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「生誕100年 マンデラ氏が訴えたこと」(時論公論)

二村 伸  解説委員

南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の生誕100年を祝う式典が、18日世界各地で開催されました。マンデラ氏は、5年前に95歳で亡くなりましたが、今も世界中の人から尊敬を集めています。「歴史上最も偉大な人物の1人だった」とマンデラ氏を讃えるアメリカのオバマ前大統領は、前日南アフリカで演説し、「恐怖と憎しみの政治が、想像もできなかった速いスピードで進行していると述べたうえで、世界が不確実な時代にあり、ネルソン・マンデラ氏が夢見た寛容な世界と、不安な世界の岐路に立っていると危機感を表明しました。

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式典は日本でも18日夕方都内で開かれ、外交団や南アフリカ関係者が集まって、黒人解放闘争の指導者から大統領として国を率いるまでのマンデラ氏の活動を振りながら生前の功績をしのびました。

アメリカのトランプ大統領が、移民の制限と保護主義的な政策を進め、国内の分断を深めるとともに各国との摩擦が生じるにつれ、人種や宗教の壁を取り払い人々の融和を重視したマンデラ氏の存在がいかに大きかったか、あらためて感じずにいられません。これほどのカリスマ性をもちながら大統領を1期5年つとめたあと自ら身を引いた潔さも、他に例を見ません。差別と戦い自由を得るまでの道のりを振り返り、マンデラ氏の言葉を通じて今の時代のあり方を考えたいと思います。

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マンデラ氏は、1918年7月18日、南アフリカ南部の村に生まれました。ひと握りの白人が国を支配し、人口の8割を占める黒人が国土の1割ほどのやせた土地に追いやられた、アパルトヘイト・人種隔離政策の基礎となった法律が制定されてまもなくのころです。
南アフリカの人種隔離政策はその後さらに強化され、黒人は住む場所だけでなく仕事や教育でも差別され、乗り物やレストランも白人とは別で、選挙権もありませんでした。大学で法律を学んだマンデラ氏は、反アパルトヘイト闘争に身を投じ、1964年、国家反逆罪で終身刑を言い渡されました。

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1990年2月、27年間におよんだ獄中生活にピリオドが打たれました。アパルトヘイトの廃止とマンデラ氏の釈放を求めて国際社会が結束して圧力をかけ続けた成果です。私は釈放の瞬間から20年以上マンデラ氏を取材し続けてきましたが、今も印象に残っているのが釈放翌日のマンデラ氏の記者会見です。

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ケープタウン郊外のツツ大主教の家の庭で行われた記者会見でマンデラ氏は穏やかな表情を見せながら、「白人も同じ国民であり、彼らの貢献には感謝している」として、自らを刑務所に追いやった白人政権への恨みを一切口にしなかったのです。抑圧されてきた黒人による報復を怖れていた白人たちの表情が安堵に変わった瞬間です。

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その4年後、初めて黒人も参加した選挙で、マンデラ氏が率いるANC・アフリカ民族会議が圧勝し、マンデラ氏は大統領に就任しました。350年に及ぶ白人支配に終止符が打たれ、初めて黒人大統領が誕生しました。マンデラ大統領は、白人にも、対立する黒人指導者にも一緒に国づくりに取り組むよう呼びかけました。あらゆる人種や民族が共存する国家「虹の国」の建設をめざしたのです。

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マンデラ氏のもとで生まれ変わった南アフリカは、白人政権時代の国歌=国の歌と、アフリカの黒人解放の歌を1つの国歌とし、敵対しあっていた黒人と白人が一緒に歌うようになりました。国の公用語は11の言語に上り、国旗は様々な人種と民族が一つになって前進する姿をデザイン化し、黒と白の部分は、黒人と白人の平等をあらわしています。虹の国の建設に欠かせないのが国民の融和と共存であり、そのためには過去の罪を許し、和解をすすめることが欠かせないとマンデラ氏は考えたのです。
それから四半世紀たった今、マンデラ氏が追い求めた夢は実現したでしょうか。

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民主化後の南アフリカは、黒人の教育や雇用に力を入れ、企業の幹部への黒人の登用が積極的に進められました。その結果、20年間で企業の黒人幹部は5倍に増え、黒人の富裕層も急増しました。一方で、白人と黒人の収入はいぜん5倍の開きがある上、黒人の失業率は30%前後に上り、黒人間の貧富の格差が拡大しました。政治家の汚職疑惑も後をたたず、「虹の国」はいまだ建設途上です。

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世界に目を向けると状況はさらに深刻化しています。中東のシリアでは、国民同士が7年以上にもわたって血を流しあい、半数以上が住む家を失い、国土は疲弊しています。南アフリカで黒人と白人の衝突が回避されたのとは対称的に、シリアの分断と対立がこれほど深まったことを考えると、リーダーの力がいかに大きいかをうかがわせます。
寛容と多様性を重視してきたヨーロッパも、近年、移民や難民の受け入れに反対する声が高まり、ポピュリズムと排外主義が蔓延しています。
そして、アメリカ。アメリカ・ファーストを掲げるトランプ大統領のもとで内向き志向を強めています。移民の流入を防ぐためにメキシコとの国境の壁の建設を公約に掲げ、イスラム教徒が多い国からの入国を禁止する大統領令を発令、「アメリカは移民キャンプにはならない」として移民を制限し、白人至上主義団体と人種差別に反対する団体の衝突を、「双方に非がある」と述べるなど、少数派を軽視し、不寛容な発言が目立つトランプ大統領は、マンデラ氏と対極の指導者です。

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冒頭紹介したアメリカのオバマ前大統領の演説は、17日に南アフリカ最大の都市ヨハネスブルクで、1万5000人の市民を前に行ったものです。マンデラ氏によって、人権や平等な社会への理解が深まったものの、人種差別は今も存在すると指摘し、「世界はより危険で残忍になっている」、「昨今の政治は真実を否定し、報道の自由が攻撃されている」と、ポピュリズムや独裁政治が勢いを増す現状を憂慮し、マンデラ氏がめざした寛容さと他者への思いやりの重要性を強調しました。
欧米をはじめ世界各地で不寛容さが増し、分断と憎悪の連鎖が続いている今こそ、対話と融和の精神が必要だと思います。

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マンデラ氏は自伝の中で次のように述べています。
「肌の色や信仰の違いから人を憎むように生まれついた人間などいない。
人は憎むことを学ぶのだ。憎むことを学べるなら、愛することを学べるはずだ」
人種や宗教の壁を乗り越え、憎しみと決別するように訴えたマンデラ氏のこの言葉に世界の指導者たちは改めて耳を傾けてほしいと思います。生誕100年は世界にマンデラ氏のメッセージを伝える機会です。誰もが自由で平等な社会を作るために、マンデラ氏の精神を受け継いでいくことが私たち一人ひとりに求められているように思います。

(二村 伸 解説委員)


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