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「クルド住民投票の影響」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■中東のイラクで、少数民族クルド人の自治政府が、
先週、イラクからの独立の賛否を問う住民投票を行いました。
これに対し、イラクの中央政府や周辺国の政府が強く反対し、
封鎖などの制裁措置に出て、緊張が高まっています。
この問題の背景と影響を考えます。

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■クルド住民投票、解説のポイントです。

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▼まず、クルド自治政府が住民投票に踏み切った目的・ねらいは、
イラク中央政府と独立に向けた政治交渉を始めることです。
▼しかし、その結果、中央政府、および、周辺国の激しい反発と制裁を招きました。
▼そして、クルド問題は、新たな不安定要素となって、
この地域の緊張を高めることが心配されます。

■イラクからの独立の賛否を問う初めての住民投票は、先月25日、行われました。
イラク北部のクルド人自治区と国外に住む、およそ450万人の有権者のうち、
72%が投票し、このうち独立賛成の票は、92.7%でした。
投票に行った人のほとんどが賛成票を投じたことになりますが、
投票率が60%に満たない地域もあり、
独立を急ぐことに、慎重な住民も少なくないことが明らかになりました。

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■クルド人は、クルド語を話し、衣装、踊りなど独自の文化を持つ民族で、
イラク、トルコ、シリア、イランなど、いくつかの国にまたがって暮らしています。
合わせて3000万人にのぼり、「国を持たない世界最大の民族」と言われます。

この地域は、かつてオスマン帝国の支配下にあり、
およそ100年前、第1次世界大戦でオスマン帝国が解体されると、
新たに引かれた国境線で分断されました。
クルド人は、どの国でも少数派で、
権利が制限されたり、不平等な扱いを受けたりして、
独立国家の樹立を長年の悲願としてきました。

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■このうちイラクでは、クルド人は北部一帯に暮らし、
人口のおよそ20%を占めています。
フセイン政権時代に徹底的に弾圧され、
化学兵器で一度に5000人が虐殺されるという悲劇も起きました。
1991年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争を経て、
「クルド人自治区」と「自治政府」を持つ権利を獲得し、
「ペシュメルガ」と呼ばれる独自の軍事組織が自治区の治安を守っています。
イラク戦争後、宗派対立による内戦の影響を受けることなく、
安定を保ち、めざましい経済成長を遂げました。

3年前、イラクの混乱に乗じて、過激派組織ISが勢力を拡大すると、
ペシュメルガは、ISとの戦闘の最前線で戦い、領土の奪還に大きく貢献する一方、
「クルド人自治区」の外側に支配地域を拡げてゆきました。

■ここから、第1のポイントです。
クルド自治政府が、内外の強い反対にもかかわらず、
独立の賛否を問う住民投票を強行したのは、
直ちに「クルド人国家」を樹立するためではなく、
中央政府との間で将来の独立を見据えた交渉を始めるのが目的です。
イラク北部のモスルの奪還作戦で存在感を示した今が、
交渉を有利に進めるチャンスと考えたようです。

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自治政府の大統領にあたるバルザニ議長は、
「住民投票の後、中央政府との交渉に臨む。
2年以内に問題を解決し、イラクから独立する」と述べています。

これに対し、中央政府のアバディ首相は、
「住民投票は国を分断する」として強く反対しました。
とりわけ、今回の投票が、「クルド人自治区」だけでなく、クルド側が実効支配し、
中央政府と管轄権を争っている地域でも行われたことを問題視しています。
実際、クルド側が将来の「国家」と考える領土は確定していません。

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とくに注目されるのは、キルクークです。
イラク有数の巨大な油田があり、双方が管轄権を激しく争ってきたからです。
中央政府は、キルクークでも住民投票が行われれば、
自治政府による支配が固定化してしまうと警戒しています。

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一方、国境を接するトルコ、イラン、シリアも、
今回の住民投票に強く反対しました。
それぞれの国で暮らすクルド人の独立運動や民族意識を刺激することを
恐れているからです。
アメリカや国連も、この地域をいっそう不安定にさせるとして、
住民投票を中止するよう働きかけましたが、
クルド自治政府は内外の反対を押し切って、投票実施に踏み切りました。

■次に、第2のポイント、住民投票の結果を受けた内外の反応です。

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▼イラクのアバディ首相は、住民投票は憲法違反だとして、
自治政府に結果の取り消しを要求するとともに、
独立に向けた交渉には一切応じないと言明しました。
そのうえで、自治政府に対する制裁に踏み切りました。
まず、自治区にある2つの国際空港を発着する国際線の運航を停止させました。
そして、トルコ、イランの両国とクルド人自治区との国境の管理を、
自治政府に任せることをやめ、中央政府が行う方針を示しました。
これが実行されれば、自治区は空路も陸路も事実上封鎖され、
人とモノの往き来が大幅に制限されます。

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▼次に、トルコのエルドアン大統領は、
クルド自治政府に対し、住民投票を中止するよう再三要求し、
国境付近で軍事演習を行って強く牽制しました。
しかし、住民投票が強行されたため、対抗措置をとる考えを示しました。
とくに、クルド人自治区からトルコ領内を通り、地中海の港に延びる
石油パイプラインを遮断する可能性を示唆しました。
自治区の経済は石油の輸出に依存しているため、
仮に実行されれば、経済は行き詰まります。

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▼また、イランも、クルド人自治区との国境近くで、
軍事演習を行って圧力を強めたほか、
自治区との航空便の運航を停止し、国境も閉鎖する方針を明らかにしました。

クルド人自治区は周りに海がなく、いわば「陸の孤島」で、
食料も輸入に頼っているため、これらの制裁が長く続けば、
経済的な自立はおろか、住民の暮らしが大きな打撃を受けます。

■そして、第3のポイント、今後の影響です。
イラク中央政府がクルド自治政府との交渉を拒否し、
自治区の封鎖や経済制裁などの強硬策に出れば出るほど、
クルド人勢力が独立に向けた運動を先鋭化させる恐れもあります。
話し合いによる解決はますます困難になり、
一方的に独立を宣言する可能性も排除できません。

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クルド問題は、周辺国を含め、この地域の新たな不安定要素となり、
緊張が高まることが懸念されます。
中央政府と自治政府が協力して進めてきた対IS作戦にも、
深刻な影響が出ることは避けられません。

アメリカのティラーソン国務長官は、29日、
「住民投票は一方的に行われ、正当性に欠ける。
 アメリカは統一されたイラクを支持する。
ISとの戦いに集中するよう求める」とする声明を出して、
双方が自制して、事態の沈静化に努めるよう、強く促しました。

■イラクのクルド人が、国家独立の権利を主張することは、
「民族自決」の権利や、長く差別や迫害を受けてきた歴史を考えれば、
十分理解できます。
イラクが戦争を経て、新しい体制になってからも、
中央政府からの予算の配分や、政治的権利の面で、
多数派のアラブ人と公平に扱われていないと不満を募らせています。

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しかしながら、今回の住民投票、結果として、
イラクのクルド人の将来にプラスになるかどうかは疑問です。
国連や主要国から支持する声はほとんどなく、
タイミングが悪すぎるとも指摘されています。
今、混乱の極みにある中東地域に、新たな対立の火種を加えることになるからです。

国際社会は、クルド人が置かれてきた境遇や主張を正しく理解するとともに、
中東地域全体への影響も考慮しながら、話し合いによって、
この難しい問題への解決策を導き出してゆく責任があると思います。

(出川 展恒 解説委員)

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