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「パンク寸前の学校現場を守れるか」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

中学校の教員の6割が過労死ラインを越える超過勤務を行っていることなどが明らかになった学校の働き方改革。文部科学省の中教審・中央教育審議会は、肥大化する学校の役割を見直し、基準がなかった教員の残業時間の上限を月45時間とすることなどを柱とする答申をまとめました。学校教育の質そのものに関わるこの問題の解決につながるのでしょうか。

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▽答申が求める学校の働き方改革のポイント。
▽答申を受けて学校の働き方改革は実現するのか、実現のハードル。
▽今回の答申には今後検討すべき大きな宿題が残されました。その宿題とは何か。
以上、3点を中心にこの問題を考えます。

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まずは、答申の内容を見てみましょう。文部科学省が3年前、10年ぶりに行った勤務実態調査で、小中学校の教員はすべての職種で勤務時間が増え、過労死ラインとされる月平均80時間以上の時間外勤務となっている教員が小学校でおよそ3割、中学校はおよそ6割に上ることが明らかになりました。これについて答申は、▽経験の浅い若い教員が多くなったこと、▽小中学校の総授業時間数が増えたこと、▽部活動の指導時間の増加を学校の構造的な要因としてあげました。これに加え、家庭や地域の教育力が低下したことから、本来であれば家庭や地域でなすべきことが学校に委ねられるようになり、学校や教員が担う業務の範囲が拡大してきたと指摘しています。

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そして、対応策として▽規定がなかった時間外勤務を原則月45時間、年360時間以内とする。▽これまで自発的とされてきた授業準備や部活指導なども業務として勤務時間に加え、勤務の区切りをはっきりさせることを求めました。そのうえで、▽現在学校が担っている業務を仕分けすることで地域や保護者が担うべき業務は積極的に担ってもらうなどとしています。

そもそも教員の仕事は「子どもたちと関わる」という特殊性から時間に区切りを付けることが難しく、勤務管理は馴染まないという考えがありました。このため業務の範囲も曖昧で残業時間にも明確な基準はなく、「子どもたちのため」という名の下に教員自ら仕事を増やしてきたという側面があります。答申の言う時間管理の徹底や業務の仕分けは学校の働き方改革を進める第一歩だと思います。

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学校の働き方改革が重要なのは、教員の健康を守ることはもとより、このままでは教員の本来業務である「授業を深めること」ができなくなり、学校教育そのものがパンクすることになるためです。ただ、これで学校の働き方改革は進むのかというと、ことはそう簡単ではありません。月の残業時間の上限45時間を守るとなると、1日の残業時間の目安は2時間程度。業務と見なされることが明記された授業準備やテストの採点をしているだけで越えてしまうのが実状です。そもそも仕事に時間がかかりがちな若手教員の比率が高いことや、総授業時間数が変わらない現状で、いきなり勤務時間を減らせと言われても戸惑う教員がほとんどです。業務の大幅な削減は不可欠です。

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そのために必要なのが業務の仕分けです。では肝心の仕分けは進められるのか。答申では、現在教員が担っている業務をこちらのように分類し、「教員の業務だが負担軽減が可能なもの」、「必ずしも教員が担う必要がないもの」、「学校以外が担うべきもの」として明示しました。登下校時の安全確認などの対応や放課後や夜間の見回りなどは保護者や地域に返そうというわけです。

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ただ、これらもいきなり学校が対応をやめてしまうとなると保護者との間に大きな軋轢を生む可能性があります。低下した地域や保護者の教育力を高めることは一朝一夕にできることではありません。学校とPTAとの間で話し合いを進めたり、場合によっては市町村教育委員会が説明会を開いたりするなど丁寧な対応が求められると思います。

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「必ずしも教員が担う必要がないもの」「負担軽減が可能なもの」とされた業務を担うため、たとえば授業準備や学習評価などにはサポートスタッフを導入すること、休み時間や部活動などはボランティアや外部の指導員に任せることを例示しました。各地の自治体の中には、すでにこうした外部人材を学校で活用する動きが始まっています。特に中学校の部活指導員の中には学校での指導に加え、大会への引率も担当するなど教員の負担軽減につながっているケースもあります。一方で、地方によっては、外部人材を確保しようにもニーズにあった人材そのものがいないというところや、予算面から外部人材の継続的な雇用が厳しいと話す自治体もあります。学校の働き方改革にも地域間格差が生まれることを懸念する専門家もいます。外部人材の確保については、国と都道府県から人件費の補助がありますが、地域ごとに抱える事情は様々です。予算を付けたらあとは現場にお任せというのでは、解決にはなりません。

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ここまで答申の内容から、学校の働き方改革の実現性について考えてきましたが、今回の答申は、今後検討すべき大きな宿題を残しています。教員の給与制度と定数の問題です。

教員は通常の公務員とは異なり、基本給の4%が上乗せされて支給されるものの、何時間働いても時間外手当はありません。実態にあわなくなっているこうした制度そのものをどうすべきかという問題は、1年半にわたった今回の中教審の議論の中ではほとんど触れられないままでした。
教員定数については、2016年に見直されたこともあり、答申では、新しい学習指導要領で小学校の英語が教科となることに対応する英語の専科教員や、いじめなどに対応する中学校の生徒指導担当教員などの充実を求めるにとどまっています。そもそも仕事の量にみあった教員が配置されているのかという根源的な部分の検証は先送りされた形です。
いずれも国の厳しい財政状況を考えれば、財政当局は難色を示す問題であることは確かです。しかし、この問題に正面から取り組むことをいつまでも避けていては、抜本的な働き方改革はおぼつかないでしょう。2020年度の小学校に始まり、学校では順次新しい学習指導要領のもと、教員が教壇に立って一方的に進める従来型の授業とは異なり、自ら主体的に子どもたち同士で話し合いながら探究するアクティブラーニングという新しい形の授業が本格的に導入されます。これに対応する準備など、これまで以上に本来業務の授業面で教員の負担が増えることは確実です。この状態で待ったなしの働き方改革を進めるとなれば、アクセルとブレーキを同時に踏むような状況です。文部科学省には、学校現場をこうした状況に追い込む形となったことへの責任があるだけに、性根を据えた改革を早急に模索する義務があると思います。

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長時間勤務が当たり前とみなされる教員の働き方ゆえに、今や「ブラック学校」という言葉すら聞かれます。こうした状況は、教員志望者が減り続けている一因と言われ、今では小学校教員の志願倍率が1倍程度という県も出始めていて、教員の質の確保が懸念される事態となっています。世界的に高い評価を受けてきた日本の小中学校教育を支えてきたのは、高い意欲や能力を持った教員であることは間違いありません。その教員の働き方改革を進めることは、教員のためだけなく、その教員から教えを受ける子どもたちのためでもある、むしろそのことが本質であることを忘れてはならないと思います。

(西川 龍一 解説委員)

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