年の新入生だけでなく、在学生も対象とすることにしています。
減免額は国公立大学の場合、入学金と授業料の基準額の全額にあたるおよそ82万円。給付型奨学金は自宅から通う場合は年およそ35万円、自宅外ではおよそ80万円となっています。
対象となる高等教育機関には、大学・短大・高専とともに専門学校が加わります。高校卒業生の20%あまりが進学する専門学校は仕事に直結する資格の取得など人材育成に一定の役割を担っていることに配慮した形です。一方で、経営に課題がある大学などの救済になるとの批判を避けるため、大幅な定員割れを起こしているところや、経営上の収支が赤字になるなど問題が確認された大学は対象としないとしています。
大学側にはもう一つ、注文が出されます。文部科学省は無償化に合わせて、大学のカリキュラムが時代の進展とマッチしない状況を解消するための法案も同時に提出する方針です。無償化を理由に、国や経済界が求める人材だけが育成される仕組みとならないか懸念の声もあります。

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今回の制度設計の中で最大の難題とされたのが対象となる世帯の線引きです。特に問題となるのは、基準が曖昧な住民税非課税世帯に準ずる世帯をどう区切るのかでした。今回の高等教育無償化は、授業料減免措置と給付型奨学金がセットとなるため、一人あたりの額がこれまでにない高額となります。どこまで支援対象とするかによって、中間所得者層との実質的な年収の逆転現象が起きることが懸念されたのです。こうした事態を避けるため、準ずる世帯を所得に応じて2つの段階にわけ、それぞれ授業料減免額と奨学金の額を3分の2、3分の1とすることにしました。こちらに示した年収は、両親と子ども2人の4人世帯で親の一人が働く場合の目安です。準ずる世帯の年収の上限はおよそ380万円です。年収の逆転をなくすための苦肉の策ですが、それでも中間所得者層にギリギリで線引きされる世帯の不満は残ります。

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今回の無償化は、学生がアルバイトや仕送りがなくても学業に専念できるだけの支援を行うという考えが根底にあります。学生の本分は勉強だというわけです。このため考えられたのが、所得に加えて学生個人にも要件を課すことです。要件は、大学入学前の高校生の時と入学後の双方で課せられます。入学前に求められるのは、本人の意欲です。成績だけで判断せず、リポートや面談によって学習意欲や進学目的を確認することを、在学する高校に求めました。意欲があっても塾などに通えず、成績がふるわないケースを救済しようというわけです。
入学後には、「警告」と「支援の打ち切り」の要件を設けました。例えば大学で1年間に修得しなければならない単位数の6割以下しか取得できなかった場合、平均成績が下位4分の1となった場合、出席率が8割以下の場合は大学が本人に「警告」し、2年連続で警告を受けた場合は支援を打ち切るとしています。さらに留年や出席率が5割以下などの場合は、直ちに支援を打ち切るとしています。いわば入学前は間口を広げ、入学後は厳しい要件によって学習をしっかり続けることを求めた形です。日本の大学は、入ってしまえば勉強しなくても卒業は簡単との批判があります。社会福祉の財源で生活費まで面倒をみてもらう形となる今回の制度では、当然の措置と言えます。一方でいきなり生活費まで断たれることになれば、学校そのものを辞めざるを得なくなります。支援を受ける学生は、生活費まで税金で賄われることの意味を知る必要があります。

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ここまで高等教育無償化の制度や仕組みの内容を見てきましたが、大学などへの進学に向けて高校側が生徒の背中を押すことや、進学後の不安を払拭するには、一定の効果が期待できるように思います。一方で、今回の無償化論議の中で取り残された部分があります。2つあげたいと思います。
まずは、中間所得者層の問題です。対象世帯の線引きで示した通り、住民税非課税世帯に準ずる世帯と中間所得者層は、世帯年収で区切らざるを得ませんでした。このため中間所得者層については支援がないのが実状です。文部科学省は、貸与型奨学金を充実することでこうした状況の是正につなげたいとしていますが、結局借金を強いることになります。この部分の支援をどうするかは、国の財務状況がひっ迫する中で議論が進んでいません。
もう一つは、高校入学までの学習支援をどうするかという問題です。家庭の経済力によって子どもたちの学力格差があることが、様々なところで指摘されるようになりました。お茶の水女子大学の耳塚寛明教授の調査では、塾などへの支出が3万円を超える家庭とそれ未満の家庭で学力差が大きくなることが指摘されています。今回は、意欲を見るという曖昧な基準によってそうした層の進学希望者を救う形をとりましたが、現実的にはその土俵にすら上れない多くの子どもたちがいます。小中学生時代からこうした子どもたちの学習機会を確保するためにどうするのか。経済的な補助に限らず、知恵を絞る必要があります。

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教育による「人づくり」を進めるというのであれば、教育行政全体として一体的な政策を展開しなければなりません。そうでなければ、すべての子どもたちが社会で自立し、活躍できるようになることにはつながらないのではないでしょうか。

(西川 龍一 解説委員)

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