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「憲法71年 改正議論と国民投票」(時論公論)

安達 宜正  解説委員 清永 聡  解説委員

日本国憲法は施行から71年を迎えました。
憲法は改正をめぐる議論が続いていますが、最終的には私たちの国民投票で決まります。この国民投票の制度について、今課題が指摘され、見直しを求める声も出ています。憲法をめぐる議論の現状と、国民投票の課題についてお伝えします。

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【安倍総理の発言と4項目の考え方】
(清永)
5月3日の憲法記念日には、憲法を守る立場や、改正を求める立場の人たちによる集会が、全国各地で開かれました。今年の憲法記念日、安達さんはどのようにとらえていますか?

(安達)
憲法改正が初めて具体的な政治課題となりつつある。そういう中で迎えた憲法記念日だと思います。安倍総理は3日、改憲派の集会にメッセージを寄せ、「この1年間で憲法改正論議は大いに活性化した」と述べました。2020年までに改正憲法施行を目指すとした、みずからの去年の発言がそのきっかけになったということでしょう。確かに自民党は3月の党大会で安倍総理が提起した4項目の考え方をまとめ、国会の憲法審査会に示したいとしています。

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(清永)
その4項目とは憲法9条への自衛隊明記、教育の無償化、緊急事態対応、参議院の選挙区の合区解消。この4つですね。

(安達)
そうです。焦点は9条です。自民党では第2項の戦力の不保持、交戦権の否認を維持するかどうか議論が分かれました。結局、1項の戦争放棄とともに2項も維持。自衛隊を存在明記するという方向となりました。ただ、国会の現状は森友学園や加計学園の問題などで与野党が対立。野党からは議論を行う環境ではないという指摘があります。

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一方で憲法改正の国民投票法をめぐり、制度の見直しが必要ではないかという議論が与野党から出始めました。この法律は2007年、第1次安倍内閣で成立。憲法改正は衆参両院で総議員の3分の2以上の賛成で発議、国民投票に付されますが、国民には制度そのものの理解が広がっていないという指摘があるからです。

【国民の意識は】
(清永)
国民投票と言ってもなかなかイメージがつかみにくいと思います。今年市民グループが行った模擬の国民投票では、9条をテーマに議論した上で、改正案に対し、参加者が賛成か、反対かに○をつけて投票しました。こうした光景は選挙と似ています。
しかし、投票までのルールは、選挙と大きく異なります。

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憲法改正の発議から投票日までは60日から最大で180日あります。これが国民投票の運動の期間ということになります。選挙では認められない戸別訪問も可能です。組織による多数の買収は禁じられていますが、個人から個人への買収を禁止する規定はありません。ポスターの枚数、街宣車の台数も制限はありません。運動費用にも上限はありません。こうした運動が最大でおよそ半年続くこともあり得るのです。

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こちらは4月に行われたNHKの世論調査です。「国民投票について、進め方など具体的な制度をどの程度知っているか」聞きました。まったく知らない、あるいはあまり知らないという回答は、合わせて59%。6割近くがよく知らないと答えました。国民投票に対する理解が十分に広がっていないことを裏付けています。

(安達)
それに加え、国会では現行の制度そのものに不備があり、見直しが必要という議論があります。論点は2つです。

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1つは成立から10年以上たち、仕組みが時代にあわなくなっているという指摘です。例えば、国政選挙や地方選挙では認められている、駅やショッピングセンターなどへの共通投票所の設置や、航海実習中の学生の洋上投票。こうした制度を国民投票は想定していません。もう1つは国会の法案審議の段階からの継続議論です。例えば、テレビやラジオのCMなどの有料広告。現行法では国民投票の15日前まで原則、自由ですが、それでは資金があるかないかで、投票結果が左右されるという指摘があります。

【課題1:有料広告】
(清永)
本来、国民投票の運動期間は、改正案に賛成か反対か、多様な意見に耳を傾け、自分の考えをじっくりと深める期間のはずです。
しかし、資金があれば、朝から晩までテレビでもネットでもずっと広告を流し続けることも可能になります。専門家からは「運動期間中、憲法改正案に関するCMは禁止すべきだ」とか「何らかの上限が必要だ」という意見もあります。
特に、短時間のイメージやフレーズの繰り返しばかりが強調され、十分な議論や検討が妨げられないようにする必要があります。

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安達さん、海外では広告の制限は、どうなっているのでしょうか。

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(安達)
国民投票や住民投票制度を見てみますと、テレビなどの有料広告をアメリカやカナダなどでは認められますが、イギリスやフランスでは禁止や規制、制限されています。運動の自由と公平性のバランスをどう考えるか、国によって考え方が違うのかもしれません。

【課題2:最低投票率】
(安達)
もう1つ、国会審議の段階からの継続議論に最低投票率導入の是非があります。
例えば国民投票の投票率が前回の衆議院選挙並みの53%超だった場合、その過半数の賛成を得たとしても、有権者全体の30%以下の賛成しか得られていない可能性があります。これで最高法規・憲法を改正していいのかどうかという議論です。最低投票率を導入するか、あるいは有権者の一定割合の賛成を成立の条件とすべきという意見もあります。

【課題3:公務員と教員の規制】
(清永)
他にも課題があります。国民投票では、公務員と教師は、その地位を利用した運動が禁止されています。例えば先生が「賛成、あるいは反対に投票しないと単位をあげない」などとほのめかすことがこれに該当します。一方で「自分は反対だ、あるいは賛成だ」と言うだけなら、該当しないとしています。

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ただ教育に関わる研究者からは「禁止の条項にあたるのではと懸念して教育現場が萎縮し、憲法を取り上げにくくなる」という意見もあります。国民投票は高校生の一部や大学生も行います。教育現場で憲法を考える機会を奪うことがないよう、十分な配慮が求められます。

【国民の意思を適正に反映できる制度を】
(清永)
ここまでいくつが課題や懸念される点を見てきました。国民投票法について詳しい、慶応大学元講師の南部義典さんは、現状をこう例えています。レールや保守点検が不十分なのに、国会では列車の車両をどう改造するかばかり話し合っています。ホームには国民がいるのですが、そこまで、たどり着けるのでしょうか。
国民投票の運動は、自由な議論が前提となっています。しかし、結果として公正さを損なうことがないよう、制度の見直しを求める声も上がっています。

(安達)
憲法改正論議よりも、国民投票法の改正を優先させるべきだという声は立憲民主党などの野党側や、与党でも改憲慎重な公明党に強く、自民党主導の憲法改正議論をけん制しようという思惑があることも確かです。このため、自民党側からは国民投票制度の見直しを議論するとしても、改憲論議は改憲論議として前に進めるべきという声があります。しかし、憲法は国の最高法規であり、国のあり方を決める法律です。だからこそ、それを改正するかどうかの投票に至る過程で国民から少しでも疑義が出されてはならないと思います。制度に不備があるとすれば、その議論を優先させるという議論もありうると思います。

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(清永)
日本国憲法の原則の1つは国民主権です。最終的に憲法を変えるかどうかを決定する権限を持つのは、主権者である私たちです。国民投票では、その私たち一人一人の考え方が、問われることになります。
それだけに、憲法への理解を深め、有意義な議論を重ねて、国民の意思が適正に反映される。まずは、そうした制度を実現してほしいと思います。

(安達 宜正 解説委員 / 清永 聡 解説委員)


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