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「電通裁判が問うものは」(時論公論)

竹田 忠  解説委員
清永 聡  解説委員

大手広告会社「電通」が社員に違法な残業をさせた事件の裁判が行われました。
略式起訴に対して、裁判所が正式な裁判を開いたのは異例です。法廷で明らかになった勤務の実態と「働き方改革」への課題を伝えます。

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【法廷で明らかになったのは】
(清永)
電通は新入社員だった髙橋まつりさん(当時24歳)が過労のため自殺したことをきっかけに捜査を受け、髙橋さんなど社員4人に違法な残業をさせたとして労働基準法違反の罪に問われています。
初公判には山本敏博社長が出廷して違法な残業だったことを認め、謝罪の言葉を述べました。また検察は法廷で「今回はいわば氷山の一角で、常習的犯行だ」などと指摘しました。
Q:法廷でのやりとりから、どのような印象を受けましたか。

(竹田)
印象としては三つあります。

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ひとつは、検察が指摘した電通の「クライアントファースト」、顧客第一主義という考え方です。これによって深夜業務や休日出勤もいとわないという考え方が浸透していたことが分かります。つまり長時間残業前提の職場になっていた、ということが示されたのです。
その結果、違法残業が問題となって労働基準監督署から何度も是正勧告を受けたのに、電通は形式的な対応しかしなかったということです。本当に必要な、人を増やしたり業務を減らしたり、といった抜本的な対策をとらなかった、という労務管理の「ずさんさ」も指摘されました。
そうした指摘に対して、法廷で社長はどう述べたかというと、起訴内容をすべて認めた上で「仕事に時間をかけることがサービス向上につながると考えていた」と述べました。まさに企業風土が、違法な残業の原因だった、ということをみずから認めた、そういう印象を持ちました。

【異例の裁判に】
(清永)
ただ、私はこうしたやりとりが、公開の法廷で行われたことに意義があったと思います。この事件で検察は「略式起訴」を行っていました。通常はこれを受けて裁判所が非公開で審理し、「略式命令」を出すことになります。
しかし、裁判所は今回、これを「ふさわしくない」と判断し、公の法廷で審理して法廷で判決を言い渡す判断をしました。異例の経過です。

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理由は明らかにされていませんが、社会的な影響の大きさを考慮したことも考えられます。「略式でも裁判を開いても結論はどうせ同じだ」という意見もありますが、企業のトップが法廷で反省の言葉や今後の取り組みを述べ、それが社会に伝えられることの持つ意味は決して小さくないと思います。

(竹田)
Q:私も確かにその意義は大きいと思うんですが、ただし、今回の法廷は1時間あまりで結審してしまいました。もう次は判決です。これでは審理が短すぎるのではないでしょうか。

(清永)
その日のうちに結審した一番の理由は、企業側が起訴内容を争わず、長引かせることを希望しなかったためです。ただ、その結果、やや形式的な審理に終始し、腰くだけの印象を受けた人もいるかもしれません。
電通はこの裁判で終わりというのではなく、再発防止の取り組みを、引き続き自ら説明していくことが責務だと思います。

【無効だった36協定】
(清永)
Q:ところで、検察の冒頭陳述で、組合と結ぶ36協定がそもそも無効だったことが指摘されました。言うなれば電通には二重の問題があったことになるのですが、これについて、詳しく教えてください。

(竹田)
電通のような大企業で、36協定という、最も大事な労使協定が無効になっていたというのは、衝撃的な話です。
そもそも労働基準法では、残業は禁止です。残業させる場合は、会社と労働組合が、36協定(サブロク)といわれる労使協定を結ばないといけないのです。
電通もこの協定を結んでいたんですが、実はこれが無効になっていました。なぜかというと、36協定は、従業員の過半数で組織する労働組合でないと結べないんです。ところが会社側の話によると、正社員だけを対象にすると、組合員はその80%くらいを占めていました。過半数をはるかに超えていると考えたわけです。

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しかし本来、法律でいう従業員の数というのは、管理職と、非正規の社員も含めた、全従業員と解釈されているんです。そうなると、この過半数ラインはぐっと上がって、組合は実は過半数を下回っていた。つまり、この組合が結んだ協定は、無効になっていた、というものなのです。

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協定が無効になると、一日8時間以上働く社員は、全員、違法残業をしていたことになり、大変な問題になります。でも結局、検察は、この件については、立件していませんね。

(清永)
検察がこの点を違法な残業時間に加えなかったのは、経営側と組合側の双方の認識不足で意図的ではなかったと判断したことが理由とみられます。
しかし、非正規の社員が増える中で、気がつけば組合員が半分以下というのは、他の企業でも十分に起こりうるケースです。全国に警鐘を鳴らす事例だと思います。

【罰則は今のままでいいのか】
(清永)
もう一つ、審理を通じて見えた課題があります。
法廷を終えた後、髙橋さんの母親は会見で、娘が亡くなったことを責めるのではなく違法残業の責任を問う裁判となったことに「むなしさもある」と話しました。そして起訴が違法残業だったため、検察の求刑は罰金となりました。これには軽すぎるという受け止めもあると思います。
労働基準法の違法残業の罰則は、法律上「6か月以下の懲役か30万円以下の罰金」です。

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今回、起訴の対象は法人だけなので、判決も懲役にはならず、罰金になる見通しです。これでは制裁として不十分だという意見もあります。
労働基準法は刑事罰だけが目的ではありません。行政による指導や監督などの役割もあります。ただし、働きすぎを本当に抑止するためには、今後、罰則の強化も検討に値すると思います。

【働き方改革への影響は】
Q:今回の事件が「働き方改革」に与えた影響はどのようなものだったのでしょうか。

(竹田)
影響は非常に大きいものとなりました。働き方改革の議論をしている時に、この事件が起きて、悲痛な過労自殺を繰り返してはならないという声が、労使双方に強まり、残業時間に初めて明確な上限を設定することが可能になりました。
ただ、課題もあります。問題はその上限の水準です。一月の残業時間の上限が、最大100時間未満となりました。100時間というのはいわゆる「過労死ライン」です。その寸前まで働いていい、ということになるわけですから、今後は、この時間を下げていく議論が必要になります。
もうひとつ課題なのは、働き方改革では、残業時間を制限するのとは全く逆に、いくら残業をしても自由、労働時間規制からいっさい外す、という制度も新たに作られます。それが「高度プロフェッショナル制度」というものです。では、この人たちの健康をどう守るのでしょうか。今後の国会での徹底した議論が必要になります。

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【過労自殺を繰り返さないために】
仕事の過労が原因で自ら命を絶つという悲惨な出来事は、2度と繰り返してはなりません。
「自分の会社は特殊だ」とか「繁忙期だから」といった言い訳が今は通用しないことを、私たちも認識し、常に自戒しなければならないと思います。
すべての会社が、働く人の命と健康を守る仕組みを作り、守っていくことが実現できるかどうか。それが、今回の裁判を通じて私たちが問われていることではないでしょうか。

(竹田 忠 解説委員 / 清永 聡 解説委員)

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