被害を繰り返さないために何が必要なのでしょうか。
大阪北部地震から、2018年9月18日で3か月です。この地震では、小学校のブロック塀が倒れて女の子が亡くなるなど、塀の倒壊で2人が死亡しました。こうした被害は、1978年の宮城県沖地震で大きな問題になりました。それから40年もたっているにもかかわらず、対策は十分ではありませんでした。
今回は、塀の倒壊、その教訓を生かすには、どうすればよいのか考えます。
解説のポイントです。
▽危険な塀が多い現状を見た上で、
▽対策が取られたはずなのに、なぜ危険な塀があるのか
▽再び被害を出さないために何が必要なのか、みていきます。
大阪北部地震では、大阪、高槻市の小学校のブロック塀が倒れて、小学4年生の女の子が亡くなりました。また、石積みの塀が倒壊した現場では80歳の男性が死亡しました。
このうち小学校のプールに設置されていたブロック塀が倒れたケースでは、「控え壁」という塀を支える壁がなかったことや、高さが基準より高かったこと、鉄筋の配置に問題があったことなどが、倒壊につながったと見られています。
そのあと、塀の問題はこの小学校に限ったものではないことも明らかになりました。
各地の学校で塀の調査が行われました。文部科学省が全国の幼稚園から高校までの公立の学校を調べたところ、塀のある学校のおよそ70%で安全性の問題が見つかりました。
公立の学校でこれだけみつかったことから、一般の住宅なども含めると危険な塀は全国に数多くあると見られていますが、その実態はわかっていません。
なぜ、危険な塀が多いのでしょうか。
ひとつに、今ある「既存」の塀の、点検や改修・撤去が進んでいないことが上げられます。
個人が自宅の塀の改修や撤去などをする際に、自治体が補助する制度があります。この制度は、宮城県や静岡県などで積極的に活用されていますが、地域によるばらつきがあります。
たとえば、今回被害のあった大阪府によりますと、府内のほとんどの市町村がこの補助制度を導入していなかったということです。その理由について、一部の自治体からは、「住宅の耐震化を重点的に進めていた一方で、ブロック塀は後回しにしていた」といった声が聞かれます。
確かに住宅の耐震化は大切です。しかし、40年前からの指摘をいつまで後回しにするというのでしょうか。塀の安全性を重要視していなかったといわざるを得ない自治体が少なからずあるのです。
同じようと取り組み意識の問題は個人についてもいえます。
塀の管理は、所有者などが行うのが基本です。しかし、そもそも塀の危険性に対する関心がなければ点検もしません。補助制度があるといっても、一定の費用は個人負担になります。こうしたことが撤去や改修が進まない背景にあると見られます。
一方、「新設」の塀にも課題があります。
実は、今も新たに作られる塀の中には、法律に違反したものがあると指摘されているのです。建築基準法では、安全な塀にするために様々な規定をもうけています。しかし、一部には行政による設計の審査が必要なケースでも、この手続きをせずに工事を進めたり、専門的な知識のないまま、法律に適合しない塀をつくったりと、ずさんな設計や工事が少なくないのです。
このように既存、新設、双方に問題があり、危険な塀が一向になくならないのです。
塀の安全を軽視してはいけないことは、過去の災害を見ればわかります。
塀の倒壊が大きな問題になったのは、1978年の宮城県沖地震です。崩れてきたブロック塀と石積みの塀で合わせて15人が死亡しました。阪神・淡路大震災では、亡くなった人の数はわかっていませんが、国内では、大阪北部地震も含めて、少なくとも7つの地震で塀による死者が報告されています。
さらに、塀の倒壊は、直接の死者の数には表れない深刻な状況を引き起こします。
阪神・淡路大震災では「倒壊したブロック塀などで道路がふさがれ、消防活動や救助活動などに重大な支障となった」ことが報告されています。消防車や救急車が思うように道路を走れず、救える命を救えない、防げる被害を防げないという事態をまねいていたのです。
塀の安全性確保は、強く求められているのです。
塀というとブロック塀の被害が注目されますが、石積みの塀の危険性を見逃してはなりません。
ひとつは高さの問題です。
実は、古くは3メートル、ないし2メートルの塀も認められていました。高さが現在の原則1.2メートル以下に改正されたのは1981年です。古い塀の中には高いものが残っていて、これは非常に危険です。
もうひとつは構造です。
石積みは、現在の法律でも鉄筋で補強しなくてよいことになっています。しかし、ひびがあると地震に極めて弱くなり、逃げるまもなく一気に崩壊するという危険な壊れ方をする恐れがあります。
国土交通省は「規定どおりに作れば、ひび割れはほとんど生じない」と説明していますが、石積みの塀の危険性を指摘する専門家は少なくありません。国土交通省は、いまの法律などのルールで、石積みの塀の安全が、10年、20年、それ以上の間、果たして十分確保できるのかどうか検証することが必要だと思います。
下図に示したような既存・新設それぞれに問題がある中で、危険な塀をなくし、再び犠牲者を出さないために、何が必要なのでしょうか。
塀の改修や撤去を進め、設計や工事を適正に行うこと、こうしたことが求められます。
国土交通省は、自治体に改修や撤去の補助制度を導入しやすくし、塀の所有者らには制度の普及啓発を進める、そして新設については、業界団体と適正化を申し合わせるなどして対策を進めるとしています。
しかし、「啓発」や「申し合わせ」といった取り組みで、危険な塀の数を大きく減らせるのでしょうか。
求められているのは、点検や改修・撤去の徹底、そして新たに違法な塀ができない明確な歯止めをつくるといった、これまでにない厳しい対策です。
具体的にどうすればいいのでしょうか。
注目しているのは、宮城県の石巻市の取り組みです。石巻市は、大阪の地震をきっかけに、2018年度中に市内におよそ1万件あるとみられるすべての塀を点検する方針を打ち出しています。ポイントは市側が実態を把握するという点にあります。
自治体がすべての点検をすれば、おのずと点検に基づく改修・撤去が進むことが期待できます。
実態がわかれば、危険な塀が改善されたかどうか追跡調査したり、問題のある塀を繰り返し作った業者を特定して厳しく対応したりすることも可能になると思います。
危険な塀をなくすには、対策を実施し、効果を検証して、対策を見直すということを繰り返す必要があります。しかし、実態がわからなければ効果的な対策も、検証も、見直しもできません。
国や自治体は、実態を把握するため大規模な点検を実施するなど、実効性のある対策に、今度こそ踏み出さなければなりません。
危険な塀の対策は、その数が多いだけに容易ではないでしょう。しかしそれは、長い間、塀の倒壊が繰り返されていたにもかかわらず、教訓を十分生かしてこなかったことの代償でもあります。二度と塀の倒壊による犠牲者を出さないために、40年分の重い反省に立って、対策に取り組むこと。そのことが、いま求められています。
(中村 幸司 解説委員)
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