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「『いざなみ超え』と日本経済の課題 」(時論公論)

櫻井 玲子  解説委員

日本は今月で6年2か月連続の景気回復を続け、これまで戦後最長だった2008年2月までの「いざなみ 景気」の記録を更新した可能性が高いとみられています。
しかし、家計からみると恩恵を受けている実感に乏しい上、今後の見通しも不透明で、手放しで喜べる状況とは言えないのが実情です。
「いざなみ超え」の実態と、日本経済の今後の見通し、そしてその課題について考えます。
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【実感なき景気回復】
今回の景気回復局面は2012年12月から始まりました。
これは今の第2次安倍内閣が発足したタイミングと時を同じくしています。
今回が「戦後最長」かどうかの公式な判定は、もう少し先に、有識者による会議で決められますが、政府は きょう、「戦後最長になったとみられる」という見解を示しました。

しかし、「いくら戦後最長の景気回復といわれても、その実感がもてない」という声も多くきかれます。その理由、主に、2つあります。
1つは、景気の回復局面が「長く続いてきた」からといって成長が「力強かった」わけではないということです。
今回の景気回復局面における平均成長率は実質で年率1.2パーセント程度と、緩やかです。
1965年から1970年にかけての高度成長期の「いざなぎ景気」では平均10%以上。1980年台後半 からのバブル景気では5%。そして景気回復実感に乏しかったといわれる「いざなみ景気」のときでも1. 6%でしたので、国民が「豊かになったと感じられない」のも無理はありません。
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もう1つは、景気回復の恩恵が企業部門に集中し、家計への波及効果は薄かったことです。
この6年間、大規模な金融緩和策や財政出動が行われたことによって、
▼日経平均株価は2倍に。
▼また大企業・中小企業あわせた収益は、増え続けて過去最大になりました。
一方、家計は、といいますと、賃上げは鈍い上に、2014年の消費増税や食料品などの値上げもあり、実質賃金・つまり賃金で実際に買えるものの価値は年平均で、目減りしています。社会保険料の引き上げもあり、家計にとって使えるおカネは減っています。
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この6年間あまりは、不況を回避したという点では評価できるものの、多くの人にとっては給料もさほど上がらず、株価の上昇で潤った企業や一部の個人投資家を別にすれば、手ごたえを感じられない景気回復だったといえるでしょう。

【厳しい日本経済の先行き】
次に、日本の景気拡大は続くのか。今後の見通しについてです。
これまで景気を支えてきたのは『輸出』『企業の活発な建設投資』『円安』の3つの柱です。しかし今後は 3つともこれ以上の貢献を期待しにくく、先行きは楽観できません。
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まず輸出ですが、世界経済は今、大方の予想より早いペースで減速しています。

▼特に中国は構造改革の影響やアメリカとの貿易摩擦への懸念からブレーキがかかり、去年の成長率は6.6パーセント・28年ぶりの低水準だったと発表されました。
加えて、中国人民大学の学者が先月、「国内研究機関の内部資料によれば、(成長率は)実は1.6%あまりだった」と述べたことも伝えられ、注目を集めました。

▼さらに中国の最大の貿易相手であるヨーロッパも打撃を受け、ドイツがマイナス成長に転じたほか、イギリスのEU離脱問題が追い打ちをかけています。

▼そして「一人勝ち」といわれてきたアメリカ経済にも大型減税効果の一巡や貿易摩擦の影響で陰りがみえ 、米中欧3極の同時減速の様相もみせています。
となると、日本の輸出の落ち込みも避けられそうにありません。
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次に企業の建設投資ですが、2020年の東京オリンピックパラリンピックや、外国人観光客の増加をにらんだホテルなどの建設が活発に行われてきました。公共事業も増え、建設投資は15年間で過去最高を記録しています。
しかし「すでにピークを迎えており、先行きについては徐々に勢いが失われる」という見方が強くなっています。

そして、円安については、これまではアメリカが好景気の中、金利を引き上げ、日本がマイナス金利政策をとってきたため、日米の金利差を背景に円安ドル高が続き、輸出と企業業績を支えてきました。
しかしアメリカが景気の悪化をにらみ、利上げを緩やかにしたり打ち止めにしたりすることも考えられ、今後は円高がすすむ可能性もあります。

さらにいえば、ことし10月には消費税率の引き上げも控えています、
日本経済は、まさに、正念場を迎えています。
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【今後の課題】
では、景気回復の実感が薄く、先行きも不透明な中、日本は今後どうすればよいのでしょうか。
一つは政府の財政出動と日銀の超低金利政策で企業が受けてきた恩恵が、家計にもまわるようにすること。
二つ目は低い成長を、より力強いものにすることです。
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まず、企業に偏っている恩恵をどうやって家計に還元していくかです。
会社の業績がよくても賃金が上がらなければ、それを起点に消費を拡大し、さらに企業にプラスをもたらす景気の好循環を生むことはできません。
しかしことしの春闘では、経団連は賃上げの具体的数値目標には言及せず、防御線をはりはじめているのではないかという受けとめも広がっています。
世界経済の先行きの不透明さを理由に、必要以上に委縮し、まわりまわって自らの首を絞めることがないようにしてほしいと思います。
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また企業は建設投資などのモノだけでなく、ヒトへの投資もより増やすべきです。
働き方改革で削減できた残業代は、どこにまわすのか。
AI時代の到来にあわせた人材教育は十分か。も問われています。
そもそも、人材育成のためのおカネはコストだという考え方そのものを改めるべきだという議論もあります。
設備への投資は「費用」ではなく「資産」として認められ、会社の利益は減らないのに、人材への投資は経費として計上するしかないため、利益が減ってしまう。
これが、経営陣が人材投資に二の足を踏む理由の一つになっています。
専門家からは、人材育成にかけるおカネも設備投資同様、「資産」として認められるような、制度上の改正も必要ではないかという指摘もあがっています。
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加えて、より力強い経済成長を実現するには、財政出動と金融政策というこれまでと同じ政策メニューへの依存から脱却し、新しい活力を生むためのビジネスの育成が、求められます。j190129_06_01.jpg

世界の時価総額ランキングをみるとトップ50社に入る日本企業はたった1社。
デジタル革命が起き、ほかの国では新しいグローバル企業が続々と誕生する中、日本では世界的に勝負できる企業が新たに生まれてこないのが、現状です。
このため、国際競争に打ち勝てる規制緩和や技術開発への投資が求められています。
ITと金融をかけあわせたフィンテックや、人工知能やロボットなどの分野でもアメリカや中国に「投資負け」しないことが重要です。各国がしのぎを削る中、余力がある今のうちに、次世代を見据えた投資を増やせるかがカギになると思います。
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いくら戦後最長の景気回復といっても、その恩恵が企業や富裕層にしかいき渡らず、低空飛行から抜け出す展望も描けなければ、言葉がひとり歩きしているに過ぎません。国も企業も、景気が落ち込み始める前に、将来を見据えた手を打てるかが、問われています。

(櫻井 玲子 解説委員)

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