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「参院定数6増 比例特定枠導入~選挙制度改革行方は」(時論公論)

曽我 英弘  解説委員

参議院の定数を6増やす改正公職選挙法が、18日成立しました。
今回の改正により、定数増と合わせて、比例代表に特定枠という、政党の決めた順位に従い、候補者が優先的に当選する仕組みが導入され、来年(2019年)夏の参議院選挙から実施されます。
国会質疑などで浮かび上がった改正の疑問点と、選挙制度改革の行方について考えます。

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改正公職選挙法のポイントです。

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参議院の定数を6増やし248とする。
このうち選挙区で、1票の格差を是正するため埼玉選挙区の定数を2増やす。
一方、格差是正には直接つながらない比例代表でも定数を4増やし、これとあわせて、政党の名簿に、候補者が優先的に当選する特定枠を設けることができるようにする。
この中で、国会質疑で最大の論点となったのが、特定枠の導入です。

特定枠とはどのような制度なのでしょうか。当選者が3人の場合を想定して考えます。

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今の比例代表は、各党が獲得した議席の枠の中で、名簿にある候補者が得た個人名票の多い順に当選する仕組み、いわゆる非拘束名簿式です。
このケースで当選者は5000、4000、3000の票をそれぞれ獲得した候補者です。
これを今回の改正で、政党が候補者にあらかじめ順位を決め、それに従って優先的に当選する特定枠を、その人数を含めて自由に設定できるようにしました。
具体的には、当選は名簿の上位にある特定枠の候補者がまず優先されます。
次に得票順にしたがって5000票を獲得した候補者が当選となります。
この場合、4000票を獲得していた候補者は落選となる一方で、特定枠の候補者2名は、選挙前から当選が事実上保証されていたことになります。

この特定枠について、国会質疑では、制度が複雑で、有権者にわかりにくいといった批判や疑問が野党から相次ぎました。

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具体的には、比例代表に、個人名票が多い順に当選する候補者と、政党の決めた順位に従い優先的に当選する特定枠の候補者という、2種類の候補者が混在することになるという点。
また、特定枠の候補者は、選挙運動を認められていません。それにもかかわらず、有権者の支持を集め大量に得票した候補者が特定枠の後回しにされ、議席を得られないケースが生じるのは、投票価値の平等に反するのではないかという点。
そもそも、仮に、ある政党が候補者の大半を特定枠として扱えば、過去に取りやめた拘束名簿式を事実上復活させることになり、ほかの政党の名簿との間で混乱が生じるといった点などです。

では、比例代表に「特定枠」を設けることに自民党がこだわったのはなぜなのでしょうか。
自民党は、「国政上有為な人材が当選しやすくするため」などと説明していますが、前回2年前(2016年)の参議院選挙で、1票の格差を是正するため、隣接する2つの県を1つの選挙区にする合区が導入された「鳥取・島根」「徳島・高知」の選挙区で、今後は、調整で外れた候補者を、比例代表の特定枠で救済することが想定されています。

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特定枠の活用を明言しているのは、今のところ自民党だけですが、選挙管理委員会やこれを活用する政党は、制度の周知を徹底し、有権者が投票の際、混乱することを避ける努力が求められます。

国会質疑では、定数を増やすことへの疑問も出されました。
それでも自民党がこだわったのには、2つ理由があげられます。
まず、選挙区での定数2増について。

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参議院は、3年ごとに半数が改選されるため次の選挙から埼玉選挙区の定数が1増えます。
これにより1票の格差が、3倍をわずかに下回り、ことし(2018年)1月1日現在の住民基本台帳をもとにNHKが試算したところ、1票の格差は2.949倍となります。
この3倍を切る数字は、最高裁判所が去年(2017年9月)、1票の格差が最大3.08倍だった前回2016年の参議院選挙を合憲と判断したこともあり、定数増の是非は別として、違憲もしくは違憲状態という司法判断を避けるうえで、最低限の条件をクリアしたといえるのかもしれません。

一方で、比例代表の定数をあえて4増やす理由は何が考えられるのでしょうか。
比例代表は、選挙区と異なり、定数を増やそうが減らそうが、1票の格差是正には直接つながりません。
考えてみれば、合区によって、比例代表にまわった候補者が、特定枠によって優先的に当選することになれば、割を食うのは、特定枠の恩恵にあずかれない党内の他の候補者です。

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このため、合区で比例代表にまわる候補者と同じ数だけ、定数を増やすことを自民党は提案したのではないか。
今回の改正が、来年(2019年)改選を迎える現職がいる自民党による党利党略だと野党側が指摘する所以はここにあります。

参議院で定数が増えるのは、沖縄の本土復帰に向け、1970年(昭和45年)に選挙区が新設され、定数を2つ増したのを除くと戦後初となります。
消費増税の予定を来年(2019年)10月に控え、いわゆる「身を切る改革」の流れに
逆行する今回の改正に国民の理解を得るには、今後も十分な説明が必要でしょう。

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ここまでは、今回の改正の問題点、疑問点を見てきました。
では、選挙制度の抜本改革の行方はどうなるのでしょうか。
1票の格差是正に向けて、参議院が手をこまねいていたわけでは必ずしもありません。

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最近では、2010年(平成22年)の参議院選挙での1票の格差について、2012年に最高裁判所が「違憲状態」と判断し、都道府県単位の区割りの見直しを求めたのをきっかけに、選挙区の定数を「4増4減」したのに続き、2014年(平成26年)に再び「違憲状態」とされたのを受けて、翌年(2015年・平成27年)には合区を2か所に導入するなど「10増10減」を行いました。
そして、その際、抜本改革については、2019年(平成31年)、つまり来年の参議院選挙までに「『必ず』結論を得る」と法律の付則に明記して、国民に約束したのです。
しかし、各党の利害や思惑の違いから結論がまとまらず、自民党は、残された時間が少なくなる中で、先月、改正案の国会提出に踏み切ったという経緯があります。

しかし、改正案の国会での質疑時間は、当事者の参議院において、特別委員会でわずか6時間あまり。野党が提出した3つの対案は、採決さえされませんでした。
これで議論は尽くされたと果たしていえるのでしょうか。
今回、伊達参議院議長は、各党に対し、対案を提出して審議に入るよう求めるにとどまりましたが、過去の選挙制度の議論では、衆参議長が調停や斡旋の努力をしてきた経緯を考えると、疑問が残ります。

安倍総理大臣も先月(6月)の党首討論で、今回は臨時的な措置と認めているとおり、抜本改革を先送りし、選挙区の定数を一部調整することで、1票の格差是正を図ろうというのは無理があるのは明らかです。
言うまでもなく、選挙制度は、民主主義の土台であり、根幹です。
国会の会期末直前に法案が提出され、各党の合意形成が図られないまま、制度を変更することが果たして妥当なのか。
そもそも、二院制を採用する日本において、衆参ともに、選挙区と比例代表が併存するという、似たような選挙制度を採用することの是非をどう考えるのか。
参議院のあるべき姿や役割とは何なのか、各党各会派が真剣に議論したうえで、選挙制度の抜本改革に向け、早急に結論を得ることが求められていると思います。

(曽我 英弘 解説委員)


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