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「イラク『日報』問題 深まる疑惑」(時論公論)

増田 剛  解説委員

防衛省が「存在しない」としてきた、自衛隊のイラク派遣部隊の活動記録・日報。この日報が、去年3月に見つかっていたのに、1年以上、大臣に報告されなかった問題は、防衛省・自衛隊の文書管理へのずさんな対応を浮き彫りにしました。組織的な隠ぺいだった疑いもあり、安倍総理大臣も「文民統制に関わりかねない重大な問題で、極めて遺憾だ。国民に深くおわびしたい」と陳謝しました。
防衛省・自衛隊への信頼を再び揺るがしている、この日報問題について考えます。

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解説のポイントです。
今回、問題が発覚するに至った経過を検証した上で、これまでの国会審議を通じて浮上している疑問、隠ぺいは組織的だったのか、文民統制は機能しているのか、政治への忖度はあったのかを中心に、問題を考えます。

これまでに判明している問題の経過です。

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発端は、去年の2月20日。野党の国会議員が、陸上自衛隊の南スーダンPKO部隊の日報が、「破棄した」とされていたにも関わらず、見つかった問題について国会で追及した際、イラク派遣部隊の日報も残っているのではないかと質しました。当時の稲田防衛大臣は、「確認したが、見つけることはできなかった」「残っていないことを確認している」と答弁。しかし、稲田氏は、2日後の22日、事務方に日報の探索を改めて指示します。「ない」と答弁した後に「探せ」というのも、後先の順番が逆ではないかという印象を拭えませんし、この「指示」というのも、稲田氏が打ち合わせで「イラクの日報は本当にないのか」と発言したのを、防衛省の幹部が「指示」と受け取ったものです。しかも、周知はメールで行われ、内容も曖昧でした。
いずれにせよ、この時、陸自の研究本部の探索が行われますが、研究本部は、3月10日、一旦「保管していない」と回答しました。

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その一方で、3月中旬、南スーダンの日報が、陸自内部で隠ぺいされていた疑いが強まり、稲田氏は、特別防衛監察の実施を指示します。この特別防衛監察の過程で、改めて研究本部の探索が行われ、3月27日、イラクの日報が見つかりました。
この日報は、平成16年から18年にかけての派遣期間中の408日分、1万4千ページに上ります。部隊の活動状況や現地の治安情勢が詳細に記載され、今後の教育訓練や海外派遣の参考になるものです。そもそも保管しておくのが、当然でしょう。
去年3月27日の時点で、研究本部の教訓課長以下数人が、日報の存在を把握したとされています。しかし、当時の稲田大臣ら政務三役に報告は行われず、去年の夏、稲田氏が南スーダン日報問題の責任をとって辞任し、小野寺氏が大臣に就任してからも、事実は伏せられたままでした。

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結局、小野寺大臣が事実を把握し、発表したのは、今月4日。
国会で大臣が「ない」と答弁した文書が、実は保存されていたことが、1年以上、大臣に報告されずに放置されていたのです。
小野寺氏は「重大な情報がなぜ上がっていなかったのか、情報がどの範囲まで共有されていたのか、調査する必要がある」として、調査チームを立ち上げ、政治主導で事実解明を進める考えを示しました。
ところが、この2日後、今度は、航空自衛隊で、イラクの日報が見つかったことが明らかになります。空自が行った復興支援活動のうち、平成16年3月の3日分でした。
小野寺大臣は、陸海空すべての自衛隊に対し、徹底した確認を行うよう改めて指示せざるを得ませんでした。

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一方の稲田元大臣。問題発覚後、「イラクの日報は探したが、見つからなかったという報告だったので、国会でその旨、答弁した。今回、去年3月に見つかっていたことを知り、驚きと怒りを禁じえない」と述べました。ただ、自らのガバナンス、省内を統率できていなかったことへの反省はありません。野党は、当時の状況を知る稲田氏の説明が欠かせないとして、稲田氏の国会招致を求めています。

今回の問題で最大の疑問は、日報が去年3月に見つかっていたのに、なぜ、1年以上も大臣に報告されなかったかです。

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研究本部の教訓課長は「特別防衛観察の対象が南スーダンの日報だったため、イラクの日報は報告する必要がないと認識していた」と説明しています。
ただ、この説明に納得できる人は少ないと思います。イラク、南スーダンという2つの日報の探索が同時進行していたにも関わらず、後から始まった特別防衛監察に気を取られ、先にイラクの日報の探索が指示されていたことは、忘れていたというのでしょうか。
また、自衛隊は、指揮系統が厳格な組織です。
国会で焦点になった文書の存在を伏せるという判断を、課長クラスの独断でできたのかという疑問も残ります。陸自内で、どこまで報告が上がっていたのか。中枢の関与があれば、隠ぺいは組織的だったということになります。きょうの参議院決算委員会も、誰がどの範囲で、日報発見の事実を把握していたかが焦点でしたが、小野寺大臣は「現在、調査チームで調べている」と述べるに留まりました。

今回の問題では、自衛隊が、大臣の指示を結果的に無視していたことが明らかになりました。自衛隊という日本最大の実力組織を、国民の代表である政治家が、統制できているのか。民主主義国家の証ともいえる文民統制が機能しているのかも、大きな論点になっています。

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立憲民主党の枝野代表は、「これほど大事な問題を政治家に報告していなければ、幹部を総取り替えしなければならない」と述べ、公明党の山口代表も、「国民の代表である国会に事実を伝えなかったことは、国民をだますに等しい」と述べました。自民党でも、逢沢・元国対委員長は「文民統制そのものが問われる深刻な事態だ」としています。

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自衛隊トップの河野統幕長自身、「背信的な行為をしたといわれても仕方がない。文民統制に疑義が出ていると批判があることは、真摯に受け止めなければならない」と述べました。
きょうの国会でも、与野党双方から、文民統制が機能していないという批判が出され、安倍総理も「文民統制に対する疑念や不信感にしっかり応えられるよう、信頼回復に取り組みたい」と述べざるを得ませんでした。

今回の問題では、防衛省・自衛隊が、政権に対し、何らかの政治的配慮、忖度を行った可能性も指摘されています。

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小野寺大臣が、イラクの日報の存在を確認したと公表したのは、今月2日。新年度予算が成立したのは、先月28日でした。官房文書課が日報の存在を知ったのは、先月上旬とされており、「事務方が、予算案を審議する国会の火種にならないよう、予算成立を待って、大臣に報告したのではないか」という疑惑です。きょうの国会で、防衛省幹部は「見つかった文書が本物かどうかなどを確認するための時間を要した」と説明しましたが、野党側は納得していません。

今回の日報問題は、情報公開時代の要請に、政治家や官僚が対応できていない実態を改めて浮き彫りにしました。特に安全保障の機密を扱う防衛省・自衛隊は、「全ての情報を開示できないのは当然だ」という意識が強すぎるあまり、それを盾に、必要以上に情報を隠そうとする体質があることは否めません。ただ、常識とかけ離れた内向きの論理で、隠ぺいを繰り返す体質を改める責任は、やはり、政治にあります。政治主導による徹底的な調査と国会審議を通じて、疑惑の全容を解明することを強く求めます。

(増田 剛 解説委員)

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