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「消費税の行方と財政再建」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

きのう公示された衆議院選挙では、消費税の増税をめぐる問題が、大きな争点のひとつとなっています。
きょうは消費税をめぐる各党の主張を見た上で、日本の財政に与える影響について考えていきます。

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消費税は再来年10月に税率が8%から10%に引き上げられる予定ですもともとは、2015年の10月に引き上げられることになっていましたが、安倍政権は、2度にわたって実施時期を先送りしました。

この間に行われた衆議院選挙と参議院選挙では、増税の是非は大きな争点とはなりませんでした。

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しかし今回は、自民公明の連立与党は予定通り引き上げて使い道を変更するとしているのに対し、他の政党は、増税は凍結あるいは中止するとしています。
各党の主張を具体的に見てゆくまえに、まずは日本の財政の現状について考えます。

日本政府が発行する国債の額、つまり政府の借金の額は、今年度末にはおよそ865兆円に達する見通しです。これを国民一人当たりにすると、子供からお年寄りまで、およそ688万円の借金を抱えている計算です。 しかもこの借金、高齢化の進展にともなってさらに増える勢いです。

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政府はこうした状況を少しでも改善しようと、「その年の支出は、その年の収入でまかなう」という財政健全化の目標を設けました。
たとえば今年度の予算では、歳出のうち過去の借金の元本の支払いや利払いをのぞいた部分、つまり政策の実施に必要な支出は74兆円。これに対し、歳入のうち税収など借金以外の収入は、63兆円です。この収入から支出をひいた額をプライマリーバランスといいます。このプライマリーバランスが赤字になると、その年度は、追加的な借金をして必要な支出をまかなわなければなりません。たとえば今年度のプライマリーバランスは、11兆円の赤字で、新たに11兆円の借金をする必要があります。毎年これだけの追加的な借金をしていれば、借金の総額がどんどん膨らんでいくことになります。

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そこで政府は、歳出削減で支出を抑え、増税を通じて収入を増やすことで、追加的な借金の額を減らそうとしています。そして、プライマリーバランスを2020年度までに黒字にしようという目標をかかげています。再来年に予定される消費税率の引き上げも、この目標の達成にむけたものでした。

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これについて各党の主張が分かれています。
自民党は消費税率を引き上げたうえで増収分の使い道を見直し、子育て世帯を対象とした政策などを充実させると訴えています。
公明党も消費税率を引き上げたうえで、使い道を大きく変えて、幼児教育の無償化など教育負担の軽減に取り組む。そして軽減税率を確実に実施するとしています。

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これに対し希望の党は「消費税を3年前に8%にひきあげた際の消費に与えた影響を考慮して一度立ち止まって考えるべきだ」として、凍結するとしています。
維新の会も、「経済の停滞が続く中で、消費税率の引き上げは行うべきではない」として凍結するとしています。
立憲民主党も、「将来的な国民負担を議論することは必要」としながらも、中間層を激減させた現状のまま、直ちに消費税率の引き上げはできない」としています。

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共産党も「深刻な消費不況が続いているなかで、増税を行えば、経済も暮らしもどん底に突き落とす」として増税の中止を訴えています。
社民党も、格差が拡大する中で、逆進性があり、国民生活や景気の悪化を招く消費税率の引き上げには反対する、としています。
日本のこころもデフレ脱却まで、消費税を引き上げるべきではないとしています。

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各党が消費税の引き上げに反対する、あるいは増税で増えた歳入の一部を子育て支援にあてる背景には、増税が景気に与える影響への懸念があります。

日本経済は、景気の回復が続き、失業は減っているものの、賃金の伸びはゆるやかにとどまり、消費も力強さを欠いています。もしここで消費税が引き上げられれば、再び買い控えが起きるのではと心配する声は街中でも聞かれます。
また、今回の選挙では、与党だけでなく野党各党も、税制の見直しや歳出削減をはかることなどを通じて財源を捻出し、家庭の教育費の負担を軽減する政策を実施すると訴えており、景気回復を実感できない子育て世帯からは、歓迎する声が少なくありません。

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しかし、そうした政策について、しっかりとした財源の裏づけがなく、新たな政府の借金でまかなおうとするなら、その付けは、いまの子供や若い人たちが年をとったときに重い負担としてのしかかることになります。

ここからは、消費税率を引き上げるか否かが、財政再建にどう影響するかをみていきます。

消費税率が8%から10%に引き上げられた場合、政府の収入は5兆6000億円程度増えます。もともとの計画では、このうち4兆円分を、これまで借金でまかなってきた政策の支出に充てて、収支を改善し、その分、追加的に行う借金の額を減らすことになっていました。

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ところが、消費税率の引きあげが行われないと、こうした収支の改善がはかられなくなります。

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一方、与党側のいうように消費税率を予定通り引き上げたうえで、使い道を変更する場合はどうでしょうか。安倍総理大臣は、もともと債務の軽減にあてようとしていた4兆円の一部を使って2兆円規模の新しい政策を行なうとしています。

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消費税をひき上げない場合に比べれば追加的な借金の額こそ減るものの、新たな政策で支出が増えていくのを追加的な借金でまかなうという構図に変わりはありません。実際に安倍総理大臣は、2020年度までのプライマリーバランスの黒字化は不可能になったと認めました。

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こうした事態に市場も反応しています。

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これは日本の国債が万一返済されないときに、損失をほてんしてもらえる保険の保証料率のグラフです。国債が返済されるという信用度が高ければ、保証料率は下がりますし、逆に信用がさがれば保証料率は上がります。イギリスの調査会社IHSマークイットによりますと、日本国債の保証料率は、財政再建が先延ばしになる見通しとなったことを受けて、急激に上昇しました。いまのところ、日本の国債の買い手がなくなるといった深刻な状況ではありませんが、日本の財政健全化の行方を市場が注目していることに心をとめておいたほうがよいでしょう。
 
そして、日本の財政の行方を気にしているのは市場だけではありません。
いま若い人たちの間では、節約をしてお金をためる動きが広がっています。
背景には政府の財政が悪化の一途をたどるなか、将来、年金がもらえないのでないかという不安があるといいます。こうした将来不安は、消費の回復のスピードを遅らせ、経済が力強さを取り戻せない一因だと指摘されています。財政健全化のいまの目標が実現困難というのなら、新たな目標と道筋をしっかりと示し、国民の不安を解消する必要があります。

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消費税率の引き上げを行わないにせよ、増税で増えた財源の使い道をかえるにせよ、新たな政策に必要な財源をどう確保し、財政の健全化につなげていくのか。今回の選挙戦を通じて、責任ある論議が求められています。

(神子田 章博 解説委員)

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