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「どう変わる? 企業の採用・雇用」(時論公論)

今井 純子  解説委員

経団連は、企業の採用活動の解禁時期を定めた指針を、今の大学2年生の活動分からつくらないことを正式に表明しました。今後は、政府主導で、新たなルールについて議論を始めることにしており、当面、今の日程の大枠は維持される見通しです。しかし、企業の間からは、採用の解禁時期は問題の入り口にすぎない。「新卒一括採用」や「終身雇用」といった、日本特有の雇用の制度全体が時代にあわなくなっているという指摘がでて、将来の見直しを含めた議論が始まっています。きょうは、この問題について考えてみたいと思います。
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【経団連が採用日程の指針廃止を表明】
(今の日程)
まず、経団連が、採用活動の解禁時期を指針として定めて、加盟している企業に守るよう要請してきた。その日程です。
▼ 大学3年生が終わる3月に、説明会やエントリーシートと呼ばれる応募の受け付けが始まり、
▼ 4年生になった6月から、面接、そして、事実上の内定が解禁となっています。
今の大学3年生までは、この日程で行われることが決まっています。
しかし、その次の年以降、指針を廃止すると、きょう経団連が正式に表明しました。

(直接の背景は、形骸化)
 その背景にあるのは、「ルールが形骸化している」現状です。
経団連以外の外資系やIT系の企業は、指針に縛られません。もっと早いスケジュールで内定を出しています。学生の売り手市場が激しさを増す中、このままでは、人材獲得競争に負けてしまうという危機感から、経団連の大企業も多くが、6月より前に事実上の内定を出しているといわれています。今年6月1日の時点で、どこからか内定をもらっていると答えた学生は70%近くに達しました。誰も守らないルールを作る意味があるのか、というのが経団連の考えです。
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【今後は?】
(政府主導で、当面維持へ)
 しかし、ルールが一切なくなると、1年、2年のころから就職活動を始める学生が出ることも考えられます。学生が落ち着いて勉強に取り組むことができなくなる。また、中小企業がいつ採用活動をすればいいかわからなくなる。として、大学や中小企業から強い反発がおきました。このため、政府は、来週、経団連や大学の関係者も交えた連絡会議の初会合を開いて、新しい日程の議論を始める方針です。当面は、大学4年生の6月に面接を始めるという大枠の日程が、維持される見通しですが、その「当面」というのがいつまでか。など、詳細はこれからです。学生の間で不安が広がらないよう、早くルールを決めてほしいと思います。

(守られるか、疑問の声も)
ただ、外資系やIT系の企業は、「採用活動は、企業が自由に決めるべきだ」との考えです。また、経団連の大企業も、大学3年生の夏ごろから、学生に仕事を体験してもらうインターンシップを実施しており、優秀と判断した学生には早くから接触する動きを強めています。政府主導で、採用の日程を決めてもどれだけ守られるのか。企業が、優秀な学生を早く採用しようとする動きは、指針の撤廃をきっかけに一段と強まるのではないか。そういう見方もでています。
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【経団連の真の狙いは、採用・雇用制度全体の見直し】
そもそも、新卒採用の解禁時期は、経団連の問題意識の入り口にすぎません。後ろに、もっと大きな問題が控えています。中西会長は、きょうの記者会見で「本格的な議論がどれだけできるかが、これからの勝負だ。一番のポイントは、多様な人材が集まって、企業活動がもっと活性化することだ」と話し、採用や雇用のあり方について、広く議論すべきだという認識を示しました。

(大変革の時期)
 背景にあるのは、企業を取りまく、急速な環境の変化です。
 AI=人工知能や、ロボットなど、技術の急速な進歩で、新しいビジネスが次々登場し、企業も、中身を大きく変えようとしています。
▼    トヨタは、「100年に一度の大変革の時代に突入した」として、自動車をつくる会社から、移動に関わるあらゆるサービスを提供する会社へと、形を変えると宣言。
▼    日立製作所も、電機メーカーから、社会の様々な課題を解決するサービスを提供する会社へと、舵を切っています。
▼    また、三井住友銀行が、新卒採用のホームページに「かつては、銀行と呼ばれていた。そんな未来が、もうそこまでやってきているかもしれない」というメッセージを載せるなど、銀行も今の姿では生き残れないという危機感をあらわにしています。

(求める人材も変化)
 グローバルな競争に勝ち残るため、当然、求める人材、求める能力も、「語学力」や「幅広い教養」、それに「AIやITといった専門性」、「ものごとを変革する力」など、これまでと変わってきます。一方、そういう力を持った学生の間では、若いうちから責任ある仕事を任せられ、高い給料をもらえる外資系やIT系の企業の人気が高まっています。
 企業の間では、優秀な人材を採用するには、新卒、中途、外国人を含め、必要な人材を、欲しいタイミングで採用したい。そのためには、通年採用に変えていく必要があるのではないか。また、年功序列ではなく、必要な人には高い給料を払うこともやむをえない。という考えが急速に広がっているのです。
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(問われる日本型雇用)
 影響が出るのは新卒の若者だけではありません。事業が変わる。あるいは、ロボットやAIなどの採用が進むことで、これまでの仕事がなくなります。社員は、例えば、ロボットやAIをいかに導入するかを考える。あるいは、新たな事業に取り組むといった、仕事の転換が求められますが、そのためには、新しい能力を磨く必要があります。転換が難しい人材をどうするのか。定年まで雇わなければいけないのか。企業の側からみると、この点も、今後、考えなければいけない課題だというのです。
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【今後の課題】
(未来投資会議で検討始まる)
 問題提起を受けて、政府は、先週から、有識者を交えた未来投資会議で議論を始めました。「新卒一括採用」や「年功序列型の賃金」それに「終身雇用」について、将来の見直しも含め議論される見通しです。

(課題も多い)
しかし、日本の雇用を支えてきたこうした制度を一気に変えるには、課題も多くあるように思います。
▼    例えば、新卒一括採用から通年採用になると、不況の時には、企業が「後で採ればいいや」ということで、一斉に採用を絞り、若い人の失業率が増えることにならないか。
▼    また、賃金が年功序列でなくなると、同じ企業の中で、新卒の段階から賃金の格差が一段と広がることにならないか。
▼    さらに、終身雇用が崩れると、社会に不安が広がったり、社会保障の負担が増えたりしないか。こうした懸念がぬぐえません。

(問われる企業・政府・大学の対応)
 企業の危機感は、理解はできます。しかし、企業には人材を育てる責任があるのではないでしょうか。短期的な決算主義が根付く中、企業は、働く人を「コスト」とみなして、育てることに力を入れなくなってきています。ただ、今後、少子化で働き手が圧倒的に少なくなります。65歳を超えても働き続けられる制度の検討も進む見通しです。欲しいときに即戦力だけをとって、要らなくなった社員を切り捨てるのではなく、事業の中身が変わっても、戦力であり続けてもらうために、研修に力を入れる。働く人を「人財」として、大事に育てる取り組みが欠かせないのではないでしょうか。また、政府も、いったん企業の外にでざるをえなくなった人に学び直しの場を提供したり、次の企業に行くまでの生活を支える制度を整えたりすることが欠かせません。大学も、中小企業を含めた企業との連携を強化するなど、新しい時代にあわせた教育のあり方を考える時期にきているように思います。
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【まとめ】
 これからの若い人はもちろん。今、働いている人たちも、ひとりひとりが、やりがいを感じて仕事に就き、また働き続けられるよう、企業の論理だけでなく、幅広い視点で、新しい時代にあわせた採用、雇用のあり方を検討してほしいと思います。

(今井 純子 解説委員)


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