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「対IS作戦とシリア・イラクの今後」(時論公論) 

出川 展恒  解説委員

ニューヨークで始まった国連総会では、北朝鮮情勢に関心が注がれていますが、
過激派組織IS・イスラミックステートに関する問題も主要テーマとなる見通しです。
ISに対する軍事作戦の焦点は、イラクからシリアに移り、
この地域の安定に関わる政治の動きも重要な局面を迎えています。
対IS作戦と、シリアとイラクが直面する問題について考えます。

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解説のポイントです。

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▼軍事作戦の焦点は、
ISが「首都」と位置づけるシリア北部のラッカなどに絞られています。
▼軍事作戦に貢献した少数民族のクルド人勢力が、
来週、イラクからの独立の賛否を問う住民投票を計画するなど、
この地域の安定を揺るがしかねない問題となっています。
▼シリアの内戦を終わらせ、新しい秩序をうち立てない限り、
この地域に安定は訪れません。停戦と和平の取り組みが重要です。

■最初のポイント、軍事作戦から見てゆきます。

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ISは、3年前、イラク第2の都市モスルを電撃的に制圧し、
イラクとシリアにまたがる「イスラム国家」の樹立を一方的に宣言しました。
それ以来、モスルはISの最も重要な拠点でしたが、
今年7月、イラク政府軍とアメリカ主導の「有志連合」、
それに、イラクのクルド人勢力の部隊が、モスルを解放しました。

続いて、先月末、モスルの西にある町、タルアファルも奪還しました。

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作戦の焦点は、シリアに移り、
ISが「首都」と位置づける北部の都市ラッカを解放するための作戦が、
重要な段階を迎えています。
シリアのクルド人勢力を主体とする「シリア民主軍」が、
アメリカ主導の「有志連合」の支援を受け、今月1日、旧市街を制圧しました。
「シリア民主軍」は、すでにラッカの3分の2を解放したとしています。

これとは別に、アサド政権の軍も、ロシア軍の支援を受け、ラッカに迫っています。
ラッカには、およそ2000人のIS戦闘員が留まり、
2万人を超える住民を、いわゆる「人間の盾」にして、激しく抵抗しています。

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もう1か所、シリア東部のデリゾールが重要です。
ISの幹部が多数身を隠していると見られます。
今月に入り、アサド政権軍がデリゾールに進撃し、
ISが資金源としてきた油田を奪還しました。
さらに、クルド人勢力を主体とする「シリア民主軍」も、
デリゾールへの作戦を開始しました。

対IS作戦の全体の見通しについて、アメリカのマティス国防長官は、
ISの劣勢は揺るがないものの、激しく抵抗しているため、
壊滅にはなお時間がかかるという見方を示しています。

■ここからは、2つ目のポイント、

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対IS作戦で貢献したクルド人勢力が、独立や権利拡大を要求している問題です。

クルド人は、「国を持たない世界最大の民族」と言われ、
独立国家の樹立を長年の悲願としてきました。
このうち、イラクのクルド人は、北部一帯に、自治区と自治政府の設置を認められ、
独自の軍事組織を持っています。
ISとの戦闘の最前線で戦う中、「クルド人自治区」の領域の外にまで、
支配地域を拡大しました。

クルド自治政府は、来週25日、
イラクからの独立の賛否を問う住民投票を行う予定です。
投票はクルド人自治区だけでなく、
中央政府と管轄権を争っている周辺地域も対象で、
イラク有数の油田があるキルクークも含まれます。
中央政府は、住民投票は国を分断するものだとして、強く反対しています。
アバディ首相は、「もし衝突が起きれば軍事介入も辞さない」とまで述べています。

クルド自治政府としては、
仮に、独立に賛成する票が圧倒的多数でも、直ちに独立を宣言するのではなく、
中央政府からより多くの予算や権限を得られるよう、
交渉を有利に進める戦略と見られ、
独立については、長期的な目標として考えているようです。

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それでも、周辺国のトルコやイランは、今回の住民投票は、
自国内のクルド人の民族意識や独立運動を刺激しかねないとして反対し、
警戒を強めています。

とくにトルコは、クルド自治政府に対し、
住民投票の実施を見送るよう強く要請するとともに、
国境付近で軍事演習を行って、クルド側を牽制しています。

アメリカや国連も、この地域をいっそう不安定にさせるとして、
住民投票を延期するよう働きかけていますが、
クルド自治政府は、あくまで実施する構えを崩さず、
現地では、緊張が高まっています。

もし、予定通り、住民投票が行われますと、
イラク政府とクルド自治政府が協力して進めてきた対IS作戦にも、
深刻な影響が出ることは避けられません。

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一方、隣のシリアでも、クルド人勢力が、対IS作戦に参加したのをきっかけに、
北部一帯に支配地域を拡げ、自治の開始を宣言しました。
来年1月には、支配地域で議会選挙を実施する計画です。
これに対し、アサド政権は、「領土のいかなる部分も分離させない」として、
絶対に容認しない姿勢です。

■ここから、3つ目のポイント、シリアの内戦と和平についてです。

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今後、ラッカとデリゾールが制圧されれば、
ISは重要な拠点や領土をすべて失いますが、
それだけでは、問題解決とはなりません。
ISが台頭するきっかけとなった、アサド政権と反政府勢力の間の内戦を終わらせ、
シリアに新しい秩序をうち立てなければ、誰も統治できない「無法地帯」が残り、
ISと同じような過激派組織が勢力を拡げる恐れがあるからです。

こちらは、シリア内戦の勢力図です。
「赤」で示したISの支配地域は、最盛期の半分以下に減りました。
そして、「紫」で示したアサド政権が、「オレンジ色」の反政府勢力との戦いで、
圧倒的優位に立っています。

アサド政権は、ロシアとイランの支援を受け、
支配地域を急速に奪い返しているのに対し、
反政府勢力は、アメリカのトランプ政権から支援を受けられなくなり、
劣勢に立たされています。

内戦を終わらせる和平の取り組みは、一向に進みません。

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▼アサド政権と反政府勢力の間で、「部分的な停戦」を実現し、
対象地域を拡大して行くこと。
▼それと並行して、両者の話し合いで「暫定政権」をつくり、
「新しい憲法」を制定したうえで、「選挙」を実施し、
「正式な政権」を発足させるというのが、
国連安保理決議などで定められた和平の道筋です。

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このうち、停戦については、ロシア、トルコ、イランの3か国の働きかけで、
シリアの4つの地域で、「部分的な停戦」を実施することで合意し、
順次、実施に移されています。
3か国の監視活動により、停戦は概ね維持されており、
対象地域を拡大してゆけるかが焦点です。

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国連が仲介する和平協議は、7月に再開されたものの、互いの根深い不信感から、
アサド政権と反政府勢力の代表が直接顔を合わせることはなく、
デミストラ特使が、双方と個別に協議する間接的なやり方で行われました。
デミストラ特使は、次の協議で、直接対話を実現させたいと述べていますが、
日程を含め、見通しは立っていません。

シリアの和平は、ニューヨークで始まった国連総会でも、
主要なテーマの1つとなる見通しですが、
関係国がどこまで協調し、妥協できるかがカギを握ります。

最大の対立点は、アサド政権の存続を認めるかどうかです。
ロシアとイランは、アサド政権を存続させるべきだと主張していますが、
それ以外の国は、基本的に退陣を要求してきました。

今後、焦点となるのは、アメリカのトランプ政権の対応です。
シリアの将来像、とりわけ、アサド政権をどうするかについて
曖昧にしてきましたが、このあたりで明確な指針を示す必要があると思います。

■見てきましたように、
ISに対する軍事作戦は最終局面を迎えていますが、
この地域の安定を取り戻すためには、多くの難問が待っています。
いずれも複雑な利害が絡む政治の問題です。
クルド人勢力の権利要求にどう答え、シリアの内戦をどう終わらせるのか。
すべての関係者による忍耐強い話し合いと、現実に即した妥協が求められます。
(出川 展恒 解説委員)

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