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「2019年春闘 人への投資 問われる 経営者の覚悟」(時論公論)

今井 純子  解説委員

経団連は、22日、春闘に向けた経営側の指針となる報告書を発表しました。去年、中西会長が就任してから、初めてとなる今回の報告書では、賃金の引上げ、そして、人への投資を強く呼びかける内容となっています。今年は、10月に予定されている消費税率引き上げを乗り切るためにも、思い切った賃金の引き上げが欠かせません。報告書は、その追い風とも言えますが、先行きには、不安な要素も浮上しています。今年の春闘の展望と課題について、考えてみたいと思います。

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【春闘の焦点】
 まず、今年の春闘の焦点です。
▼ 4月以降、段階的に施行される「働き方改革関連法」で求められる長時間労働の是正。
▼ そして、正社員と非正規社員の間の、合理的でない格差の解消。これは、待ったなしの課題です。
▼ その上で、全体の賃金をいかに引き上げるのか。その点も、例年に増して重要です。というのも、消費税率の引き上げで、消費が落ち込まないようにするには、賃金の底上げが欠かせないからです。連合は、去年の要求と同じ、2%程度のベースアップ=基本給の引き上げを要求しています。安倍総理大臣も、去年のように具体的な水準には踏み込んでいませんが、6年連続の賃金引き上げを要請しています。

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【経団連の報告書】
(処遇改善に、前向きな姿勢)
では、こうした点について、経団連の報告書のポイントを見てみましょう。
▼ 「長時間労働」や「合理的でない格差」については、単に法律に対応するという受け身の姿勢ではなく、それぞれ、「過労死・過労自殺を絶対に引き起こしてはならないとの強い認識で、抜本改革を進める必要がある」そして、「多様な人材がモチベーション高く活躍できる人事賃金制度を整えることが望まれる」として、より積極的に改善に取り組むよう促しています。

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▼ 一方、賃金については、経団連としても、去年のように自ら数値目標を掲げることはしませんでした。賃金引上げには前向きですが、ベースアップだけにこだわるのではなく、ボーナスを増やす。あるいは、子育てや介護の手当を拡充する。といったことを含め、総合的に年収の引き上げを検討するよう求めています。

(人への投資を呼びかけ)
▼ その上で、社員一人当たりの教育訓練費が、25年前の3分の2に減っていることに懸念を表明し、経営が計画的に研修を行うほか、自己啓発に取り組む社員を経済面で支援するなど、人材育成のための投資に力をいれるよう求めているのが、今年の大きな特徴です。

(企業自らのために処遇改善を)
 経団連が、賃金の引き上げを促すのは、ここ数年、連続してのことです。ただ、去年までは、安倍総理大臣の要請に応じる形でした。それに対して、今年は、「賃金引き上げは、企業が決めることだ」として、社内の好循環を引き起こすため、つまり、企業自らのイノベーションのために、企業が主体的に社員の処遇改善に取り組むべきだという考えをとっています。

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【背景と評価】
(背景には、社会の変化)
 背景にあるのは、ロボットやAI=人工知能など、技術の急激な進歩で、企業を取り巻く環境が急激に変化していることへの危機感です。自動車メーカーが「移動に関わるサービスを提供する会社へ」。電機メーカーが、「社会の課題を解決するサービスを提供する会社へ」と、看板をかけかえているように、企業は、新しい時代に向けて、事業の中身を大きく変えようとしています。これまでの仕事がなくなる社員もでてきます。そうした社員に、研修でITなどの新しい技術や知識を教えて、新しい事業についてもらう。あるいは、長時間労働の是正でゆとりが出た社員に、自己啓発で新しいアイディアやビジネスを生み出す力をつけてもらう。そうしたことが、企業にとって競争力の源泉になるはずだ。そして、新しい仕事に取り組む、社員のやる気を高めるためには、賃金引き上げを含めた処遇改善が欠かせない。そういう考えです。

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(評価)
経団連が、新しい時代に対応するために、人への投資、そして処遇の改善が必要だという考えを掲げたことは、率直に評価したいと思います。ただ、心配なのは、ベースアップだけにこだわるべきでないとしている点です。というのも、今年もというか、今年こそ、ベースアップが例年以上に重要だと、私は考えているからです。

(実質賃金はマイナス)
景気の回復は、今月には、戦後最長を更新する可能性が高まっています。この間、名目の賃金は年平均で0.7%増えてはいます。しかし、2014年の消費税率の引き上げ、それに値上げが相次いだことから、その賃金で買えるものの価値(実質賃金といいますが)は、年平均で0.5%目減りしています。つまり、賃金の引き上げが十分ではなかった。だから、多くの人に景気回復の実感がないのです。

(消費増税を乗り切るためにもベースアップを!)
 10月には、再び、消費税率引き上げが予定されています。前回の消費増税の後には、消費が大きく落ち込み、日本経済はマイナス成長に陥りました。経団連は、ボーナスが増えたほうが、基本給が増えるより消費の意欲が高まるとしています。しかし、ボーナスは、業績が悪くなるとすぐに減らされます。中長期的に家計・消費を支えるには、やはり基本給の引き上げ=ベースアップが大事です。消費増税を乗り切るためにも、どれだけベースアップが実現するかが、大きな焦点になります。

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【見通しは】
  では、これから本格的に始まる個別の企業の労使交渉で、実際に、ベースアップを含めた賃金の引き上げは期待できるのでしょうか?働く側から見ると、暖かい空気の中、ここへきて、冷たい逆風が吹いてきた状況です。

(好業績)
企業の業績をみると、景気回復の中、このように利益を増やし、今の段階では、今年度も過去最高の水準を達成する勢いです。企業が抱える現金・預金も、265兆円と過去最高を更新し続けています。

(人手不足)
 さらに、人手不足は44年ぶりの深刻な状態です。今後も人口が減っていく中、優秀な人材を集め、働き続けてもらうためには、賃金の引き上げは欠かせません。今月初めの経済3団体の新年祝賀会では、企業のトップから、賃金引き上げに前向きな意見も聞かれました。

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(逆風)
 ところが、ここへきて、逆風が吹き始めています。海外経済の減速。特に、アメリカと中国の貿易摩擦の影響が、日本企業にも出始めているのが気がかりです。先週、日本(にほん)電産は、今年度の業績予想を下方に修正しました。永守会長は「去年11月、12月と、がたんがたんと、受注、売り上げ、出荷、世界的にすべての分野で大きな変化が起きた」と述べ、急激に経営環境が変化しているという危機感を示しました。企業の10月から12月の決算発表は、これから本格化します。ほかの企業の業績に同じような影響がでていると、賃金引き上げの期待感が一気にしぼむ心配もでてきます。

(長期的な視点で人への投資を!)
 ただ、社会が大きな転換点に差し掛かっている中、企業が新しい時代に向けて事業を転換するには、社員のやる気と能力を高めること。そして、そのためにも、長期的な視点で、賃金の引き上げを含め、人への投資に力を入れていかなければならないということ。それは、間違いありません。

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今回、企業が主体的に取り組むというのであれば、これまで以上に、経営者の覚悟が問われることになります。必要以上に、景気の先行きを不安視するのでなはく、企業の、そして社員の未来を切り開くためにも、思い切った決断を期待したいと思います。

(今井 純子 解説委員)

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