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「議論呼ぶ医療費抑制策~骨太の方針への注文」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

政府の経済財政運営と改革の基本方針を示すため、毎年この時期にまとめられるいわゆる「骨太の方針」。今年の方針には、今後一段と進む高齢化や医療の高度化を踏まえた総合的な政策の必要性が書き込まれる見通しです。あらたに議論が始まった患者の医療費負担の議論を中心に、財政健全化に向けた課題について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは3つです。
1)    財政健全化新目標の課題
2)    医療費の政府負担をどう抑える
3)    財政規律を緩めるな
です。
まず財政健全化目標についてです。
政府の予算は、毎年歳出が税収を大幅に上回る状況が続いています。足りないお金は国債を発行して、つまり借金をして補ってきましたが、その借金の総額は、今年度末には883兆円に達する見通しです。このため、政府は、歳出の伸びを抑え、税収を増やすことで、歳入から歳出をひいた基礎的財政収支を黒字にし、これ以上借金が膨らまないようにしたいと考えています。

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安倍政権は、当初この目標を2020年度までに達成するとしていました。2025年にはいわゆるすべての団塊の世代が75歳以上の高齢者となり、歳出圧力が一段と膨らむ。その前に少しでも財政を健全化しておこうという「待ったなし」の目標のはずでした。しかし来年10月に予定される消費税増税分の使い途を変更したことで、目標の達成は難しくなりました。今年の骨太の方針で、その新たな目標が示されますが、NHKの取材では、新たな目標は5年後ずれして2025年度となる見通しです。

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この基礎的財政収支の目標。最初に掲げられた達成目標の時期は2011年度とされていました。つまり2025年度というのは、5年遅れというよりも、14年も遅れたということなのです。基礎的財政収支の赤字が続けば、それだけ毎年数兆円単位で政府の借金が積み重なっていきます。
「2025年度に」ではなく、「遅くとも2025年度までに」を目標として、財政健全化の取り組みを強めていってもらいたいと思います。

さて、財政健全化に向けては、一般歳出の3分の1を占める社会保障費の伸びをどう抑えるが重要な課題です。とりわけ高齢化に伴って大幅な増加が見込まれるのは医療費です。

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今年度には39兆2000億円だった医療費は、2025年には、47兆4000億円に達します。さらに65歳以上の高齢者が4000万人近くとピークに達する2040年には、68兆5000億円に達するものとみられています。
医療費が増加する背景には、高齢者人口の増加に加えて、医療の高度化による医療費の値上がりに加え、高額療養費制度の存在があります。

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この制度は、医療費の自己負担が過重なものとならないよう、一定の限度額を超えた場合には、保険料や国や自治体といった公費から支払われる制度です。限度額は所得に応じて決められています。

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例えば年収が約370万円から770万円の70歳未満の人が、100万円の医療費がかかったとします。本来であれば、本人の負担は3割で30万円になりますが、高額療養費制度のおかげで、自己負担の上限は87000円程度ですみ、残りの90万円あまりは保険や公費によってまかなわれます。自己負担が3割ときくと、残り7割が保険料や公費による負担と思われがちですが、実際にはこの高額療養費制度があるために、医療費全体の実に85%が公費や保険料によってまかなわれているのです。

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こちらの図は、過去10年間、公費や保険料、自己負担がどう増えてきたかを示したものです。患者の自己負担分の増加が10年で10%前後なのに対して、公費による負担は40%近く増えています。それだけ財政の負担が増しているのです。その一方で、医療費の負担を税金や保険料で支える現役世代は年々減っていきます。このため、このままではいまの医療保険制度を維持できないという懸念が強まっています。 

医療費の抑制については、これまでも、診療報酬や公定薬価など、医療にかかるコストの伸びを抑える取り組みが行われてきましたが、最近、政府や与党の間では、こうした取り組みを続けることに加えて、これまでにない発想での議論が始まっています。医療コストが大幅に値上がりする分の一部を、医療サービスを受ける患者にも負担してもらおうというものです。
具体的にいうと、いずれもまだアイデア段階に過ぎませんが、例えば①今後とくに医療費の増大が見込まれる後期高齢者の自己負担比率に1%を上乗せする、②すべての世代について、医者にかかるごとに数円から数十円の定額を支払ってもらう、③公費負担の大きな要因となっている高額療養費制度の支払いの限度額を引き上げる、などが検討の候補にあがっています。しかしこうした案については、様々な批判の声も聞こえてきます。

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ひとつは、患者が所得にかかわらず一定の額を支払うとなれば、収入の低い人ほど負担を重く感じる、いわゆる逆進性が強まるというものです。政府はすでに医療費について患者の収入に応じて自ら支払う額を調整する制度を一部で導入しています。新たな患者の負担を一律に増やすより前に、こうした負担の仕組みを徹底していくことがまず求められています。
また、患者の金銭的な負担が増えると、体の具合が悪くても医療機関にいくのをためらい、診断が遅れる。その結果病気が重篤なものとなって、かえって医療費の増大につながると懸念する声も聴きます。こうした事態を招かないように、一定の診断がつくまでは新たな負担を求めないなど、いつの時点でどの程度の負担を求めるのか、国民の声もききながら慎重な議論を求めたいと思います。

最後に、今年の骨太の方針をめぐって、財政規律のゆるみを疑いたくなることがあります。
政府は今年度までの3年間の予算編成で、高齢者の増加や医療の高度化などに伴う社会保障費の増加分=いわゆる自然増について、本来であれば6300億円程度にのぼるところを、5000億円程度に抑えこむという数値目標をつくって、歳出抑制に努めました。来年度からの3年間については、75歳以上の後期高齢者が増えるペースが鈍ることから、その分歳出圧力はやわらぐ見通しです。そこで、社会保障費の伸びについても、去年を超える目標をかかげて一段の予算の効率化にとりくむよう期待したいところでした。しかし、来年度からの3年間については、これまでのような数値目標は立てず、「高齢化による増加分に相当する水準におさめる」という文言だけが書き込まれる見通しです。財政健全化への取り組みが弱まった印象はいなめません。

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2040年には190兆円にものぼると見込まれる社会保障費の財源をどう確保していくのか。すでに巨額の財政赤字を抱えるなかで、さらなる借金を積み重ねるのか、あるいは、増税をしたり保険料を引き上げたりして財源を確保していくのか。それとも国民が個々のサービスの対価として支払う負担を増やすのか。そうでなければ、いよいよ従来通りの給付をあきらめる=つまり、給付の削減に踏み込んでいくことになるのか。
骨太の方針は、来月半ばに向けて最終盤の議論が行われますが、「骨太」と名のつくからには、こうした私たちが将来ぶち当たる課題にどうたちむかってゆくべきかを示す長期的なビジョンを提示してもらいたいと思います。

(神子田  章博 解説委員)



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