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「南北首脳会談 成果と課題」(時論公論)

出石 直  解説委員
西川 吉郎 解説委員長

(西川 吉郎 解説委員長)
韓国のムン・ジェイン大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン委員長は、きょう(27日)、軍事境界線のあるパンムンジョムの韓国側の施設で会談し、完全な非核化を共通の目標とし、積極的に努力することで合意しました。今夜の時論公論は、ソウル郊外にあるプレスセンターで取材している出石 直(いでいし・ただし)解説委員と中継で結んでお伝えします。

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Q1、(西川)出石さん。まずそちらの様子を聞かせて下さい。

A1、(出石)韓国政府がソウル市郊外の国際展示場に設置したプレスセンターです。夫人も交えた晩さん会も終わり、キム委員長は既にピョンヤンに向けて出発しています。ムン・ジェイン大統領もすでにパンムンジョムを離れています。
すべての行事が終わってプレスセンターは閑散としていますが、会談中はおよそ1000人の取材陣が大型のテレビモニターを通して今回の歴史的なイベントの様子を見守っていました。私は前回、2007年の南北首脳会談も現地で取材しましたが、今回は特に海外からのメディアが非常に多いのが目立ちました。国際的な関心の高さが伺えます。

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【会談の成果は】
Q2、(西川)10年半ぶり3回目の南北首脳会談でしたが、今回の会談の成果をどう評価しますか?

A2、(出石)両首脳が署名した共同宣言には、非核化が南北の共通の目標であることが明記されました。キム委員長自身はカメラの前では「非核化」と言う言葉は一切口にしませんでしたが、核開発を政策目標に掲げ核実験や弾道ミサイルの発射を繰り返してきた北朝鮮が、首脳会談という正式な場で非核化と言う目標に向かって努力すると宣言したことは、一定の評価に値すると思います。

ただ、核のない朝鮮半島を目指すというのは、2005年の6か国協議の共同声明や2007年の前回の南北首脳会談の共同宣言にも盛り込まれていたものです。これ自体は目新しいものではありません。今回も、非核化はあくまで努力目標という位置づけで、具体的にどのような手順で、いつまでに行うのか、完全に核を放棄したことを、誰がどうやって確認するのか、といった点については、一切、触れられていません。

Q3、(西川)非核化については、単なる努力目標に留まってしまったということなのでしょうか。

A3、(出石)共同宣言を読む限りではそのような心配もありますが、今回の南北首脳会談がこれまでと大きく異なるのは、この後に実現すれば市場初めてとなるトランプ大統領との米朝首脳会談が控えていることです。きょうの共同宣言には書かれていない、あるいはまだ書き込めない突っ込んだやりとりがあったのではないでしょうか。

実は、共同宣言の発表に先立って興味深い場面がありました。軍事境界線の近くを散策していた両首脳がベンチに腰を下ろし、随行員や報道陣も遠ざけておよそ30分にわたって2人きりで話し込んだのです。報道陣の前では笑顔を絶やさなかったキム委員長ですが、この時は、諭すように語りかけるムン大統領の話に、真剣な表情で、時折、うなずきながら聞き入っていました。親子ほどに歳の離れた両首脳の表情からは、初対面とは思えない腹を割ったやりとりが交わされていたように見受けられました。トランプ大統領との首脳会談に向けて、2人だけで、かなり踏み込んだ意見交換が行われていたのではないかと推測します。

Q4、(西川)踏み込んだやりとりというのは、具体的にどんなものだったのでしょうか?

A4、(出石)これはあくまで推測の域を出ませんが、きょう発表された共同宣言の中にヒントが隠されているように思います。「朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に転換するために、南北とアメリカの3者、あるいはこれに中国を加えた4者による会談を推進する」というくだりです。北朝鮮は、体制の保証、つまりアメリカが北朝鮮を攻撃したり、体制の転覆を目指したりしないことを強く求めています。キム委員長はきょうの首脳会談でも「平和と繁栄」という言葉を何度も口にしました。これも体制の保証を意識した発言だと思います。

今回の首脳会談に先立ってピョンヤンでも大きな動きがありました。先週、ピョンヤンで開かれた朝鮮労働党の中央委員会総会で、核開発と経済建設を同時並行的に進めるという「並進路線」を事実上修正し、今後は経済建設に集中するという新たな路線が打ち出されたのです。経済を立て直すためには制裁の解除が不可欠です。軍事的な脅威がなくなって経済が良くなるのであれば、北朝鮮が体制の保証と引き換えに、後戻りしない完全な非核化に応じてくる可能性はゼロではないと考えます。

Q5、(西川)しかしトランプ大統領が、「非核化に向けて努力する」という表明だけで、体制の保証や制裁の解除に応じるとは到底思えませんが。

A5、(出石)その通りです。単なる口約束や努力目標だけでは首脳会談にも応じない可能性が高いと思います。そのことはキム委員長もムン・ジェイン大統領も十分わかっているはずです。今回の南北の首脳会談は、米朝首脳会談の地ならしという意味合いもありました。キム委員長が、トランプ大統領を納得させるだけのさらなる決断ができるかどうかが、今後の焦点だと思います。

【拉致問題】
Q6、(西川)ムン・ジェイン大統領は日本人の拉致問題についても会談で取り上げるといっていました。これについてはどうなったのでしょうか。

A6、(出石)少なくとも共同宣言ではまったく言及がありませんでした。韓国政府の発表でも「会談で拉致問題が取り上げられたかどうかは確認できない」としています。拉致問題については、米朝の首脳会談でも議題として取り上げられることになっていますが、こうした人権問題は、北朝鮮にとってはキム委員長を含む最高指導部の責任に関わってくるだけに、北朝鮮側がどこまで協議に応じてくるかは不透明です。拉致問題については、韓国やアメリカ任せにするのではなく、日本政府が北朝鮮に直接解決を求めていくという積極的な姿勢が必要だと思います。

Q7、(西川)韓国、北朝鮮ともに今回の会談の成果を強調していますが、今後の課題は何でしょうか?

A7、(出石)「完全な非核化という共通の目標に向けて努力する」という今回の合意を、言葉だけの約束に終わらせないこと、そして着実にスピード感をもって非核化を進めていくことが重要だと思います。過去の失敗を繰り返してはなりません。北朝鮮が非核化に向けた具体的な行動を示すまでは、制裁を緩めず圧力をかけ続けていくことが重要です。

同時に心しておかねばならないのは、核兵器も戦争もない平和な朝鮮半島を実現するには、もしかしたらこれが最後のチャンスになるかも知れないということです。少なくとも北朝鮮が、これまでの挑発的で頑なな姿勢を改め、国際社会との対話、共存に応じてきたのは大きな変化です。この機会を捉えて、核問題、弾道ミサイルの問題、そして拉致問題の解決に向けて、国際社会の力を結集することが重要だと思います。

【まとめ】
(西川)きょうの首脳会談は長い道のりのスタート地点に過ぎないのかも知れません。この後、6月上旬までには米朝首脳会談が予定されています。
さらにその後には中国の習近平国家主席のピョンヤン訪問があるのではないかと取り沙汰されています。今回の首脳会談では、ムン・ジェイン大統領が今年の秋にピョンヤンを訪問することも決まりました。北朝鮮との首脳外交を通じて、北朝鮮の非核化の約束を口約束だけに終わらせない、着実に実行に移すことが何よりも重要だと思います。当面は、米朝首脳会談で具体的な成果が出せるかどうかが焦点です。
この時間は、南北首脳会談の成果と課題について、ソウル郊外のプレスセンターで取材にあたっている出石 直(いでいし・ただし)解説委員と中継で結んでお伝えしました。

(西川 吉郎 解説委員長)
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