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「日豪『準同盟化』の狙い」(時論公論)

増田 剛  解説委員

オーストラリアのダーウィンを訪れている安倍総理大臣。第二次世界大戦当時、旧日本軍が激しい爆撃を行ったこのダーウィンで、モリソン首相とともに犠牲者を慰霊し、両国の戦後和解の成功、そして、関係強化をアピールしました。また首脳会談では、「自由で開かれたインド太平洋」を実現し、両国の安全保障協力をいっそう深めていくことで一致しました。このように、「準同盟化」といわれる動きを加速させる日豪関係について考えます。

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安倍総理は、シンガポールで行われたASEAN関連の首脳会議に出席した後、きょう、オーストラリア北部のダーウィンを訪れました。
ダーウィンは、日本とオーストラリアにとって、特別な意味を持つ場所です。

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今から76年前、太平洋戦争が勃発して間もない、1942年2月19日、旧日本軍の爆撃機の部隊がダーウィンに襲来、湾に停泊する艦船や市街地に300個以上の爆弾を投下しました。死者は、非戦闘員を含めて243人、負傷者は300人に達しました。
これは、オーストラリア史上、外国から受けた最大の攻撃でした。
ダーウィン空襲が「もうひとつのパールハーバー」と呼ばれるゆえんです。この日以来、1年6か月の間、ダーウィンは、64回もの空爆を受け、1000人以上の犠牲者を出しました。日本の総理大臣が初めて訪れたダーウィンは、このような悲惨な歴史を持つ場所だったのです。ダーウィンに降り立った安倍総理は、真っ先に戦没者慰霊碑に向かい、出迎えたモリソン首相とともに、花を捧げました。安倍総理としては、かつて敵国だったオーストラリアの首相とともに、旧日本軍の攻撃による犠牲者を慰霊することで、日豪両国が戦後の和解と関係強化に成功したことを内外に印象づける狙いがありました。
(VTR:共同記者発表・安倍総理+モリソン首相)
慰霊の後、安倍総理は、8月に就任したばかりのモリソン首相との初の首脳会談に臨みました。会談で、両首脳は、両国が互いに「特別な戦略的パートナー」であることを確認。とくに日本側は、ともにアメリカの同盟国であるオーストラリアを、同盟国に準ずる安全保障上のパートナー「準同盟国」と位置づけています。その上で、両首脳は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた協力を更に進めていくことや、安全保障協力をいっそう深めていくこと、そして、資源エネルギー分野の相互依存関係を強化することで合意しました。
それぞれ、具体的にみていきます。

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まず、「自由で開かれたインド太平洋」は、安倍政権が提唱している外交構想で、太平洋からインド洋にまたがる地域で、法の支配や市場経済といった価値を共有する国々が、ともに成長するため協力していくという内容です。日本とアメリカ、オーストラリアとインドの4か国が中心になることが想定され、経済と安全保障で、この4か国とアジア太平洋の各国が協力を深めることで、強引なインフラ投資や海外進出を続ける中国に一定の歯止めをかける狙いがあります。
一方、オーストラリアも、中国を意識して、日本に歩調をあわせています。

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オーストラリアは、去年、14年ぶりに改定した「外交政策白書」の中で、中国は、インド太平洋地域において、経済的にも軍事的にも、影響力を増していると指摘、「この地域の一部で、その影響力はアメリカに並ぶ勢いで、しのぐこともある」として、警戒感を示しています。実際、オーストラリアが「裏庭」と位置づける太平洋諸国では、インフラ開発支援を通じて中国が影響力を増しており、オーストラリアの懸念は強いものがあります。
自国の安全と繁栄は、カネだけでなく、合意されたルールに基づく世界秩序の中でしか、達成され得ないとするオーストラリアにとって、日本が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」は、戦略的利益が一致するものなのです。

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また、両首脳は、安全保障協力の深化、具体的には、自衛隊とオーストラリア軍の「円滑化協定」の早期締結をめざすことで合意しました。「円滑化協定」とは、自衛隊とオーストラリア軍が、共同訓練や災害が起きた際の支援をより円滑に行うことができるようにするための規定で、共同訓練などに参加する自衛隊員やオーストラリア将兵の出入国の手続きや、武器・弾薬の取り扱い、それに事件・事故を起こした際の裁判権などについて、あらかじめルールを取り決めるものです。このような安全保障協力の前提となる規定を整えることで、自衛隊とオーストラリア軍の共同訓練の機会を増やす狙いがあります。
「円滑化協定」は、外国軍が日本で一時的に活動する際の規定であることから、「訪問部隊地位協定」とも呼ばれています。
これまで日本が「訪問部隊地位協定」を結んだ国はありませんので、今回、オーストラリアとの協定の締結を目指すのは、まさに日本が、オーストラリアを、同盟国アメリカに次ぐ、「準同盟国」と位置づけようとしている証だといえるでしょう。

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首脳会談では、資源エネルギー分野での相互依存関係を強化することでも合意し、具体的には、ダーウィンの沖合で、日本企業が進めるLNG・液化天然ガスの開発計画を支援することで一致しました。この計画は、総投資額が400億ドルと、日本企業の海外投資としては、過去最大級のものです。その生産能力は、日本のLNGの年間輸入量の1割に相当するとされ、日本のエネルギー安全保障にとって、重要な拠点になると期待されています。

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ダーウィンは、かつて旧日本軍による空爆が行われたという歴史的な意味合いとともに、アジア太平洋地域の戦略的要衝という意味合いをも合わせ持つ土地です。太平洋とインド洋の間に位置し、中国が人工島の軍事拠点化を進める南シナ海に近く、2012年からは、アメリカが海兵隊を巡回駐留させています。
このダーウィンの港に、現在、海賊対策のため、東南アジアの海域に派遣されている海上保安庁の巡視船「えちご」が寄港しています。
安倍総理は、あす、この「えちご」に乗り込み、訓示を行う予定で、「海洋における法の支配」や「航行の自由」の意義を強調し、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に取り組む姿勢を示すものとみられます。これも、中国の海洋進出を意識したメッセージでしょう。

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安倍総理は、先月、中国を訪問し、習近平国家主席との首脳会談で、日中関係の改善を進めていく考えを強調しました。その一方で、今回の日豪首脳会談は、中国の軍備増強や海洋進出に対する警戒感までは解いていないことを間接的に示したものといえます。
「最高の戦略とは、適切な同盟相手を選び、敵対的な他者を滅らしていくことで、戦わずして勝つ態勢を構築することだ」といわれます。
アメリカとの同盟関係を維持しながら、基本的な価値観と戦略的利益を共有するオーストラリアとの「準同盟化」を進め、外交基盤を固めた上で、台頭する中国と、あくまで平和的に向き合っていく。
アメリカ第一主義のトランプ政権の内向きな姿勢に不安が残るなか、
日豪両国の戦略的協力を深化させることは、日本が目指す「自由で開かれたインド太平洋」を実現する上でのカギとなるはずです。

(増田 剛 解説委員)


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