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「急げ!医療の構造改革」(時論公論)

堀家 春野  解説委員

医師の働き方改革をめぐる議論が大詰めを迎えています。
他の職種に比べて抜きん出た長時間労働の改善は待ったなしですが、1月、厚生労働省が示した案は、医師が不足する病院では例外として過労死ラインの2倍まで残業を認めるというものでした。
なぜこうした事態になっているのか、背景にある日本の医療が抱える構造的な問題について考えます。

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(解説のポイント)
解説のポイントです。まず、
▽医師の残業規制案を踏まえたうえで、
▽医療側、患者側それぞれの問題点と対策をみていきます。

(医師の残業規制案とは)
医師の残業時間に規制が設けられるのは5年後です。
他の職種についてはこの4月から段階的に始まりますが、医師については患者への影響が大きいとして導入が5年間猶予されたのです。では、どこまで医師の残業時間は認められるのか。厚生労働省が検討会に示した案です。

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▽一般の勤務医について残業の上限は休日労働込みで年間960時間以内。一方、
▽医師が不足する病院で救急などを担う医師については例外として年間1900時間から2000時間以内、月の平均に換算して160時間ほど。これは過労死ラインのおよそ2倍にあたります。健康を守るため、当直明けなどで連続して働く時間は28時間まで、勤務と勤務の間のインターバルを9時間確保することも義務付ける方針です。
規制案は3月末までにまとめられる見込みですが、検討会の委員からは「いつ労災が起きてもおかしくない」といった懸念の声が出ています。
ではなぜ例外を認めるのか。背景には医師の長時間労働に支えられている医療を急には変えられないという現実があります。

(長時間労働に支えられる医療の現実)

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医師の中には日中の診療を終えた後、病院に泊まり当直勤務を行う。そして翌日も通常通り患者の診療にあたり、連続30時間を超える勤務をしているという人は少なからずいます。
実際、過労死ラインを超える働き方をしている医師は全体の4割を占めているというデータもあります。こうした医師の長時間労働は医療の安全を脅かします。
実に7割を超える医師が診療中「ヒヤリ・ハット」を体験しています。
実際、手術中についウトウトしてしまった。誤った薬を処方しそうになったと明かす医師もいます。私たちが安心して医療を受けるためにも医師の働き方改革は欠かせないのです。
ではどうすればいいのか。医師の長時間労働の背景にある、日本の医療が抱える構造的な問題を解決しなければなりません。ここからは医療を提供する側、そして医療を受ける患者側の双方の問題点とその対策についてみていきます。

(どうする?医師の偏在)
まず、医療を提供する側の問題。医師の偏在についてです。医師の数が都市部に多く地方に少ないといった地域の偏在、そして診療科による偏在をどうにかしなければなりません。

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これを解消するためこの4月から地域の医療に責任を持つ都道府県の役割と権限が拡大します。これまで医師不足をはかる指標は人口10万人あたりの医師の数という大まかなものしかありませんでした。これは実情を反映する数字とはいえないと、国は「医師偏在指標」という新しい指標をつくることにしました。地域ごとの人口構成の変化や医療ニーズなどを反映させたものです。都道府県はこの指標を元にどの地域にどれだけの医師が必要か計画を策定し医師を確保しなければならなくなります。そのために、医師が不足する地域で働く医師の養成を増やすしくみも始まります。これまでは例えば大学の医学部の定員が100人だとすると、都道府県は奨学金を出す代わりに卒業後地域で働いてもらう「地域枠」10人分を医学部にいわば“お願い”していました。
それを4月からは都道府県知事が例えば20人に増やすよう大学に要請することができるようになります。一定期間、医師が不足する地域や診療科で働いてもらう対策が強化されるのは一歩前進です。都道府県がリーダーシップを発揮し実効性のあるものにしなければなりません。それでも偏在が解消されなければ医師の配置をさらに計画的に進める対策を検討する必要があるでしょう。

(カギは集約化とダウンサイジング)
医師の偏在の解消に加えて、医療の提供態勢のムダを無くす必要があります。
注目したいのが奈良県南部の南和地域で進められているある試みです。

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ここにはかつて同じような機能を持つ、いわば金太郎飴のような3つの総合病院がありました。それぞれが夜間、救急を受け入れていましたが、当直の医師は1人だけ。
1台救急車を受け入れると2台目は受け入れられず、患者のたらい回しも起きていました。

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そこで、病院の建物が老朽化したのをきっかけに3年前(平成28年)、3つの病院を統合。1つの医療センターに手術や入院治療を行う機能を集約化し、医師も集めました。
その結果、当直は毎日3人態勢を組むことができ、ひとりの医師にかかる負担は減りました。
当直の翌日は他の医師に任せ早く帰宅できるようになり、残業時間は多い人でも週10時間未満。人間らしい働き方ができるようになったといいます。
センター以外の2つの病院は規模を縮小し高齢化のニーズに合わせてリハビリや療養を担う病院に再編しました。
住民からは救急病院が遠くなることに懸念の声もありましたが、24時間365日の患者受け入れを約束することで理解を得たといいます。こうした集約化を実現できたのは3つとも公立の病院で、調整がしやすかったという事情があります。国はこうした対策を全国的に進める方針ですが、私立の病院同士ですと、調整が難航することも少なくありません。

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しかし、全国的に人口減少が進む中、ニーズに合わせ医療態勢を集約化しダウンサイジングしていかなければ医療機関も生き残れません。地域で議論を進め対策を急がなければなりません。

(医療のかかり方見直しを)
最後に医師の働き方改革に欠かせない患者側の問題、医療のかかり方について考えます。
受診する医療機関を自由に選択できる「フリーアクセス」のため軽症でも大きな病院かかる。
仕事が忙しいからと夜間や休日に受診する。そして、すべてをひとりの主治医に診て欲しいと求める。こうしたことが医師の長時間労働や疲弊を招いていると指摘されています。

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宮崎県延岡市では、地域の県立病院に患者が殺到したため、病院にかかろうか迷ったときにまず医師や看護師が電話で相談に応じるダイヤルを設置。市民にかかりつけ医を持ってもらうための冊子を配るなど対策を進めました。その結果、県立病院の夜間・休日の救急患者数は半減。担当者は「市民の意識が変わったことが大きい」と話します。
このように医療資源が限られる中、これまでと同じ医療のかかり方をすることは難しいと私たちひとりひとりが考える時期にきていると思います。

これまで医療の構造改革の必要性について繰り返し指摘されたものの抜本的な対策は行われてきませんでした。医師の働き方改革をきっかけに医療側、患者側ともに私たちの医療を守るため変わることが求められているのです。

(堀家 春野 解説委員)


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