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「土俵の『女人禁制』再検討へ」(時論公論)

刈屋 富士雄  解説委員

土俵の「女人禁制」については、戦後大相撲の歩みの中で度々議論の対象となってきました。先週終わった春巡業の中で、この問題が大きな社会的関心事として浮かび上がったことを受けて、相撲協会は臨時理事会を開き、今後検討を進めていくことを表明ました。相撲協会は、4年前に公益法人に移行して以来、初めてこの問題について検討し見解を示すことになりますが、税制上の優遇措置を受ける公益法人として、男女平等の原則は無視できません。
この問題について、考えてみたいと思います。

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公益法人に移行する前、大相撲の土俵に女性を上げない伝統について、これまでの歴代の理事長や理事は、主に3つの理由を挙げてきました。

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①    相撲は元々「神事」を起源としていること。
②    大相撲の伝統文化を守りたいという強い思い。
③    土俵は力士たちにとって、男が上がる神聖な戦いの場、鍛錬の場であること。

神事と言うのは、広く五穀豊穣を願う庶民信仰なども取り入れて形成された伝統文化という意味合いが強く、「女性を不浄と見ていた昔の考え方を女人禁制の根拠としている」という解釈は、全くの誤解であると八角理事長は説明しています。

昭和53年に、当時の労働省の森山婦人少年局長から、この問題について尋ねられた当時の伊勢ノ海理事は「けっして女性差別ではありません。大変な誤解です。土俵は力士にとって神聖な戦いの場、鍛錬の場です。裸にまわしを締めて土俵に上がる大相撲の力士は、男しかなれないので、男しか土俵に上がることがありませんでした。そうした大相撲の伝統を守りたいのです。」と説明しました。

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又、平成2年女性初の内閣官房長官となった森山長官は、土俵上で優勝力士に総理大臣杯を渡すことを希望しましたが、相撲協会は断りました。

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当時の出羽海理事は、「女性が不浄だなんて思ってもいません。土俵は力士が命をかける場所だということです。」と答えています。

今回八角理事長も、「土俵は、男が必死に戦う場であり、その結果として女性が土俵に上がることはないという慣わしが受け継がれてきたように思います。それが江戸の大相撲以来の伝統として先人から教え込まれてきました。」と説明しています。

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この相撲協会のこれまでの見解を踏まえた上で、春巡業で問題となった件を振り返ってみます。

①    京都府舞鶴市の巡業で、土俵上で倒れた市長の救命のため駆けつけた女性の看護師たちに対して「女性の方は土俵から下りてください」と場内アナウンスで繰り返した件です。
この問題については、「女人禁制」問題以前の問題と相撲協会も認識しています。
すぐに不適切なアナウンスとして謝罪し、「緊急時、非常時は例外であり、人の命にかかわる状況は例外中の例外。命にかかわる状況で的確に対応できなかったことを、
協会員一同深く反省し、改めてまいります。」とコメントを出しました。

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②    宝塚市、静岡市の巡業で、ちびっこ相撲への女子の参加を認めなかった件です。
この件は、相撲協会も「土俵に女性を上げない伝統」とは、別という認識でした。
以前は男子に限っていたちびっこ相撲、平成24年の巡業の際に女子参加の要望が複数寄せられ、当時の北の湖理事長が「ちびっこ相撲は、土俵の伝統とは別」という見解を示し女子児童の参加が始まりました。

ところが年々参加者が増え、今度は女子児童への怪我の心配の声が寄せられ、又力士たちも女子児童との相撲、つまり女の子と相撲を取ることへの戸惑いの声もあがったため、去年の秋に、女子は遠慮してもらおうと言うことになりました。

しかしここでの問題は、この点についてしっかりと議論していないことと、参加者やファンにその経緯や理由をしっかり説明していないことです。
その結果この件が女人禁制と結びつけて批判を受けることとなりました。

相撲協会は、ちびっこ相撲をいったん中止し、そのやり方を女子の参加も含めて再検討に入りました。

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最後は、宝塚市の巡業で、女性市長に土俵下からの挨拶を求めた件です。
これは市長への説明が、不足していました。
八角理事長も「あいさつや表彰などのセレモニーで、女性を土俵に上げないのはなぜなのか、協会が公益法人となった今、その理由を改めて説明する責任があると考えます。」と談話を出しました。

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この問題について、東海大学が平成16年から3年間かけて大相撲の土俵の「女人禁制」に関する意識調査を行いました。主に本場所を訪れたファンを対象にした調査ですが、土俵の「女人禁制」に反対しないと答えた人は、どの年も6割以上だったということです。しかし、この調査から10年がたっています。八角理事長は再度調査を行い、広くファンの声に耳を傾けながら検討したいとしています。

この問題のポイントは、2つあります。

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①    女性差別と思われない事。
②    親方衆の総意で、納得できる説明が出来るかどうか。

これまで、相撲協会は女性を土俵に上げないことを「伝統」として来ましたが、その「伝統」が、女性差別と度々批判されて来ました。
税制上の優遇措置を受ける公益法人に移行した限りは、男女平等の原則をクリアーしなければいけません。

私が大相撲中継を始めた32年前、故事来歴に詳しい第28代木村庄之助の後藤悟さんが、土俵の女人禁制についてこう教えてくれました。

「命がけで稽古に励む力士にとって、女性は最大の邪念。それを振り払っているうちに女性を土俵に近づけなくなって、男だけの世界になったんだよ。それが上手く説明できないから、女性の神様が嫉妬して怪我をさせるとか、いろんな説が出てきたんじゃないかな。」と。

私もその色々な説を検討してみましたが、今の時代で土俵を「女人禁制」にする合理的な理由は見つかりませんでした。
一方男性と女性と分けるのではなく、力士・行司など勝負にかかわる大相撲関係者とそれ以外の人は明確に分けることが出来ます。
この視点で検討するのか、あるいは合理的な説明は出来なくても伝統文化の継承として押し切るのか、議論の方向は二つだと思います。

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前者の視点で検討した場合、土俵によって分ける考え方もあります。

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土俵には、稽古場の土俵、本場所の土俵、巡業や公演などのいわゆる花相撲の土俵があります。
若い親方衆の中には、巡業や花相撲の土俵には女性を解禁してもいいのではという声もあります。

又、一つの例として、土俵を神事が行われたかどうかで分ける考え方もあります。
稽古場の土俵は、部屋開設の折、土俵開きの神事を行います。
本場所の土俵は、初日の前の日に土俵祭りを執り行い神様を向かえます。
そして千秋楽の表彰式の後に神送りの儀式で神様を天に送ります。

その考えに従えば、本場所の土俵には、大相撲関係者しか上がれませんので、表彰はすべて土俵下で行うか、それとも表彰の前に神送りの儀式を執り行い、その後で表彰する人を土俵上に迎え入れるかです。

もちろん、土俵はすべて区別せず、これまで通り、伝統文化として理解を求めるという意見も親方衆の中には多数あると思います。

女性を土俵に上げないという伝統を、変えるのか、変えないのか、一部変えるのか。公益法人となった今、この議論には大きな責任がともないます。
場合によっては、伝統をとるか、公益法人をとるかの問題にもなりかねません。

江戸の昔から、大相撲の未来に責任をもてるのは、力士を経験した親方衆だけだといわれています。

最終的な判断は親方衆の総意で決まるとしても、ファンの声や有識者の意見に幅広く耳を傾けたうえで、理解が得られる説明をして欲しいと思います。
それが伝統を継承する者の責任です。

(刈屋 富士雄 解説委員)


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