「ゲノム編集食品 規制の行方は」(時論公論)
2018年11月01日 (木)
合瀬 宏毅 解説委員
遺伝子を切り貼りして動植物が本来持つ性質を変える。こうしたゲノム編集で生まれる食品をどう扱うのか、厚生労働省は専門家を集めた調査会を立ち上げ、今月、意見をとりまとめることにしています。
このゲノム編集技術、政府が、これからの主要技術と位置づけ、強く推進する一方、消費者の間からは、遺伝子を操作することに不安の声も出ています。
この、新たな技術を使った食品の規制の行方について見ていきます。
水槽の中で泳ぐのは、従来の1.2倍ほどの筋肉をつけたマダイです。京都大学などの研究チームが筋肉の成長を止める遺伝子を壊し、通常よりも大きくなるように品種改良しました。縦に並べてみると、その大きさがわかります。
一方、こちらは血圧の上昇を抑える物質を豊富に含むよう、改変されたトマト。高血圧に悩む人用に開発され、このトマトを食べれば、僅かな量で効果が期待できるように開発が進んでいます。
これだけではありません。時間が経っても黒くならないマッシュルームや、たくさんとれるコメ、そして養殖しやすいように暴れないマグロ。こうした水産物や農産物は、いずれもその生物が持つゲノムを編集して、生み出されました。
このゲノム編集技術、どういうものなのか?
生物は、その細胞内に、自らを形作る設計図ともいうべき、ゲノムを持っています。ゲノム編集はその一部を、酵素で、はさみのように切除したり、加えたりする技術で、生物が本来持っていた性質を変え、新たな形質を作り出すことができます。
6年前に海外の研究者が新たな編集技術を開発。それまでも、遺伝子組み換えの技術はありましたが、精度が悪く、この技術は、狙った改良を正確に、しかも簡単に行うことができる点が、大きな違いです。
どこの遺伝子がどういう役割を担っているのか、解読が進んできたこともあって、アメリカやヨーロッパでは、企業や大学がこぞって、この技術を使った品種開発競争を繰り広げています。
日本でも、6月に閣議決定した、総合イノベーション戦略の中で、ゲノム編集技術を、特に取り組むべき主要分野と位置づけ、この技術で作られた食品の取り扱いが大きな焦点となっていました。
そこで、厚生労働省が食品として流通させることが妥当なのか、まずは専門家を集めて、食品衛生法上の扱いについて、議論することになりました。
問題となっているのは、その安全性です。
会議ではゲノム編集で行われる遺伝子操作を、3つのタイプにわけて議論しています。
まずは遺伝子を切るだけの操作です。酵素で、ある働きをする遺伝子を切除することで、変異を誘発し、新たな形質が出てくることを促す方法です。
先ほど紹介した1.2倍に太るタイは、筋肉が太ることをやめる遺伝子を切除したことで生まれました。
二つ目は、遺伝子を切除した上で、変化をもたらしたい、いわばお手本となる遺伝子のパーツを数個、もとの生物に導入する方法です。一つ目の方法より、より確実に目指す変異をもたらすことが出来ます。
そして3つめは、比較的大きな遺伝子を外部から導入し、その遺伝子が新たな形質を生み出すことを目的とした編集です。
この3つをどう位置づけるかです。
生物の細胞は常に、紫外線などで傷つけられ、通常は元通りに修復されます。しかし時として修復を間違えることがあります。これが自然界で起こる突然変異です。
一つ目のタイプは、遺伝子を酵素で切断することで、変異を誘発する方法で、専門家は自然界で起きる突然変異と変わらないといいます。
実際にこれまでも放射線や化学物質を使って、遺伝子を傷つけ、突然変異を促す品種改良はこれまでも行われてきました。ゲノム編集技術もこれと変わらないという考え方です。
一方で、3つめは、外部から大きな遺伝子を導入しますので、出来た品種は結果的には、従来の遺伝子組み換え作物と変わりません。
このため、調査会では3つめを遺伝子組み換え同様に規制の対象とし、挿入した遺伝子の安全性や、人にアレルギーを誘発することはないのかなど、国が安全性を確認したものだけが流通できる仕組みとする方向です。
一方で、1つ目と2つ目については、遺伝子組み換えとしての規制からは外し、食品として流通させる条件を、今後検討するとしています。
改変された内容やアレルギーなどの情報を、国に届け出る登録制とするのか、もっと厳しくするのか、議論はこれからです。
ただ、ゲノム編集で生まれた食品には、消費者の強い不安があります。
日本消費者連盟は8月、厚生労働大臣などに宛てた意見書を提出し、新技術の安全性は確立されておらず、実際には意図しない遺伝子の変化が起き、様々な機能への影響がでる恐れがある。
またゲノム編集による遺伝子の変換は、自然界で起きることとは、質的・量的に異なり、決して同等のものではないとし、遺伝子組み換え食品と同じように、審査を厳重に行うこと。そしてゲノム編集技術を使ってできた食品であることを表示するよう求めています。
現在のゲノム編集技術が、意図しない場所を切断する可能性があることは、調査会も認めています。
ただ、そもそも品種改良は、たくさん出来た候補の中から、目指す性質を持ったものを、繰り返し、選抜していく作業です。ゲノム編集で出来たものを全て、食品にするわけではありません。意図しない変化は、その作業の中で排除されるというのが専門家の説明です。
また、難しいのはタイプ1や2で出来た農産物や水産物、家畜にはゲノム編集で使った酵素や遺伝子は残らず、それがゲノム編集でできたものなのか、それとも自然界で突然変異で起きたものなのか、現在の技術では判別できないことです。
判別できなければ、たとえ表示を求めても、その実効性は、担保出来ないことになります。
それでは、海外では、どう対応しているのでしょうか。大きく2つに分かれています。
例えば、アメリカはゲノム編集で生まれた農産物を規制せず、企業の独自判断に任せる。
またアルゼンチンやチリなどの南米諸国は、外来遺伝子がないことが確認される1と2のタイプについては規制の対象外とするとしています。
一方でEUはゲノム編集など新たな遺伝子改変技術を使ったものは、全て遺伝子組み換え食品として規制し、ニュージーランドも同じ対応です。
このように各国で対応が分かれる中で、日本としてどういう規制をかけていくのか、それともかけないのか。厚生労働省は今月には専門家の意見をとりまとめ、その後、審議会などの議論を経て、来年3月には、食品衛生法上での結論を出すことにしています。
今年度中に結論がでれば、ゲノム編集を使って改良した品種が、その後、市場に出てくることが、可能になります。政府としては、外国との競争もあり、早く結論を出して、開発を進めたいところでしょう。
しかし、ことは国民の健康に関わる問題です。技術への不安が残る中で、新たな品種が市場に出てくれば、消費者の反発と混乱は計り知れません。
政府としては、規制の結論を出す前に、丁寧に消費者の意見をくみ取る努力が必要ではないでしょうか。
(合瀬 宏毅 解説委員)
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