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「F35と『空母』~問われる専守防衛~」(時論公論)

増田 剛  解説委員

政府は、きょう(18日)、日本の防衛力整備の指針となる、新たな「防衛計画の大綱」と中期防・中期防衛力整備計画を閣議決定しました。
この中で、最も注目されているのが、自衛隊最大の「いずも」型護衛艦をステルス戦闘機F35を搭載できるように改修し、事実上「空母化」する方針です。ただ、これに対しては、憲法に基づく「専守防衛」を逸脱するのではないかという批判も出ています。この問題を中心に、日本の防衛政策のあり方について考えます。

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解説のポイントです。
まず、今回の大綱が打ち出した基本概念「多次元統合防衛力」の内容をみていった上で、大綱の策定過程で固まった、最新鋭戦闘機F35の追加導入の方針について、その背景をみていきます。
その上で、いずも型護衛艦の事実上の「空母化」の方針と専守防衛との関係について考えます。

政府は、きょうの閣議で、「防衛計画の大綱」を5年ぶりに見直すとともに、今後5年間の装備品の見積もりを定めた次期中期防を決定しました。
このうち、新たな大綱では、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域で、自衛隊の対処能力を強化することを明記しました。そして、こうした新たな領域にまたがる防衛のあり方を「多次元統合防衛力」と名づけました。
前回の大綱の基本概念は「統合機動防衛力」で、陸・海・空の自衛隊の一体運用を重視するものでした。今回の「多次元統合防衛力」は、その方向を更に深化させる概念という位置づけです。

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現代の戦争は、これまで戦場として想定されていなかった、宇宙空間やサイバー空間、電磁波を扱う電子戦といった分野への対応が重要とされています。例えば、宇宙では、中国が、人工衛星を破壊する兵器の開発を進めていて、サイバー空間では、ロシアや北朝鮮が、大規模な攻撃を仕掛けています。航空機や艦船がネットワークでつながる現代戦は、電磁波を使って相手の通信網を妨害する電子戦の能力が役割を増しています。

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これをふまえ、政府は、従来の陸・海・空に加え、宇宙・サイバー・電磁波といった領域も含め、横断的に作戦を実行できる自衛隊の態勢を整えるとしています。これが「多次元統合防衛力」です。
具体的には、▽宇宙領域やサイバー空間を専門とする部隊を新設し、予算や人員を優先的に配分する方針を盛り込んだほか、▽敵のサイバー利用を妨げる能力、いわゆる「サイバー反撃能力」を自衛隊が保有することも、今後、検討するとしています。
政府は今回、大綱・中期防の策定に向けた検討を進める中で、今後、ステルス戦闘機F35を105機、追加導入する方針を固めました。
F35には、通常の滑走路で離着陸するA型と、短距離で離陸し垂直に着陸できるB型があります。このうち、A型については、42機の導入が、すでに決まっています。今回、導入が固まった105機は、さらに追加で導入するF35を指していて、この中に、B型が42機含まれる見通しです。つまり、将来の日本のF35は、A型とB型あわせて147機の態勢になります。

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日本がF35を大量導入する背景には、空軍力を強化する中国やロシアの動向をふまえ、航空戦力を優位に保つ狙いがあるとされています。その一方で、対日貿易赤字を問題視し、アメリカ製装備の購入拡大を求めるトランプ大統領の要求に応えたものではないかという見方があるのも事実です。実際、トランプ大統領は、今月1日の日米首脳会談で、「日本が、アメリカから数多くのF35を購入することに感謝したい」と、この見方を裏付けるような発言を行っています。

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ただ、F35を新たに100機以上導入すれば、機体の購入費だけで1兆円を優に超えることになります。厳しい財政事情の中、これだけ巨額の支出が本当に妥当なのか。年明けの国会では、徹底的な議論が必要でしょう。
今回の大綱・中期防で最も注目されているのが、海上自衛隊最大のいずも型護衛艦を、F35Bを搭載できるように改修し、事実上「空母化」する方針です。いずも型は、艦首から艦尾まで甲板がつながっている形状が特徴で、14機のヘリコプターを搭載できますが、通常の戦闘機は、離着艦できません。ただ、短距離離陸・垂直着陸ができるF35Bであれば、甲板を改修することで、艦載機として運用できます。これが「空母化」の意味です。政府は、「いずも」と、同じ型の「かが」の2隻を改修し、F35Bを8機ずつ搭載できるようにする計画です。
では、なぜ、空母化が必要なのか。
政府は、日本周辺の太平洋海域の防衛力を強化する必要性を強調します。背景には、海洋進出を強める中国の存在があります。
2012年、初めて空母を就役させた中国は、今後も空母の数を増やす計画で、海軍や空軍の装備を増強し、沖縄から台湾にかけてのラインを超えて太平洋に進出、日本周辺でも活動を活発化しています。

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危機感を覚える政府・自民党は、南西諸島や太平洋海域の防衛強化のため、離島の航空基地などが損害を受けた場合の代わりの滑走路として、空母の役割を果たせる艦船が必要だと考えているのです。
ただこれに対して、野党からは「専守防衛を逸脱するのではないか」という批判が出ています。

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専守防衛とは、憲法の精神に則った日本の防衛戦略の基本姿勢です。
政府は、相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使し、保有する防衛力も自衛のための必要最小限度に限ると定義しています。
この専守防衛のもと、政府は、「攻撃型空母」は保有できないとし、攻撃型空母とは「他国に壊滅的な破壊をもたらす能力を持つもの」という見解を示してきました。

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では、いずもの空母化は、攻撃型空母の保有にあたらないのか。
野党だけでなく、連立与党の公明党からも懸念が示されたのに対し、岩屋防衛大臣は、いずも型に常時搭載する戦闘機部隊は設けないとした上で、「他に母基地がある航空機を、時々の任務に応じて搭載するというのは、攻撃型空母にあたらない」と説明しました。
そして自民・公明両党は、大綱・中期防の了承にあたって、従来の政府見解に基づく専守防衛の範囲内で運用することを文書で確認しました。
ただそれでも、懸念は拭えないという声があります。
野党からは、「戦闘機が載っていないこともあるから、空母でないというのは、詭弁ではないか。能力がある以上、運用次第で、攻撃型空母になり得る」という批判が出ています。

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また、空母は「動く航空基地」と言われるように、そもそも、航空打撃力を自国から離れた海上に前方展開するための兵器ですから、本質的に攻撃型でしかあり得ないという指摘もあります。

近年、防衛装備の高度化が進む中で、日本の政治は、最新装備が有する強力な攻撃力と、防衛力は自衛のための必要最小限度とする専守防衛の理念との間で、整合性を保とうとする努力を続けてきました。ただその努力も、年々、難しさを増しています。
専守防衛とは、単なる理念にとどまらず、他国の脅威にならないことで、自国の安全を保持する防衛戦略でもあります。この戦略にそって、防衛力の規模を維持することに努めるのか。
それとも、厳しい安全保障環境に対応するため、専守防衛の定義を見直して防衛力を拡充することも、視野に入れるのか。
今回の大綱の策定が、日本の防衛政策のあり様について、本質的な議論を進める契機になることを期待したいと思います。

(増田 剛 解説委員)


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