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「アメリカ第一主義にどう向き合うか」(時論公論)

櫻井 玲子  解説委員

このところ世界経済に減速の兆しがみられ、先行きへの懸念が高まっています。
その大きな要因となっているのが、アメリカ・トランプ大統領の唱える「アメリカ第一主義」です。

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「自分の国の利益が何より大事」「不公正であろうとも、アメリカに都合が良い貿易協定を結びたい」といってはばからないトランプ大統領。

保護主義が強まって貿易摩擦が激しくなるのではという不安から、アメリカを含む各国の輸出や投資が冷え込み始めています。
そこで「アメリカ第一主義にどう向き合うか」日本の経済外交戦略について考えていきます。

先週末、またしても国際社会に大きな波紋を呼ぶ出来事が起こりました。

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日本やアジア太平洋諸国が参加するAPEC・アジア太平洋経済協力会議の場に、アメリカと中国の対立が再び持ち込まれました。トランプ大統領はこの会議を欠席。かわりに出席したペンス副大統領が中国の通商政策や自国産業の優遇策を批判すれば、中国側もアメリカの保護主義を非難し、激しい応酬となりました。
その結果、会議は首脳宣言が採択されないという前代未聞の結末を迎えました。

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APECは本来、各国が連携して貿易や投資の自由化をすすめ、地域の経済発展をはかっていくことを確認する「象徴的な場」としてとらえられてきました。
しかしその理念は今、遠くにかすみ、かつてはアメリカが主導してきた世界的な自由貿易体制にひびが入り始めたという懸念が強まっています。

さらに、アメリカ第一主義は、各国が結ぼうとしている地域経済連携協定にも影響を与えるのではという見方が出ています。
特に注目されるのが、日本が中国やインド、東南アジア諸国連合など16カ国で合意を目指すRCEP・東アジア地域包括的経済連携への影響です。RCEPが実現すればアメリカ抜きで、世界人口の半分、世界経済の3割を占める巨大経済圏が誕生することになります。

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トランプ大統領はこのRCEPに横槍を入れてくるのではないか。アメリカはカナダやメキシコに対し、NAFTA・北米自由貿易協定の見直し交渉で、中国との自由貿易協定を事実上禁じるような条項を呑ませました。日本にも、来年明けから始まる二国間協議の中で同じようなことを求めてくる可能性が指摘されています。
トランプ大統領が、RCEPのほかの参加国にも圧力を加えることも予想され、RCEPそのものが「漂流」してしまうのではないかと危惧する声すら、あがっています。

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各国の経済発展を促すはずの多国間の連携をアメリカが分断するようなことがあれば、保護主義がアメリカにとどまらず、世界中に一気に広がることも考えられます。

IMF・国際通貨基金のトップ、ラガルド専務理事はこういった今の世界の状況に危機感を強めています。技術革新でグローバル化がすすみ、その結果、格差も生まれ、国民の不満を解消するために、各国が保護主義に走った結果、戦争に突入してしまったかつての歴史を思い起こさせるというのです。「歴史は繰り返さないが、韻をよく踏む」アメリカの作家マークトウェインの言葉を引用し、警鐘を鳴らしています。

ではアメリカ第一主義にどう向き合えばよいのか。
その対応の難しさをうかがわせる例を一つ、紹介します。

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アメリカが中国製品への関税を引き上げたことに対抗し、中国がアメリカ産の大豆の関税を引き上げたことはご存じの方も多いと思います。その結果、中国はより安い大豆を求めてブラジル産を多く輸入するようになり、アメリカの大豆農家からは不満の声もあがっていました。

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本来であれば、これが、ホワイトハウスに対する圧力となり、対・中国戦略を見直す原動力となるはずです。
ところが実情は、必ずしもそうはなっていません。

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EU=ヨーロッパ連合がすかさず、かわりにアメリカ産大豆を買うことをトランプ大統領に約束したからです。農家からの支持を気にする大統領はこの提案をのみ、焦点だったEUへの自動車関税の発動を当面、控えることに同意しました。ヨーロッパの大豆の調達先はこれまでブラジルが多かったのですが、この合意後はアメリカがシェアを倍増させて最大の供給元になっています。
大豆を買う見返りに貿易摩擦を回避した、EUの巧みな外交ぶりがうかがえるエピソードです。

ただ結果的には、こうした動きが、まさにトランプ大統領の好む二国間協議戦略の狙いどおりになっているのではないかと思います。各国の連携が分断され、それぞれの国がアメリカとの貿易摩擦を避けようと、個別に、アメリカの望むような譲歩をしてしまうからです。

では、日本はどうすればよいのでしょうか。
一つは先ほどのエピソードの教訓を踏まえ、日本が各国との情報交換・連携を強化することがカギになると思います。

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まずはアメリカなしで年内に発効するTPP・環太平洋パートナーシップ協定の枠組みを活用し、参加国を増やしていくことが重要です。TPPに関心を示しているタイやイギリスを確実に取り込む。またさきほど申し上げたRCEP・東アジア経済連携協定、が仮に動かなくなるようなことがあれば、場合によっては中国の関心をTPPにひきつけるという手もあるかと思います。いずれも最終的にはアメリカがTPPに戻るきっかけになるよう、通商にとどまらず、より幅広い分野で連携し、国際協調の機運を高めていくことはできないかと考えます。

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また、注目したいのは、アメリカ国内からも、トランプ政権の長期化の可能性を視野に、日本のリーダーシップに期待する声が出ている点です。例えば最近、アメリカの有力シンクタンクの専門家たちが「G9」というコンセプトを提案しました。G9はアメリカ・中国いずれをも含まない枠組みで、日本やEU、カナダ、オーストラリアなどアメリカの同盟国や価値観を共有する国々が手を携えるという考え方です。トランプ政権が続く限り、自由貿易やグローバリズムといったアメリカが守り続けてきた価値観も否定されてしまうのではないか。G9がその間連携してこれを守り、アメリカと対決するというよりも、むしろアメリカを説得していってほしい、というのです。このアイディアに対し、「米中が参加しない国際協調など、所詮、機能しない」という懐疑的な声も国際金融当局者からは聞かれます。ただ、アメリカ抜きの枠組みをアメリカの専門家が望むという現実こそ、今の国際社会の不安をあらわしているのではないでしょうか。

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そして3つ目はWTO・世界貿易機関の改革を急ぐことです。世界貿易のルールを決める場であるWTOは本来であればもっと機能してよいはずですが、中国の不公正な貿易慣行を改めさせることができずに十分な働きをしていないのが現状です。これに不満を覚えるトランプ大統領はWTOからの脱退の可能性についても言及しており、そうなれば国際貿易体制の基盤が揺らぐことになります。日本とヨーロッパはアメリカをつなぎとめるためにも、三者共同で改革案をまとめ、自分の国の産業に優遇策を続けた加盟国、つまり中国を念頭に、罰則を与えることなどを提案していますが、ほかの加盟国からの賛同も集め、改革を急ぐ原動力にするべきではないかと考えます。

日本は来週ブエノスアイレスで開かれるG20会合で議長国アルゼンチンからバトンを引き継ぎ、来年・2019年の一年間を通じて先進国と新興国をまとめあげていく役割を担います。この難しい局面で各国の対立を和らげ、保護主義の連鎖を防いで、世界経済を支えることができるのか。その手腕が、問われています。

(櫻井 玲子 解説委員)

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