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「IS"首都"陥落 今後の課題」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■過激派組織IS・イスラミックステートが「首都」と位置づけてきたシリア北部のラッカが、17日、陥落しました。一時は、イラクとシリアに跨がる広い領域を支配したISですが、もはや、「イスラム国家」と名乗る根拠を失ったかたちです。しかし、その過激な思想とテロが世界に拡散するなど、多くの難しい課題が残されています。

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■今後の課題は次の通りです。

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▼まず、残っているISの支配地域をすべて奪還しなければなりません。
▼次に、シリアの内戦を終わらせ、イラクの政治を安定させ、新しい政治秩序をうち立てることが不可欠です。
▼さらに、ISの過激な思想とテロが世界中に拡がるのを防ぐ取り組みが重要です。

■まず、ラッカの陥落は、ISとの戦いで、どういう意味があるのでしょうか。
ISが、それまでのイスラム過激派組織と大きく異なるのは、領土を獲得し、支配することで、「国家」の体裁をとったことです。

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2014年6月、イラク第2の都市モスルを攻略し、イラクとシリアにまたがる「イスラム国家」の樹立を一方的に宣言しました。

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一時は、イラクとシリアのそれぞれ3分の1程度の領土を支配し、略奪や住民からの税金徴収で莫大な資金を得て、世界中から戦闘員を集めました。

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ところが、アメリカ主導の「有志連合」がISに対する空爆を始めると、イラク政府軍も態勢を立て直し、ISから支配地域を奪い返して行きました。今年7月には、ISにとって最も重要な拠点だったモスルを解放しました。

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そして、ISは、今回、クルド人勢力を主体とする「シリア民主軍」、および、アサド政権軍の攻撃によって、「首都」と位置づけてきたシリアのラッカも失ったことで、自らを「国家」と称することはできなくなります。

■ここから、今後の課題です。

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現在、残っているISの支配地域は、シリア東部のデリゾールからイラクとの国境にかけての地域に限られます。この地域には油田があるものの、すでにアサド政権軍が奪還しました。砂漠地帯で人口も少なく、ISは資金集めが、ますます困難になります。多いときには3万人以上いたとされる戦闘員らも、殺害されたり、逃亡したりして、6500人程度にまで減ったと見られています。ISがすべての支配地域を失うのもそう遠くないと言えますが、それで問題解決とはなりません。難民や国内避難民となって避難生活を余儀なくされていた1000万人を超える人々の帰還を実現し、徹底的に破壊された街を再建することが必要で、それには、膨大な費用と時間がかかります。

■第2に、シリアとイラクの秩序を回復し、政治的な安定を確保することが絶対に不可欠です。たとえ、ISを壊滅させたとしても、中央政府が統治できない「無法地帯」が残るならば、そこにISと同じような過激派組織が勢力を拡げる原因となるからです。

▼シリアでは、アサド政権と反政府勢力の内戦を、何としても終わらせなければなりません。

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こちらは、シリア内戦の勢力図です。「紫」で示したアサド政権が、「黄色」で示した反政府勢力との戦いで、圧倒的優位に立っています。

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内戦を終わらせるには、アサド政権と反政府勢力の間で、「停戦」を実現し、両者の話し合いで「暫定政権」をつくり、「新しい憲法」を制定したうえで、「選挙」を実施し、「正式な政権」を発足させるという国連安保理決議で定められた和平の道筋を軌道に乗せなければなりません。ところが、国連が仲介する和平協議は、今まで、アサド政権と反政府勢力の代表が直接対話する機会が1度もありませんでした。互いの根深い不信感が原因で、アサド政権の存続を認めるかどうかが最大の対立点です。今後、アサド政権を強力に支援するロシアと、反政府勢力を支援してきたアメリカが歩み寄り、直接対話を実現させなければ、和平の実現は不可能です。

▼イラクでは、異なる宗派、異なる民族の対立を克服する必要があります。

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そもそも、ISがイラクに支配地域を拡げた背景には、イラク戦争後の国づくりの失敗がありました。人口が最も多いシーア派のアラブ人が政治の主導権を握り、少数派のスンニ派を蔑ろにしたため、スンニ派の人々が不満を募らせ、ISによる扇動と支配を受け入れてしまったのです。ですから、スンニ派の勢力に政府のポストや予算をもっと多く配分して、不満を解消しなければ、また同じことが起きてしまいます。宗派対立を解消して、「挙国一致」の国づくりを進めて行かなければなりません。

▼加えて、クルド人勢力の扱いが大きな問題となっています。

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ISとの戦いでは、クルド人の部隊が最前線に立ち、モスルやラッカの制圧に大きく貢献しました。

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このうち、イラク北部で自治権を持つクルド自治政府は、先月25日、イラクからの独立の賛否を問う住民投票を行いました。その結果、イラク中央政府との激しい対立を招き、巨大な油田があるキルクークの帰属をめぐって、今週、大規模な武力衝突が起きる寸前まで緊張が高まりました。
シリアでも、支配地域を拡げたクルド人勢力が自治権を主張し、アサド政権とトルコ政府が激しく反発しています。

■ここから3つ目のポイント、ISの過激思想とテロが世界に拡がるのをどう防ぐかです。

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「“疑似国家”としてのIS」は終わりを迎えますが、「“過激思想”としてのIS」は今後も続きます。ISの戦闘員らが自らの出身国や、敵と見なす国に移動して、新たなテロを起こす恐れが、これまで以上に高まります。
今年8月、スペインのバルセロナで、ISの関連組織のメンバーらが、車を使って大勢の観光客などを殺傷したテロは記憶に新しいところです。
フィリピンのミンダナオ島やインドネシアのジャカルタでも、地元のイスラム武装勢力が、ISの思想に共鳴したテロを起こし、大勢の犠牲者が出ています。

ISの過激思想とテロの拡散を防ぐためのポイントがいくつかあります。

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▼ISがインターネットを使って宣伝や情報交換を行っている現実を踏まえ、各国がサイバー空間を監視し、戦闘員らの動きを追跡して、テロの計画を未然に防ぐ対策を立てることが重要です。その際、各国が連携し、情報を共有しなければ、効果は期待できません。

▼また、ISの戦闘員らが出身国に戻った場合、過激な思想を取り除くための心のリハビリが必要で、イスラム教の正しい教義や、心理学者の意見を踏まえたプログラムを作る必要があります。合わせて、戦闘員らを社会復帰させることも重要です。

▼さらに、人口増加が著しい途上国では、若者たちの雇用の場を確保することが喫緊の課題で、過激な思想の広がりを防ぐうえで極めて重要だと指摘されています。職業訓練や産業育成の面で、日本の貢献も期待されています。

■ISの存在が、現代の世界に突きつけた課題とは、いわれのない差別や抑圧に苦しむ人々が余りにも多く、深い絶望感から、時代錯誤の過激思想に取り込まれてしまうという、悲しい現実でした。今後、「第2、第3のIS」が世界各地に生まれる恐れもあります。この問題、軍事作戦だけでは、決して解決しません。なぜ、このような組織が生まれ、支持を拡げたのか、原因を取り除いてゆく努力を、国際社会が一致協力し、推し進めてゆくことが求められます。

(出川 展恒 解説委員)

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