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「FRB金融政策正常化最終段階に~日銀の課題」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

アメリカの中央銀行にあたるFRB・連邦準備制度理事会が、リーマンショック以降続けてきた異例の金融政策の正常化にむけた最終段階に入りました。
きょうは、異常な状況のもとで導入された危機対応のための金融政策を正常な状態に戻すことがどれだけ難しいかを見ていくとともに、日本の金融政策の課題を探っていきたいと思います。

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FRBは20日、リーンマンショック後市場から大量に購入し、保有を続けてきた国債などの資産の規模を段階的に縮小していく方針を決めました。

来月から一ヶ月に100億ドル日本円で1兆1000億円のペースで資産を減らすとしています。市場からは同じ量の資金が吸い上げられ、金融引き締めが一段と進むことになります。まずここに至るまでの経緯を見てみます。

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アメリカでは、いまから9年前、大手証券会社リーマンブラザーズの経営破たんをきっかけに、景気後退に陥りました。失業率は一時10%に達しました。FRBは短期市場金利を事実上ゼロ%とするゼロ金利政策を開始。それでも危機から抜け出せないとして、前例のない大掛かりな量的緩和策に踏み切りました。

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量的緩和策とは、FRBが金融機関が保有する長期国債などの資産を市場から買い上げることです。FRBは買った分だけお金を支払うので、そのお金が市場に供給されることになります。市場に資金が潤沢にゆきわたれば、お金を借りる金利も安くなります。
企業の設備投資や個人の住宅購入などを後押しし、景気を支えようという政策でした。
その後もアメリカ経済の低迷は長引き、国債などの購入額は、莫大なものとなり、総額は3兆6000億ドル=日本円でおよそ400兆円にも達したのです。

こうしたかつてない金融政策の効果でアメリカの景気は徐々に回復してきました。カギは、なにかあれば中央銀行が大量の資金を供給して支えてくれる、いわばつっかえ棒があるという安心感でした。しかし非常時の金融政策をいつまでも続けるわけにはいきません。いつかは正常な政策に戻さなければならないのですが、企業も市場も金融政策のつっかえ棒に支えられる状態に慣れ切ってしまい、正常化のきっかけがなかなかつかめない状況に陥りました。

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実際にFRBが肝を冷やす事態がありました。2013年の5月。当時のバーナンキ議長が、FRBが毎月購入する国債などの額を減らす、つまり市場に追加的に供給する資金の量を減らす可能性に触れたところ、それまで低く抑えられていた市場の金利が大きく跳ね上がったのです。金利があがれば、お金が借りにくくなり、せっかく回復した景気が再び冷え込んでしまいかねません。非常時の金融政策を、どうすれば市場の混乱を招くことなく、正常な状態に戻せるかという難しい課題がFRBにのしかかることになりました。

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FRBはどう対応したのでしょうか。ポイントは正常化を進める手順をあらかじめ、具体的に示すことでした。

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第一段階は、月々に購入する国債の規模を縮小する。市場への追加的な資金供給は続きますが、その量は減ることになります。

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第二段階では、追加的な資金の供給をやめます。

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第三段階は、ゼロ金利政策を解除して徐々に金利をひきあげる。

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そして最終段階。FRBが保有する国債の規模を縮小する。これはFRBが市場から資金を吸い上げることを意味します。
このようにFRBが事前に正常化の戦略の具体的な工程が示したことで、市場関係者の間では、FRBが次に打つ手は何か、見通しが立つようになりました。ゼロ金利を解除したときこそ、株価の一時的な落ち込みや商品市場の一部で混乱が生じたものの、それ以外は大きな混乱を招くことなくやってこられました。しかし、正常化の初期段階からここまでくるのに4年の歳月を必要としました。市場の混乱を招かぬよう、おっかなびっくりで進めてきたためです。今回決めた保有国債の縮小額も全体の規模に比べれば小さなものです。正常化まであとどれだけ時間がかかるかわかりません。一連の経緯は、危機対応の金融政策をもとにもどすことがいかに難しいかを示しています。

さてここからは日本も含めた話をしましょう。実は、アメリカに続きヨーロッパ中央銀行も来月、購入する国債の規模の縮小を打ち出す見通しで、正常化へ踏み出す構えを示しています。これに対し日本は正常化にむけた戦略いわば出口戦略のスタートに至っていない段階です。

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日銀は4年前大量の国債を市場から購入する異次元の金融緩和策を打ち出しました。その後の追加緩和もあわせて、現在、年間80兆円をめどとしたペースで増やしてゆく量的緩和策を続けています。市場に潤沢な資金を供給することで景気を上向かせ、デフレからの脱却をはかろうとしたのです。
さらにマイナス金利政策や10年物の長期金利をゼロ%程度に抑える政策を相次いで導入し、物価上昇率が目標としている“2%を”安定的に超えるまでこうした政策を続けるとしています。しかし、7月の消費者物価指数は、0.5%と目標には程遠い状況です。こうしたなか黒田総裁は、「物価目標達成にむけていまだ道半ばだ」として、具体的な出口戦略を語るのは時期尚早だという姿勢を示しています。

しかし物価上昇率だけをとらえて時期尚早だと片付けてよい問題なのでしょうか。

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日本経済の現状を見ますと、金融政策の効果もあって、景気はゆるやかに回復。雇用は改善し、賃金も多少はあがっていて、デフレに後戻りしないところまで来たという見方がひろがっています。その一方で、日銀が購入した国債の額は400兆円を超え、国債の総発行量のおよそ4割に達しています。これ以上の買い増しは限界に近づいているという指摘がでています。また金利が低く抑えられているために、政府が新たな国債を発行して借金を増やしても痛みを感じにくくなり、財政規律を損ねるなどの副作用も指摘されています。こうした中、日銀が2%の物価目標にこだわって、現在の政策をこのまま続ける必要はないのではという指摘も出ています。

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実際に、FRBとヨーロッパ中央銀行は、日銀と同様物価を2%程度にするという目標をかかげながらも、その目標に到達しないうちに正常化にむけて動き始めました。

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その判断の背景には、正常化を進めることで今後何かの経済的なショックが起きた場合に対応の余地をできるだけひろげておきたい思惑があるものとみられます。金利をあげておけば、再び経済が悪化した場合に、下げる余地をつくれますし、国債の保有を減らしておけば、新たな買い増しに備えることができるからです。

さらに日銀をめぐっては、こうした問題のほかにも、将来出口戦略に踏み出すときにアメリカで起こったような金利の急上昇をどう防ぐのかなど、さまざまな課題や懸念が指摘されています。

日銀は前例のない非常時の金融政策の正常化をどのように進めていこうとしているのか。市場の混乱を招かないような手立てをどう考えているのか。内外の関心が高まる中、出口戦略をより具体的に語る時期がきているのではないでしょうか。

(神子田 章博 解説委員)

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